どうしても思い出せない、幼い頃の思い出。
サクハ地方ではそういうことを、“ドゥリムルに見られてる”といいます。
約束は今も
「やだやだー! おそと行くのー!」
「ユッカ、お願いだから言うことをきいてくれよ。ユッカは、ポケモンを持ってないだろう? だから街を出てはダメ」
「でもー、かなじゅみは、やだ! あっち行くのあっちー!」
「困ったなぁ……」
そんな父と娘のやりとりのさなか、女の子がそこに割って入る。
ユッカよりもいくぶん背が高いが、同年代の子のようだ。
「ねえねえ、あたしと遊ばない?」
「君は……?」
「コノハです。二人なら大丈夫ですよね」
ユッカの父は、少し考えてから、言った。
「んー、そうだな。ユッカ! コノハちゃん、しっかりしてそうだし、遊びに行っておいで」
「えっほんとに?」
「ただし、カナズミシティからは出ないこと。広場とか公園はあるし、そこで遊ぶように!」
「えー」
「それでも、ずっとデボンにいるよりは退屈しないだろう?」
「わかったよー」
カナズミシティを南北に貫くメインストリートを歩きながら、ユッカはいつのまにか手を繋いでいる相手のことを気にしだす。
「コノハってゆーんだよね。はっちゃんでもいい?」
「えっ、はっちゃん? はじめてだよ、そんなの。あたしは何て呼べばいいの?
「えーっと、そうだねそうだね、何でもいいよ」
「じゃあ、かっちゃん! はっちゃんと、おそろい」
ユッカの心に、小さなお花がいくつも咲いた。
「って、はっちゃん、その先行くの?」
「うん。行きたいって、泣いてたよね」
「泣いてないもん! でも、行ってみたい!」
「きまり!」
二人はそのまま、北の道路へ出る。ここには幸い、凶暴すぎるポケモンはいなかった。
ゴニョニョにエネコ、ジグザグマと、女の子に人気のポケモンが草むらから顔を出したり引っ込んだり。
だが、二人の小さなハートを打ち抜いたのは、そんなポケモンたちではなかった。
「今! 見えた! ツチニン! あっひっこんじゃった」
「そんな大きな声出すからだよ! そっと近づこう、そっと」
まだツチニンは見えている。二人は、いつのまにか姿勢までツチニンのようにして、近づいていった。
せーの、
「おともだちになりましょー」
と、笑顔でツチニンに挨拶した。
ツチニンは、顔を二人に向けて、一歩進んだ。
「おいでおいで」
コノハが手を差し出す。ツチニンはそれに、触覚でふれた。
近くにあった段差にのぼって、脚をぶらぶらさせながら、二人と一匹の休憩タイム。
「ねぇ、はっちゃんも虫、好きなの?」
「えっ……それは」
「ちがうの? さっきツチニン見つけた時、嬉しそうだったよ? ユッカは虫、大好きだけどなぁ」
「ほんと? うん、あたしも好き!」
「最初からそう言えばいいのにー」
「だって、恥ずかしいもん!」
そんなもんなのかな、とユッカはツチニンに視線を落とす。
「ツチニン、“しんか”したいと思う?」
「ニニンッ!」
その意味がわかったのか、ツチニンは元気に応えた。
「じゃあ、“しんか”しよう! はっちゃん、一緒に育てよー」
「え? で、でも、どうすれば」
コノハはそう言うが、どう見てもわくわくしている。言葉でも隠せないものがあるのだ。
「いいじゃん! モンスターボールなんかなくったって、ユッカたちは心が通じ合えたんだから。きっとバトルだってできるよ!
