ハクタイシティは、昔を今につなぐ町という要約のとおり、古い町並みが魅力的な場所だった。近代的なマンションも建っているものの、戸建の家はみな、雪下ろしのしやすい伝統的な三角屋根だ。
「かずさのすけの雰囲気にも合ってるんじゃない?」
「チュパ」
 パチリスのかずさのすけはつまらなそうに言った。
 古風なニックネームをつけてからメスだと判明したこのパチリスは、旅に出てからも気まぐればかりだ。それでも、何度も名づけ直すよりは、と思い、ゼウラは今もかずさのすけと呼んでいた。
 ゼウラは両手で録画画面を模し、そのフレームをかずさのすけと屋根に向ける。
「うん。三角がそっくりで……あれ?」
 そのフレームの端に人が見えて、ゼウラは腕を下ろした。
「困ってるみたい。どうしたんですかー?」
「あっ……、この、ジテンシャという機械が動かなくなってしまって」
 茶髪をポニーテールにまとめた女性が言った。ゼウラは彼女の自転車を見やる。
「チェーンが外れてる……」
 変速ギア付きの自転車で、ゼウラにわかったことはそれだけだった。
 そういえば、ソノオにいた頃はクオンに自転車の乗り方を教えてもらって、一緒に出掛けたっけ。クオンはメンテナンスなんかもある程度一人でしていたから、こんな時にクオンちゃんがいたらな、とゼウラはふと思った。
「やっぱりお店に行かなきゃだめかな」
「お店、近くなの? ならそこで直してもらおうよ」
「それが……」
 茶髪の女性はある場所を指した。その先にはなんの変哲もない自転車店がある。その店構えをよく見ても、彼女が何に悩んでいるのかわからず、ゼウラは問うた。
「あの、何か悩みが?」
「扉の開け方がわからないの」
 その言葉が理解できず固まってしまったゼウラの代わりに、パチリスのかずさのすけが駈け出した。
「パーチッ!」
 大ジャンプ、右足伸ばしてはいタッチ。
 ボタン式の半自動ドアは、それだけで当たり前のように開いた。古い店なのか、ドアの音が大きい。
「……!?」
「寒い季節だとどこもこうだよ。前を通っただけで開いちゃわないように、ボタン式にしてるの」
「ドアがひとりでに動いた……」
「待って、そこ?」
 田舎生まれのゼウラでも都会に驚くことはあったが、ソノオタウンのポケモンセンターだって自動ドア式だ。というか、今時自動ドアすら見たことのない人がいるのか、これも世界が広いということなのか、とゼウラは彼女に失礼ながら思った。
「前は売り出しの日で、外の売り場も中の売り場も自由に見れたから……」
「開放されてたんだね」
「そういうことかな。とにかく、これで入れるよ、ありがとう」

 シンオウ神話に出てくるポケモンの像を見上げ、ゼウラは深く呼吸した。
 博物館のポストカードになることはあっても、子供向けのグッズに描かれることはない。そんなポケモンの荘厳さは、例え年季の入った像でも感じられた。
「よかった。すっかり直った」
「あっ……さっきのお姉さん」
 その声にゼウラが振り返ると、チェーンの直った自転車を押している茶髪の女性がいた。
「リフよ。さっきは有難う。可愛いポケモンちゃんもね」
「チュパッ」
 可愛いポケモンちゃん、と言われ、メスのパチリス、かずさのすけは喜んだ。
「何かお礼をしたいんだけど、何がいいかしら」
「あれだけで? 悪いよー」
「私がしたいの」
「うーん。じゃあ……このページのポケモン、どれか見たことある?」
 ゼウラはスケッチブックを出し、グッズに描かれたポケモンを模写したページを出した。
「うーんどうでしょう。……あ、この三角ヅノの丸っこいポケモンなら見たよ。確かこの前……高架下の洞穴で」
 リフは南を見た。町の高台から、サイクリングロードははっきり見える。
「少し入り組んだところだから、案内するわ。後ろに乗って……」
「あの……私が前でもいいかな?」
 リフの慣れない手つきを見て、ゼウラは思わず挙手していた。

