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グローマの話を練ろうの会(4)
2018/11/05(Mon)
 まあ確かに好かれはしないだろう、というのがグローマとデイジの率直な印象だった。フラン博士は必要最低限のことしか話さないし、愛想というものがない。
 コクリン地方で旅の意志を示した人間に渡されるダンレオ、メラチラ、シュプワン。デイジはなんとなく自分に重なるという理由で迷わずシュプワンを選んだが、グローマはしばし迷ってしまった。
「なんでよりによって三択なんだ?」
「決断力ないのかよお前は」
 デイジの言葉に心外だと思うが、確かに今のグローマの心には迷いがあった。
 ミズチの考えは絶対的だと思っていた。そのお陰で自分もコクリンで過ごせているのだと。それが、デイジの言葉を聞いて、自分のルーツを辿れなくなってしまう、ということに恐怖を感じている。
 僕って一体何者なんだ?
「おれには考えをひとつにする気は無い」
 フラン博士がぽつりと呟き、グローマは顔を上げた。
 彼は研究者であり、シダオリタウンの開拓者でもある。無愛想で嫌われ博士と呼ばれていても、それなりに過酷な日々を送ってきたことはグローマにも想像できた。
「とくに初心者トレーナーに何かを押し付ける気も無い。自分で思考することだな。……ただし」
「ただし?」
「外でやってくれないか」

 あの嫌われ博士が! と、グローマは伝聞で知ったあだ名を庭先で放ち、デイジにたしなめられた。
「しかし面白いな。瞑想の時はグローマのほうが落ち着いてるのに、今は立場が逆転……」
「うっさい」
 デイジに返事しながらも、ああそうか、とグローマは思い直した。その場であぐらをかく。グローマのしたいことを察したのか、デイジは場を離れた。
「メグロコ。一番最近捕まえたのが君だったね。君の後輩ができる。付き合ってくれないか」
 ボールから出てきたメグロコは、喜んで応じ、場に伏せた。
 ともに目を閉じて、そのまま数分。一度めちゃくちゃになった思考を整理して、自分を外から眺めるように。

 ふと、アドのことを思い出した。
 やり残したこととは、幼馴染のアドにジムリーダーと挑戦者としての戦いを挑み、勝つことであるとデイジにも話した。
 それは、カミヨリの民と移民との子という立場を捨てて、よりによって一番保守的なカミヨリシティのジムリーダーに就いた彼女に、いわば復讐するため。バトルをもって、自分の考えが正しいのだと示すため。
 しかし、今はそれができない。たった数日の出来事で、これほどまでに自分の世界が転じてしまっていたのかとグローマは驚いた。呼吸を整えて、自身の深淵に触れ続ける。
 ミズチは圧倒的な強さを見せたあと、アドはよく頑張っていると話していた。伝統をなくす立場のミズチがそのような評価を下すぐらいだから、アドは本当によくやっているのだろう。
 その過程で、カミヨリの民と移民の混血であることに悩んだこともあるだろう。逆に武器としたこともあるかもしれない。
「……僕は何も知らなかったんだ」
 グローマが呟くと、メグロコはグローマを見上げようとして、すぐにやめた。心拍数が上がっている状態で、瞑想をやめるわけにはいかないと、メグロコには教えてある。
 旅の理由はもはや復讐ではない。ただ、トレーナーとして、長らく連絡をとっていない幼馴染に会いに行こう。上手く話せなくたって、ポケモンたちがいるのだから、ルールにのっとって試合をすればいい。それで、たとえ二人の間に時と立場による溝があったとしても、フィールドの上ではトレーナー同士であることができる。
 ならば、そのフィールドにともに立つのは。
 グローマは瞼を開いた。その両眼にまず焼き付いたのは−−あるポケモンの手招きの動作だった。
「……招き猫ポケモン、ダンレオ」
 その名を呼ぶと、ダンレオはにゃあ、と鳴いた。
 左脚を挙げる場合は「人」を招いているのだと、確かそういう話があったような。ああ、また不確実な言い伝えとやらに左右されなければならないのか。
 しかし、そのダンレオの笑顔を前に、そんな思いは吹き飛んでしまった。
「僕と行ってくれるかい」
 情けなくも声は震えていたが、ダンレオは力強く応えてくれた。
 メグロコが砂の中から身を起こし、よたよた前脚を挙げる。どうやらダンレオの真似をしているらしい。先輩とはいえまだまだ幼いが、今のグローマにとっては、これから吸収できるものが多いほうがいい。
「よし、決まりだ。博士に挨拶しよう」

 博士への挨拶をすませ、正式にダンレオはグローマの、シュプワンはデイジの手持ちになった。
 これからデイジは北のカネナリシティに、グローマは南のカミヨリタウンに進むこととなる。
「ところでデイジ、お願いがあるんだ。僕とダンレオとバトルしてくれ」
 なんだその新人トレーナーみたいなの、とデイジは返したが、シュプワンとともにバトルの準備をしてくれた。
 結局、二人とも憧れていたのだ。
「容赦なくいくぞ」
「僕だって!」
 開拓によって蘇った町、シダオリタウンに、二人の中堅トレーナーと二匹の子供ポケモンの声が響く。
 夜ながら、熱気に包まれていた。



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