ソノオ式ポケモン図鑑


 ポケモンのイラストと、あとで書き加えたポケモンの名前が並んだ紙と睨めっこして、ゼウラはため息をついた。
「結局、わかったのはこれだけかぁ……」
 ゼウラは、デフォルメ調のイラスト程度なら描くことができた。旅に出ることを決意してから、家中のポケモングッズに描かれたポケモンを描き写したのだ。
 だが、ほとんどのポケモンは、名前の情報がない。
“これフワンテじゃないかな?”
“見たことある! ポニータだね”
“え、この青いの? ちょっとわからないなぁ……”
 ご近所さんたちに訊いてわかったのは数匹。わからなかったポケモンの中には、シンオウにはいないポケモンもいるのかもしれない。
「困ったなぁ、明日が旅立つ日なのに。お隣のコトブキとかハクタイに行けばもっとわかるかも、って言ってたけど……」
「パチ?」
 ゼウラの言葉に、パチリスは首をかしげた。
 テレビコトブキのお膝元として情報が集まるコトブキシティや、世界を旅したベテラントレーナーが多く住むハクタイシティの住人に訊けばもっとわかるだろう、というのだ。
 だが、いかんせんここは田舎のソノオタウンだ。ジムリーダーもいなければ、ポケモンの種類についてよく知った人もいない。
「ぜーうらちゃーん、どうしたの? 旅の前日に」
「……あっ、クオンちゃん!」
 花畑で三角座りしていたゼウラを呼んだのは、ゼウラより二つ年上の少年クオンだった。
「チュパ!」
 クオンがいつも連れているピンク色をしたパチリスのチオも、元気に挨拶した。
「まだクオンちゃんには聞いてなかったね、この紙に描いてあるポケモンで、名前わかる子いる?」
「どれどれ」
 クオンは紙をさらっと眺める。右端まで来た時、目の動きが止まった。
「この子、この子は知ってる」
「え、なんて名前?」
「ゴンベ、だね」
「ごんべぇ……?」
 なんとも間抜けな名前である。まるでニックネームのようだ、とゼウラは思った。
「どうやったら会えるの?」
「うーん、甘い香りのする木に“甘いミツ”を塗ったら会えたって、昔お店に来た人が言ってたんだけど……」
「え、だったら、あっちのお花畑にあるじゃん、そういう木!」
「でも、よく一緒に塗りにいくけど会えたことはないよねぇ……」
「塗ったら会えるかもしれないし!」
「……そうだね、塗ってみよう」

 町中花畑のソノオの中でも特に立派な花が咲く“ソノオの花畑”で、クオンとゼウラは寝転んで待って逃げて塗って、を繰り返していた。はじめはゴンベ探しに付き合っていたもののとうに飽きてしまった二匹のパチリスは、器用な前歯と手を使って花冠を作って遊んでいる。
「ミツハニーこれで何匹目ー?」
「メスは三匹目……これだけメスのミツハニーに会えるのも珍しいね……」
「チェリンボもミノムッチも十回は会ったよねぇ……ねぇゴンベまだー?」
「おっかしいなー……」
 また花畑に二人寝転んでいると、西の空が橙色に染まっていることに気がついた。
「もうそろそろ、帰らなきゃね……チオ、おいでー。……すごいね、花冠何個作ったの?」

「全くもう、何やってんのー!」
 花屋に帰ったクオンは、店員の女性にこっぴどく叱られた。チオや他のポケモンたちは怖さのあまり耳をたたんでいる。
「お店にあったミツをこんなに……!」
「ごっごめんなさい!」
「……ゼウラちゃんと一緒だったのよね。なにか探してたの?」
「言ったら怒るのやめてくれる?」
「理由次第よ」
 クオンはその女性にゴンベを探していたことを話した。
「なるほどねぇ。それは当たり前よ、ゴンベは“当たりの木”にしか姿を現さないから」
「え、それ、どういうこと?」
「まず、お小遣いから出せる分のミツ代を出してもらおうかしら」
「うっ……」

 クオンの財布はからっぽになり、パチリスたちが作った花冠もしんなりしてしまったが、それでも朝日は昇る。
 どうも心配性な家族に、行ってきます、と告げてから、ゼウラはまずパチリスを捕まえた“谷間の発電所”方面から回っていこうと、タウンマップをもう一度確認する。その時、クオンの声が聞こえた。
「おーい、ゼウラちゃーん! わかったんだー」
「クオンちゃん!」
「ゴンベのこと! ゴンベは、“人”と“木”の相性がいい時にだけ顔を出すんだって!」
「どういうこと?」
「人とポケモン、ポケモンとポケモン、人と人にだって相性はあるでしょ、それと同じで、自然にも相性があるんだ。相性がよかったら、木からより甘い匂いが出て、ゴンベもやってくる、と」
「へぇー! すごいね」
「うん。で、大体“当たりの木”は、この地方のどこか一箇所らしいよ」
「なるほどー!」
 となると、シンオウをまわる頃にはゴンベに会えているはずだ。ゼウラは家から持ってきた“あまいミツ”を見て、ゴンベとの出会いを想像する。
「えへー、どんなポケモンなんだろう……名前がわからなかったポケモンたちも、みーんなゲットしたいなぁ」
「チパ……」
 目を輝かせるゼウラの足下で、パチリスは渋い顔をした。ゼウラはパチリスをものすごく苦労して捕まえたから、みんな捕まえようとするとかなり長くかかるとわかっているのだ。
「それじゃあね、ゼウラちゃん」
 クオンはそう言ってゼウラに抱きつく。彼はとにかくハグが好きで、友達にもポケモンたちにもよくハグをするのだ。
 クオンが離れた時、ゼウラの手のひらには一輪の花が咲いていた。
「これは……?」
 見事に咲いた桃色の花だ。大きな花びらが六枚ついている。
「絶対かれない、不思議なお花。もう毎日お花をあげることもないだろうし、これ見てソノオのこと思い出してね」
「……うんっ! ありがとう!」
 ゼウラは、クオンが見えなくなるまで、後ろを向いて手を振っていた。
 とうとう顔も見えなくなり、前を向いた瞬間に野生のポケモンに襲われることになるのだが、クオンはそんなことは知らない。


 紅碧さんのクオンくんお借りしました。
 ほのぼのほわほわってこんなかんじでしょうか……大好きクオンくん!

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