お茶を飲んで、ほっと一息。
 ロッヂの窓から見える216番道路の景色は相変わらずの吹雪で、対策をせずに来ていたらどうなっていただろうかと、ゼウラは干してもらった手袋を見て思う。
「ポケモンたちも元気出たかな」
「ここにロッヂがあって助かりました……。ところで、この辺りにミツを塗れる木はないでしょうか?」
「あいにくこの天候だからね、近くにはないよ」
「そうですよねぇ」
 ならばテンガン山方面に引き返すか……と思ったところで、ゼウラは窓の外にある影を見た。茂みかと思ったら動く。ならばポケモン。その顔は――
「かーわいい! 私、あの子追いかけます。ありがとうございました!」
 ゼウラは立ち上がり、手袋を取って、そう挨拶した。
「気をつけてねー」
 ロッヂの主は、そう言って見送ってくれた。

 見失った。
 むしろ、自分の位置すらわからなくなった。ポケッチの位置情報も、雪が深いからなのかほとんど沈黙している。
「ど、どうしよ……」
 それでも一歩踏み出すと、ずぶ、と足が沈んだ。かなり積もっている。動けない。しかし、立ち止まっていてもどうなるのか?
「チュパ!」
 共にいたかずさのすけが、ゼウラの前に出た。体重が軽いため、ゼウラよりは沈まず、持ち前の素早さは健在だ。
「チュパアー!」
 広いところに出て叫ぶと、びゅうと吹雪いて、ゼウラもかずさのすけも目をぎゅっと閉じた。そして目を開けば、足下にはグッズでよく見るペンギンのポケモン。
「ポチャ」
「パオラ、どうしたの……って、遭難者!?」
 ペンギンのポケモンの背後から姿を現した緑髪の女性に言われ、ゼウラとかずさのすけは目を合わせた。確かにこの状況では遭難者と言われても否定できない。
「遭難するつもりはなかったんだけど……」
「遭難するつもりでここに入る人がいるなら是非見てみたいものだけど。北に進めばキッサキシティ、それともエイチ湖へ観光かしら」
「えーっと、言われてみたらそろそろ町が恋しい……かな」

 ヒスイと名乗った、ゼウラより幾分か年上の少女は、親切にも雪に埋もれにくい道を案内してくれた。ゼウラが礼を言うと、方向が同じなのだと、行き先を見据えたままヒスイが返した。
「キッサキシティに住んでるの? じゃあなんでわざわざ……」
「これを育てているから」
 言って、ヒスイは肩にかけていたエコバッグの中身を示す。それは厳しい雪の環境で美味しく育つ野菜だった。
「雪菜だー……!」
「キッサキにも雪は積もるけど、こういうのはやっぱり町から離れたところで育てたほうがおいしいから。これは貰い物なんだけどね。それと、私が育ててるのが……ん?」
 先に気づいたのはポッチャマのパオラだった。雪を被った木の実をこそこそ収穫し、雪を振り落とす影がひとつ。
「あーっあの子!」
 ゼウラは指差した。ロッヂの外にいた、あのポケモンに相違ない。
「ほう。ユキカブリ。私としては、ブリーは早く育つから、少し野生のポケモンに分けてあげたって」
「かずさのすけー!」
「聞いてる……?」
「あ、あのポケモン、可愛いって思ってて!」
 なるほどゲットしたいのか、とヒスイは納得する。しかし、パチリスのかずさのすけが前に出ると、ユキカブリはびくりと怯えた。
「大丈夫だよ、木の実を取り返したいわけじゃないから」
 ゼウラがしゃがんで話しかけると、ユキカブリは相変わらず様子を伺っている。
「ひょっとして、かずさのすけがいるのが良くない……?」
 ゼウラのその言葉に、ヒスイははっとして言った。
「ユキカブリは人間に興味を持って近寄ってくる……と言われるほどフレンドリーなポケモン。人のポケモンを出して攻撃態勢を示すよりは、むしろ一人で近づいたほうがいいのかも」
「ヒスイさん、なるほど。かずさのすけ、一旦戻って」
 かずさのすけをボールに戻し、攻撃意志のないことをゼウラが示すと、ユキカブリはおずおずと、木の幹に手を預けたままゼウラに近づく。
「えへへ、よろしくねー。あれ、でも、この場合ゲットってどうするんだろ?」
 ポケモンを出せば逃げられてしまうし、体力満タンの状態でボールを投げても望みは薄い。良い方法がわからず固まってしまったゼウラをよそに、ヒスイは育てた木の実の収穫をはじめた。
「美味しいブリーを見分けるの、なかなか難しいのよねー。ここに見えてる濃い実はオーケーかしら。こういうの、お腹に木の実がなるユキカブリならよく知ってるのかな……」
 どうやらヒスイは、ユキカブリの気を引いているようだ。ユキカブリがヒスイのほうを振り向いたところで、ゼウラは優しくボールを投げた。
 果たして、警戒を解いていたユキカブリはボールに収まる。
「ヒスイさん、ありがとう。……こういうゲットでもいいのかな!?」

