ソノオを少し出た谷間に、小さな風力発電所がある。定規に描かれていた風船のようなポケモン、フワンテは、ここで目撃されたことがあるとゼウラは聞いていた。
「フワンテちゃんはいないかねー」
そう、口をついて言う。こんなことで見つかるわけがないから、ポケモンの視点を借りて、と思い立ち、ゼウラは振り返るが、そこにパートナーのパチリスはいない。
「あれー？ かずさのすけー？」
パチリスのかずさのすけは、クオンや彼のパチリスであるチオがそばにいる時は大人しいが、普段はあまりゼウラの言うことを聞かない。旅に出ればもう少し協力体制でいられると思ったのだが……そんなに甘くはないらしい。
「おいっおぬし！ さてはトレーナーのポケモンだな、トレーナーのもとへ戻れい」
そんな声がしたほうをゼウラが見やると、黄色いなにかが左右に動いていた。
「あれもポケモン？」
「誰がポケモンであるか」
声の主はゼウラに視線を返した。金髪を黒い帽子にある程度しまっており、服は迷彩柄。膝に初心者マーク柄のプロテクターがついている。叢の中では視認しにくい見た目であるから、黄色いポケモンと見間違えたのだとゼウラは合点がいった。
「わーお、にんげん！」
「感心している場合か。さてはこのパチリスもおぬしのポケモンであるな」
そのトレーナーはパチリスを抱く。パチリスはじとっとした視線をゼウラに向けた。
「かずさのすけ。戻っておいでー。ごめんね、トレーナーさん」
「こんなに目つきの悪いパチリスを見たのは初めてで、実に興味深いから良いのだが……随分と古風な名前をつけているのだな」
「あなたの口調も大概古風だと思うけど。つけてから女の子ってわかったの」
「チュパア……」
パチリスのかずさのすけは目を細めた。
「でも名前をころころ変えるのは良くないでしょ。いつか気に入ってくれると良いんだけど」
「色々無茶な気がするのだが……んお！？」
そのトレーナーは空を見て唸った。かずさのすけはその隙にトレーナーのもとを飛び降り、ゼウラのもとへ戻る。
「どうしたの？」
「フワンテがいる！ 探し求めた――」
フワンテという名に、ゼウラは振り返る。確かにそこには、定規に描かれた、つぶらな瞳の風船ポケモンがいた。
「いくぞナエトル！ はっぱカッター……」
ふわふわ飛んでいるフワンテに、お弁当箱に描かれていたそのポケモンの草タイプ技は、そんなに効いているようには見えなかった。
「何発かは当たっているのに……！ その、かずさのすけ、も協力してくれないか？」
「よーし、かずさのすけ、スパーク！」
「放電使えないのか!?」
「そんな技知らないよお」
自らに電撃をまとうスパークでは、技の飛距離は伸びない。まともにダメージを与えられることなく、フワンテは飛び去ってしまいそうだ。
「電気技が当たれば効果抜群なのだが……そうか、かずさのすけ、ナエトルの前に立って、もう一度スパークしてくれるか」
「パチ？」
「えっと……よくわかんないけどそうしてみて」
ゼウラにも言われ、かずさのすけはナエトルの前に移動した。身の回りをスパークの電流で固めると、それをかすめてもう一度はっぱカッターが飛んだ。それがフワンテに当たり、ダメージとなったのかフワンテは高度を下げる。
「よしっぐっじょぶ！ 追いかけよう」
「うん。……お名前まだ聞いてなかったね。私はゼウラ。あなたは？」
「私はフタバだ！ 健康で優良な女子だぞ」
そう言っている間にも、彼女、フタバとナエトルは走り出す。ゼウラがかずさのすけを見ると、彼女は仕方がなさそうに追う姿勢を見せた。
フワンテは高度を落とした途中に、木に引っかかっていたらしく、どうにか我が身を解こうと身を捩っていた。
「ナエトル、はっぱカッターで枝を切ってやれ」
フタバが指示すると、ナエトルはそのようにした。解放されたフワンテは逃げることなく、ナエトルと対峙した。
「戦ってくれるのだな。ナエトル、吸い取る！」
「トルル！」
ナエトルはその技で自身の疲れを癒すが、フワンテにはほぼ効いている様子はない。
「やはり草技では……」
「私たちも協力するよ？」
「ゼウラ。しかし私がゲットするつもりで」
「うん、いいよ。捕まえたらナエトルと一緒にスケッチの時間ちょうだい」
「お安いご用だ」
頷いて、ゼウラはかずさのすけに指示する。
「スパーク！」
ようやく本来の撃ち方で技を放てるからか、かずさのすけは大人しく指示を聞いた。電撃をまとい突進すると、フワンテの身体は本物の風船のようにしぼみ、木の幹まで飛ばされる。
「今だ。モンスターボール！」
果たして、フワンテは、フタバの投げたボールにおさまった。
フタバはすぐフワンテをボールから出し、ゼウラがスケッチをはじめて……早一時間。
「まだ終わらないのか−？」
「待って、横顔も描きたいの」
【ソノオ式ポケモン図鑑 今日のページ】
・ナエトル
・フワンテ
堺ここさん宅フタバちゃんをお借りしました。 181224