 人生初の二人乗りは歳上の女性とだった。
 高架下の道へ出るには、サイクリングロードを走り切る必要があったため、ゼウラは重心を考えて漕ぐ。旅路で足腰も鍛えられていたのだろう、道が良いのもあって、さして苦労はしなかった。
 上が人の道であるとすると下は獣道といったところで、整備されていない道に雑草が伸び放題であった。
「こんなところに……あ、いい木だ。ミツを塗っとこう。これで迷っても匂いを辿ればいい」
「大丈夫、私といたら迷わないよ」
 そう言って、リフは獣道をずんずん進んだ。どうやら彼女は、こういう未整備な道のほうが得意らしい。先程よりも生き生きしている。
「ここは上が道路でも、空気がとってもきれいなのよね」
「自転車道だしね」
「せっかくだし、呼ぼうかな。おいで、リーフィア」
 リフのボールからはリーフィアと呼ばれたポケモンが出てきた。葉を思わせる色使いの耳や尾を持った、童話からそのまま出てきたようなポケモンだった。
「森の妖精さんだ……! ところで、ボールは使えるんだね?」
「さっきみたいに、乗り物に乗るときに要るなって思ったの」
 リーフィアはゼウラを見るなり耳を立てて警戒したが、にこにこ手を振ると、気持ちを落ち着かせる。
(なんか、道具を使えないような、厳しいお仕事をしてる方とか……?)
 リフの様子とリーフィアの態度から、ゼウラはそのように類推した。

 高架下で影の濃い場所に、その洞穴はあった。
「すごい! よく見つけたねー。それに道を覚えてるなんて」
「こういうところは落ち着くから、つい色々見て回っちゃうの」
 やはりただ者ではない、とゼウラは思う。
 洞穴は暗く、ゼウラが明かりを頼むとかずさのすけはしぶしぶ応えた。ぼんやり照らすと、かすかな足音が響く。
「うん、なるほど、かずさのすけちゃん、一度照らすのをやめてくれる?」
「チュパ」
「何がなるほどなの……?」
 また暗くなったのに恐怖を感じ、ゼウラはリフにしがみついた。森の匂いに、母をぼんやり思い出して安心する。
「そのままくっついてたらいいよ。一歩、また一歩……よし、このへんかな。かずさのすけちゃん、今度は一気に全力で照らしてみて」
 リフに言われたとおり、かずさのすけは辺りを一瞬で照らした。油断していたポケモンたちの影と足音を、今度はゼウラもはっきりと認識する。
「あーっあの子だ! して、名前は……」
「そういえば、わからないわ」
「……そんな。じゃあ……捕まえるしかないっ! 追うよかずさのすけ!」
「チュパー!」
 未知なる洞穴で自分が先頭を切れているのが楽しいようで、かずさのすけも積極的にそのポケモンを追った。青緑の身体に赤い大顎、ひらくと鋭い歯。頭のとんがりは、山というより海の生き物を思わせる。
「照らして。スパーク!」
「チューッ! ……チュパ?」
 かずさのすけは全力で相手に突進するが、突進による衝撃以外――つまり電気技そのもので相手がダメージを受けた感触がなかった。相手はその丸い身体でかずさのすけに体当りした。
「強い……あたり負けちゃう。どうすれば……」
 見つかって逃げるポケモンなのだ、そんなにレベルが高いとも思えない。タイプ相性で不利ならば、逆にこちらは何で有利なのか考えればいい。
 その思考に至ったところで、洞穴に入った時のリフの指示を思い出す。
「そっか! かずさのすけ、光を弱めて」
「チュッ」
 リフとリーフィアに目配せし、かずさのすけに指示した。そして耳を澄ます。リフのように強い勘はなくとも、似たことならばできるはずだ。
「そこ! 照らしてー!」
「チュパー!」
 目の前で突然照らされ、相手ポケモンは目を白黒させる。
「電光石火!」
 かずさのすけはその素早さで相手に向かう。次はあたり負けすることもなかった。
「よしっ、もう少し照らしててね。……モンスターボール!」
 ゼウラの投げたボールが、洞穴をさらに輝かせる。果たして、そのポケモンはボールに収まった。

 ハクタイへ戻るゲートで、そのポケモンはフカマルというのだと、守衛さんが話してくれた。
「シンオウの強いトレーナーといえば、みんな連れてるからな。憧れてここに捕まえに来るトレーナーも多い。お嬢さんは迷わなかったか?」
「リフお姉さんと一緒だったので! ……やったねかずさのすけ、強いトレーナーだって。えへへ……じゃあかずさのすけは強いポケモンだね」
 強いトレーナー、と話した時点でゼウラの脚をげしげし蹴っていたかずさのすけだったが、強いポケモンと言われ、目を逸らして頭を掻いた。

 リフのリーフィアと、新しいお友達のフカマル。
 昔懐かしい町のはずれで、昔からの方法で「図鑑」を埋めていく。こうして、また一日が穏やかに過ぎていった。

【ソノオ式ポケモン図鑑 今日のページ】
・リーフィア
・フカマル


 吟悠雪さん宅リフちゃんをお借りしました。 190109