新たな仲間


 時間がゆっくりと流れるチョウジタウン。
 以前とは何も変わっていないと思っていたが、その期待は大きく裏切られた。
「……オヤジ、これ」
 テンマが指差したのは、安全第一と書かれた柵に囲まれた工事現場であった。
 かつてそこにあったのは、大魔術団に入団する前、何度も和妻ショーをした、いわばテンマを育てた小劇場だ。
「ああ。エンジュやコガネの劇場に、人が行ってしもうてな」
「……」
 理屈はわかる。田舎町の小劇場など、長く持つことはない。
 テンマは、何も言わずただその場所を見た。たくさんの思い出が、脳裏を駆け巡る。
「色々思うところもあるやろう、おれは電器屋に行ってくっから、またここで、な」
 テンマの父は、息子の肩をぽんと叩き、オニゴーリとユキメノコを連れて、ほぼシャッター街化した商店街に行った。

 自分を育ててくれた、母のような存在。
 そう思うのは、実の母とあまり会えないからであろうか。
 一流の大魔術団でイントロの一部を担当するまでになっても、まだ幼い少年だ。
 自然と涙が頬を伝う中、背後から声を掛けられた。
「あーっ、テンマだーっ!」
 テンマは急いで涙をふき、振り向いた。昔よく遊んだ、一つ年下のお隣さんだ。
「え、テンマ?」
 それを聞いた近所の人たちの窓が開く。
「やー、おかえりーっ! 聞いたわよー、カミーリア大魔術団で頑張ってるって!」
 途端にテンマの周りに人だかりが出来た。
「え、えっと」
「ねえ、ちょっと見せてぇな」
「えっ」
「和妻。進化したんとちゃう?」
 そう言われ、テンマはまた、廃墟化した小劇場を見やる。そして家の方向に向かって全力疾走した。
「あ、テンマ」
「待って、傘取ってくるから!」

 ブルーレイ・レコーダーを持ったテンマの父がその場所に戻った時には、大きな拍手喝采が起こっていた。
「いやー皆ありがとう!」
 テンマは丁寧にお辞儀する。誰彼ともなく、アンコールの声が起こった。
「え、えーっと……それじゃ次は、ユキワラシと一緒にやります!」
 何も考えずに言ったのち、テンマはユキワラシに耳打ち(耳がどこにあるのかテンマにはわからなかったが)した。二つの傘から一つの大きな傘になった時に、粉雪を降らせてくれ、と。

 アンコールが始まると、また観衆は黙り、テンマの動きに集中する。
 二つの傘から一つの傘へ。チョウジで和妻ショーをしていた時代から人気のある技であった。
 だが、その技に、今日はプラスアルファ。
「よし、せーの」
 テンマがそっと囁くと、ユキワラシは季節に合わない粉雪を出してみせた。
「きれい……」
「涼しーい!」
 ユキワラシと一緒のパフォーマンスは大好評のうちに笑った。テンマの父も、思わず息子の勇姿に拍手を送った。

 マジックは路上でも見せられる。  元々都会に行けばストリートパフォーマーがしていることだ。だがそれは、都会だけの専売特許ではない。
「楽しかったなぁ。やっぱりホームタウンってのはあったかいもんだねぇ。オカンももっと帰ってきたらいいのに」
「はは。……よし、これでブルーレイが……見れん」
「はぁ、またかよ! ったく、今日は徹夜作業だな、どれどれ」
「テンマ、こういうのわかるのか?」
「まぁ待ってよ。……うん、ライトとか音響とかしてきたけど、さーっぱりわからん」
 テンマはすぐに本体から離れた。やっぱりな、と父は笑う。
 お茶を飲もうと冷蔵庫に向かった時、ユキワラシと視線がかち合った。
「シュワシュワシュワー!」
 ユキワラシは、テンマの膝に飛びつく。
「わー、なんだよもー」
 テンマはその場に座り、ユキワラシの三角頭を撫でた。それを見た父が、一つ提案する。
「テンマ。休みが終わったら、ユキワラシも連れて行ったらどや?」
「え、いいのか?」
「勿論。ユキワラシにもいい経験になるやろ」
 テンマは改めてユキワラシを見る。彼女の瞳に迷いはなかった。
「よーし、それじゃオレと一緒に行こうぜ!」
「シュワーン!」
 ユキワラシは喜びのあまり、部屋中に粉雪を吹かせた。涼しいからいいものの、それからブルーレイ・レコーダーを必死で拭いたということは、言うまでもない。