人とポケモンたちで賑わうふれあい広場で、パチリスのかずさのすけは一匹での行動が目立った。
「待ってよおー!」
 いつも追うのはゼウラのほう。もう少し仲良くなれないものかと、ヨスガシティに寄るついでに来てはみたのだが。
「チュッ」
「はい、コレクションに追加ね。きれいな色のハネだねー!」
 ふれあい広場には様々なものが落ちている。ポケモンを飾るもの、旅で役立つ木の実などがそこここで見つかる。
 またかずさのすけが駈け出すと、何かを拾って振り返り、首を傾げた。それが何か、よくわかっていない様子だ。
「見せて。……カード?」
 それは占いで使われるタロットカードだった。全身を布で覆った老年の人物が、カンテラの光をぼんやり眺めている。
「これ落とした人ぉ!」
 ゼウラが言いながら広場中を回ると、赤い髪の女性がぱたぱたと駆けてきた。
「ごめんなさーい!」
 紫の帽子からヴェールが下がっている、いかにも占いが得意そうな女性であった。彼女の後ろを、白いリボン風のものをたくさんつけた人型のポケモンが歩いてくる。
「まさかカードを落としちゃうなんて……助かった」
「いえいえ。ところで一緒にいるのはポケモン……? 見たことない子」
「この子はムー、ゴチルゼルだよ。シンオウ地方にはいないかもね」
「よろしく、ムーさん。私はゼウラっていうの」
 ゴチルゼルのムーさんは、笑顔で頷いた。
「私はソフィア。よかったら……占っても?」
「いいの? 占い大好き!」
 すぐに決まり、広場内にある小屋に移動した。薄暗いその空間で、ソフィアがさきほどのカードを出す。
「拾ってもらったカードは『隠者』。ゼウラは、思い立ったらすぐ行動するタイプじゃないかな?」
「うっ……そのとおり!」
「今は考え直すべき時、ってこのカードが言ってるよ。旅をしてたら、立ち止まることも忘れてしまうけれど……」
 ゼウラは視線を下に移した。かずさのすけは、珍しくゼウラと視線を合わせてくる。
「私……なんか色々、上手くいってなくて。かずさのすけのこともだし、ゴンベは見つからないし、それに……」
「うんうん」
「……クオン、ちゃんのことだって」
 言ったそばから、頬が染まるのがわかった。
「クオンちゃんね。女の子の友達かな」
「ちがっ……!」
 反射的に顔を上げると、にやにや笑うソフィアと視線がかち合う。
「女の子の友達ではなくて、ちゃん付けで呼ぶということは……幼馴染のことが気になってきたパターン、という線……」
「もう、やめてよ」
 そういう話に慣れていないゼウラは恥ずかしがりっぱなしだ。
「まあ、こればかりは旅先で考えても答えは出ない、か……んーでも、旅してたら隣にあの人がいたら、ということは考えるよねー」
「ソフィアも?」
「そう! だから恋愛関係は占えても私からの助言は何も出来ない。イッシュにいた時だって、全然気持ちが通じてる感じなかったし……でも、あの人の姿勢を見て、私ももっと広い世界を見ようって決めた。それで素敵な人になって、また会いに行ってやる」
 そう言って笑うソフィアは、薄暗い小屋の中でも輝いて見えた。
「きっとその思い、通じるよ。あと、相談があるんだけど……」
「うん? どうぞ」

 ソフィアにポケモンの性別が本当に合っているか確認してもらい、今度は太陽の下で、ゼウラは名づけを行った。
「フカマルはふさこ、ユキカブリはゆきぞう。よろしくね」
「パウ!」
「フキフキー」
 フカマルはメス、ユキカブリはオスであるとわかったので、ゼウラはそのように名付けた。二匹とも気に入ったようで、ゼウラに笑いかける。
「へえ。随分トラディショナルな名前をつけるのね。かずさのすけくんもだけど……」
「あ、かずさのすけは女の子だよ」
「そうなの? どおりで」
「私が間違えちゃったんだけど……」
 パチリスのかずさのすけは不満そうに唸った。
「日系の名前だと、カズサ、で止めたら女の子っぽくなるよね。カズサちゃんでどう?」
 ソフィアが話しかけても、かずさのすけは反応を返さない。
「かずさのすけちゃんにとって大切なのはニックネームじゃないんじゃない」
「え? それってどういう……」
「ゆっくりわかり合っていけば大丈夫」
 ムーがかずさのすけを抱き上げて、かずさのすけはソフィアに撫でられた。そして、ソフィアはゼウラにハグする。
「未来は穏やか。Godspeed、なにもかも上手くいくよ」

 文化が違うとはこういうことか、と、ゼウラはモーテルで昼間のことを思い出していた。
 ソノオタウンで、幼い頃からクオンと遊んだ。学校では友達もできた。旅に出て、かずさのすけと色々なところを回った。フカマルのふさこ、ユキカブリのゆきぞうという新たな仲間も増えた。
「でも……」
 ゼウラの旅の範囲は、一地方の域を出ない。スケッチブックの、今日埋めたページを開くと、今日描かせてもらったゴチルゼルのムーがいた。占い師ソフィアの出身地方はイッシュであるらしい。ポケモンの道においても他の道においても多くの成功者を輩出している国家の一地方であり、世間知らずのゼウラでもいくつかの街の名を言える地方だ。
 そこに行けば、もっと何かがわかるのかな。
 それとも、今と同じようなことを考えるのかな。
「かずさのすけは、さ」
 ボールから出していたかずさのすけに話しかける。
「ソフィアが言うには、その名前がだめなんじゃないんだよね。じゃあ……私のこういうところが嫌だったのかな?」
「チ?」
 女の子なのだから、名前を変えなくてはならないという考え方。後ろめたさを持ちながら呼び続けるという、矛盾した思い。
「かずさのすけはね、可愛いの。とってもチャーミングで。でもね、初めて見たときは、電気を纏って突進するキミが、とてもかっこよく思えた。旅先でも、なんだかんだ前で戦ってくれて……あと、私より頭が回ったこともあるよね」
 かずさのすけは黙って聞いてくれている。
「だから、今日ふさことゆきぞうにしたように、キミにも改めて名付けさせて。かずさっていう、男の子でも女の子でもいける響きに、頭が良いって意味と、かっこいいって雰囲気を足して、かずさのすけ」
 ゼウラは右手を差し出した。
 こんな後付けの意味で名付けだなんて、自分でひどいことをしていると思った。でも、旅先で人とポケモンの営み、そして神話や伝統を知る度、やっぱりこのメスのパチリスの名はかずさのすけで良いのではないかと思う気持ちもあった。
「……ダメかな?」
 自信なさげな態度を示すと、かずさのすけはふん、と鼻を鳴らした。それにびくりと驚いてしまったが、右手には、温かく、ふわふわした感覚があった。
「……チュ」
 かずさのすけが、手を取ってくれたのだ。
「かっ……かずさのすけぇ……」
 そのゼウラの泣きっ面を見て、かずさのすけはすぐさま離れようとしたが、ゼウラが手を握るのが早かった。逃げられなくして、そのままかずさのすけを抱き締める。
「ありがとっ……こんな私でも、一緒にいてくれて」
「……チュパ」
 かずさのすけは、それ以上抵抗はしなかった。

【ソノオ式ポケモン図鑑 今日のページ】
・ゴチルゼル


 翡翠さん宅ソフィアちゃんをお借りしました。 190110