」
「……そうだね、やってみよう!」
ツチニンと一緒に、草むらへ向かう。
ツチニンはやる気満々だ。
「あ、ジグザグマがきたよ! ツチニン、“ひっかく”!」
まず、指示を出したのはユッカだった。
「ニーンッ!」
ツチニンのパワフルな攻撃に、ジグザグマは何とか堪えた。
「あ、来るよ! えーっと、ジグザグマの方が速いから、えっと」
「“かたくなる”!」
思わぬコノハのサポートで、ツチニンは言われたとおり硬くなる。ジグザグマからのダメージを減らした。
「ありがとう」
「どういたしまして! えっと次は、これ使えるんだっけ。“きゅうけつ”!」
ダメージも回復するその技に、ジグザグマも堪えられず、どこかへ逃げてしまった。
「やったー! 勝ったー!」
まさに二人と一人の力で、勝利をつかんだ。
その調子で、二人はツチニンのレベル上げのお手伝いを続けた。
「ねえねえ、もうすぐ“しんか”かな」
次の休憩中に、コノハが話しかけた。
「うん、虫ポケモンって“しんか”はやいもんね」
「そっか……」
コノハはそっと、ポケットから白い球体を出した。
「え、それって」
「でぼんの人からもらったんだよ。“プレミアつきのひばいひん”らしいんだけど、いいこにしてたからあげるって」
「それでツチニンつかまえるの?」
「えっ……あ」
「モンスターボールなんかなくったってって、言ったじゃん! 持ってるの、かくしてたの!?」
「そんなつもりじゃ……」
「うっ……うーっ! はっちゃんなんか、きらい!」
ユッカは無意識のうちにコノハからボールを奪い取り、道を東へ走り抜けた。
「かっちゃん……」
走り疲れて、ユッカはその場にうずくまった。
ボールはしっかり持ったまま。やってから後悔する、自分の悪い癖。
「ユッカも……ツチニンとお別れは、いやだもん」
来た方向から、足音が聞こえた。コノハか、とユッカは一瞬期待したが、彼女よりも足音は重く速く、すぐに違うとわかった。
「ユッカ! 探したんだぞ! 道路はダメだって言ったろ。さ、帰ろう。母さんもデボン前で待ってる」
「……」
「コノハちゃん、泣いてたぞ。何かあったのか? 謝るなら早くしないと、もう帰っちゃうみたいだぞ」
このままじゃだめだ、それは言われなくてもユッカにはわかっていた。
目線の先の草むらから、ポケモンが顔を出す。さっきのツチニンだ。
「どうしたの? ツチニンははっちゃんといた方がいいよ」
その時、ツチニンが眩い光に包まれた。
「えっ、ツチニン? ひょっとして……」
そのままツチニンはみるみる大きくなり、立派な羽を生やしたポケモンになった。
「……“しんか”! テッカニンだ!」
そのポケモン――テッカニンは、さっとユッカからボールを取る。そして、急ごう、と呼びかけるように、ユッカを一瞥してから、進行方向を向いた。
「わかった! 行こう! って、速い! これなら絶対間に合うね!」
ものすごいスピードで街を抜けていくテッカニン――実際はその姿はほとんど見えない――を、ユッカは必死で追いかけた。その後ろで、ユッカの父もユッカを追いかけた。
「はっちゃーん!」
「……え、かっちゃん!」
テッカニンとコノハがぶつかりそうになった時、テッカニン側が避けて惨事には至らなかった。
「もしかして、“しんか”したの? テッカニンに! すごーい、見るのははじめて!」
ユッカが手を差し出すと、テッカニンは持っていたボールをユッカに返した。
「……はっちゃん、さっきはごめんね。これ、返すから、テッカニン捕まえてよ」
「えっ……でも」
「いいの! だって、はっちゃんのボールだもん」
「ん……」
コノハの不安そうな瞳に、テッカニンが映る。が、瞳から不安の色はすぐに消えた。
「あ、そうだ、忘れてた!」
コノハは、急いでボールのスイッチを二度押した。すると、光が溢れ、ポケモンが出てきた。
「何このポケモン!」
「ツチニンはね、二匹のポケモンに“しんか”するの! こっちはヌケニンっていうんだよ」
「へぇ……」
テッカニンが横に並ぶ。こうして眺めていると、図鑑に書いてあった説明文を思い出す。
「テッカニン。しのびポケモン。どんなこうげきでも、よけてしまうといわれるほどすばやいポケモン。あまいじゅえきが、だいこうぶつ」
「ヌケニン。ぬけがらポケモン。ハネをうごかさずにとびまわる。からだのなかはからっぽで、いきをしないふしぎなポケモン」
二人とも完璧だった。それから二人は、お互いに満面の笑顔を見せた。
「もうこれで、本当にお別れだね」
太陽もすっかり沈んでしまった。ユッカとコノハの両親が、すぐ近くで挨拶している。
「うん、すっごく楽しかったよ」
テッカニンは、ユッカについてくることになった。テッカニンもヌケニンも、しばらくは親が預かることになったのだが。
「……また遊ぼうね」
「うん。バイバイ!」
「バイバイ」
テッカニンは、ユッカが両親のもとへ歩き出すと、そちらについていった。その、よっぽどの虫好きでないと鬱陶しがるだろう羽音が、ユッカを安心させた。
――そういえば、どこにすんでるのかきいてない。きいとけばよかった。でも。
また、あえるよね。
リーさんとこのコノハちゃんお借りしました。遅くなってしまってすみません…!
私が想像してたのってこういう二人だったんですがいかがでしょうか。雰囲気からしてコノハちゃんがちょっとお姉さんぽいですね。
110809