どっちが迷子


 テンマがカミーリア大魔術団に入団してから、早くも一月が経とうとしていた。
 その日は、カラサ地方のコーナスシティで一泊。二日にわたる公演で、一日目は成功に終わった。
「ボタン、テンマ」
 マツリが年少の二人を呼んだ。
「はい! なんでしょう」
「コーヒー、買ってきて。私とセージの分、カフェオレとブラックでね」
「ま、またで」
 ボタンは、慌ててテンマの口を塞いだ。
「わっわかりました!」

「黙って、はいって答えなくちゃ、って言ってるじゃない」
「だって、あまりにもいつもいつも……」
「新人にはいつもこうなの! 私も、途中でやめた子いっぱい見たもん」
「ううー……でも、もうちょっと練習する時間も欲しいぜぇー。いつも夜更かしすることになっちゃうし……」
 テンマは、和妻は得意であったが、いわゆる洋風のマジックやサーカスにほとんど触れたことがなく、入団してからずっと 練習をしているのだ。
 仕掛けも魅せ方も、和妻とは違う。独自研究を重ねながら、カミーリア大魔術団のスタイルと自分のスタイルを混ぜていか なければならない。
「しょうがないよ。そんな焦らなくても大丈夫だって」
「ボタン……」
「どうせ、しばらくは大道具なんだから出番ないしね」
「そういう意味かよぉ……」
 テンマは、さっさと済ませようと、足を速めた。豪華なシティホテル街に、自動販売機を見つける。
「全く、なんでオレさまたちが泊まったホテルには「いつものメーカー」の自販機がないんだ?」
 そんなことをぶつぶつ言いながら、小銭を入れ、ボタンを押した。
 『あったか〜い』という表記を見ると、自分も思わず飲みたくなってしまうが、自分が飲めるだけのお金はない。カラサ地 方は全体的に寒冷で、外に出るとすぐに身体が冷えてしまうのだ。
「さーて、これでオッケー、と。……あれっ?」
 テンマは辺りを見回す。いつもパシリに付き添ってくれる彼女がいない。
「ボタン? ボターンッ!」
 周りの視線は気にせず、テンマはボタンを呼んで走った。
「あいつっ、また道に迷ったんじゃ」
 そうは言いつつも、テンマは、自分の行動を振り返っていた。
 もう少し後ろを振り向いていたら。速足にならなかったら。
「ううっ……」
 どうやら自分も道に迷ってしまったらしい。ホテルに引き返すことができなくなってしまった。
「うわああーっ!」
 そのまま、堪えることなく泣き出す。その声は、全て都会の喧騒にかき消されていった。

「あ、いたいた」
「……え」
「テンマー、ほら、途中のパン屋さんで、焼きたてパンの試食、二切れ貰ってきたよ」
 ボタンは、黄色いつぶつぶの入ったふかふかのパンの一切れを、テンマに渡した。
「泣いてんの? そんなにパシリが嫌だったの? んー、まあさ、これこの町一番の美味しさなんだって。一緒に食べようよ!」
「おーまえなぁ、また勝手にどっか行きやがって! どんだけ心配したと……」
「そりゃどうも」
「どうも、って」
 そう言いつつも、近くの階段に座って食べる。パンは、もうすでに冷めていた。
「あちゃー、見つけるのに時間かかっちゃったから……まあいいや、美味しいしー」
 テンマはパンを味わうと、美味しかったと思いつつ、嫌な予感がした。
「ひょ、ひょっとして」

「ぬるい!」
 町の人に訊いてなんとかホテルに戻ったテンマとボタンだったが、コーヒーを一口飲んだマツリの第一声がそれだった。


 鳴海ゆいさん宅、マツリさん、ボタンちゃんお借りしました。
 まだまだ恋愛未満! そしてパシリ!