 ボールから出てきたユキカブリは、ブリーをまたぷちぷち取って、ゼウラとかずさのすけ、ヒスイとパオラに渡した。ユキカブリの慣れたステップが、雪道でも一行の足取りを軽くする。
「あー、ほどよい甘さと酸味でおいしーい! そういえばヒスイさん、ユキカブリはお腹に木の実がなるって」
 先程のヒスイの言葉にゼウラは改めて言及する。
「そう、春にね。草タイプも持ってるからだろうけど、不思議よね。一度食べてみたいわ」
「じゃあ春になったら送るよ。えーと、住所は……」
「おーい、ヒスイー! 今日はブリーだって言ったらロチトが黙ってなくて」
 いつの間にかキッサキに辿り着いていた二人と三匹を迎える誰かがいた。青い髪の、ヒスイと同い年ぐらいの男の子だ。
「あれ、そちらさんは」
「あーっ『夜のマスカレイド〜ひみつの約束〜』に出てくる謎の騎士! ロチトっていうんですか!?」
 ゼウラは目を輝かせて言った。そして、青い髪の少年の隣りにいたポケモンに近づく。赤薔薇と青薔薇の花束、そして仮面にも見えるクールな顔立ち。どこをとっても、思い出の絵本から飛び出したかのようだった。
「ロチトはニックネーム。種族名はロズレイドっていって。まあ……僕の相棒だよ!」
「いいですねー本当に仲良しさんなんですね。謎の騎士は白いドレスのエスパーポケモンを惚れさせてたけど、やっぱりトレーナーとの組み合わせも素敵で」
 白いドレスのエスパーポケモン、と聞いて、ヒスイと青い髪の少年は苦笑する。
「……はっ! すみません私はゼウラです」
「一緒にユキカブリを捕まえて、それから良いブリーも選んでもらったの。だからイチトもロチトも今日のディナーには大満足のはず」
「そうだったのか。ありがとう、ゼウラさん、ユキカブリ」
 イチトと呼ばれた少年が言うと、ディナーが待ちきれないのか、ロチトがキッサキの雪道をずんずん進む。開け放たれた門から立派に庭園に入り、その奥に見えるは……
「あれがお家なの!?」
「はい。私もイチトの使用人の一人で」
「使用人ん!?」
 なんだかすごいお家の住所を訊いてしまったものだ、とゼウラは思った。そして、ユキカブリには絶対素敵な実をつけてもらわなければ、そのためにはトレーナーの自分がしっかりしなければと、こっそり決意するのだった。

【ソノオ式ポケモン図鑑 今日のページ】
・ポッチャマ
・ユキカブリ
・ロズレイド


 比呂飴子さん宅ヒスイさん、イチトくんをお借りしました。 190109