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グローマの話を練ろうの会(9)
2018/12/06(Thu)
 簡素なバスに揺られること数日、デイジとグローマが辿り着いたのは、タソガレシティから海側に進んだ先にあった小さな港だった。
「方向間違えたんじゃない」
 グローマが呆然として言った。漁夫もまばらなこの港でサクハ行きの船が出ているとは到底思えない。
「そう見えるか。迎えはもう来てると思うぜ。……なあ、ハン」
 海に向かってデイジが指笛を吹くと、水面が隆起し、大波が襲ってきた。
「んぎゃ!」
 間抜けな声を上げたグローマの前に、大きな歯をにかっと見せつけた何かが現れた。
「ツキから聞いたよ、ハン。迎えに来てくれたんだな」
 ハンと呼ばれたそのポケモンは低く唸るような声で応えた。
「見たことないか、ホエルオー」
「実際に見たのは初めてだ」
 ぼけっとホエルオーを見上げていると、しょっぱい潮水がグローマの口に入り、その場で咳込んだ。
 そうしてる間にもデイジは地面を蹴ってホエルオーにしがみつき、そのままよじ登る。このハンというホエルオーとの付き合いの長さを感じさせる。足下が安定したところでデイジが港側を挑発的に見下ろしたものだから、グローマも負けじとよじ登った。
「背中。広いから適当な場所で生活して。食材持ってきただろうな?」
「買えって言ってたのはこのためか……」
「ああ。ハンの分もある。まる三日もあれば着くだろ。さ、出航だ」

 サクハ地方カキツバタウンの港に着いてからも、グローマは感覚が戻らず足取りがおぼつかないでいた。いきなりホエルオーの背で二泊三日はきつい。
「わーっ、リエちゃん、お友達? そっかデイジの連れってこの子か!」
「抜かすなツキ」
 デイジがツキと呼んだ男は、にこにこ笑顔で一行を出迎えた。どうやらリエちゃんというのは、同じく足取りがおぼつかないパッチールのことらしい。
「デイジは相変わらず厳しいなー。はい、ハンちゃん、ここまでありがとね」
 ツキがナナの実を見せると、ホエルオーはあんぐりと口を開けた。ツキがそこ目掛けてナナの実を投げ入れると、ホエルオーは潮水ごと流し込んだ。そんな食べ方でも満足らしく、笑って海底へ戻っていった。
「で、そっちのご婦人は。まさか……」
「違う違う、混血じゃないよ。もーデイジは厳しすぎない?」
 答えるツキに目配せをし、ツキより幾分か歳上に見えるその女性は身分を明かした。
「北サクハ出身、民俗学者のヒカミです」
 同じ学者でもフラン博士とここまで違うか、という感想をグローマは抱いた。北サクハ出身というが、服装がツキのものに似ているため、砂の民の衣装を纏っているのだろう。肌がツキやデイジよりいくらか濃いが、その銀髪と緑の目を見ると混血と疑ってしまうのもわかる(道中、グローマはデイジから、かつて兄のように慕っていた男がカロス女性と結ばれ、銀髪に緑の目の娘を連れていることに関する愚痴を散々聞かされていた)。
「ヒカミちょっとおかしくてねー。砂の民を「参与観察」するために、髪を脱色したんだって! 変でしょ」
「ヒカミ。ツキに言われちゃ終わりだろ」
「そうだろうね」
 ヒカミの砂の民文化へのリスペクトが伝わったのか、デイジは態度をいくらか軟化させた。
 四人のやり取りを聞いて、衣装はいくらかシンプルだが砂の民と思われる人たちが何人か足を止める。みんなあなたに会いたかったんだよ、とヒカミに促され、グローマは名乗った。
「……グローマ。コクリン地方シダオリタウン育ちですが、ルーツを辿ると砂の民に辿り着くようです」
「うんうん、よく来たね」
 ツキが頷くと、周囲からも、グローマ、おかえり、と言葉をかけられた。
「ただいま、でいいのかな」
「何も間違いはない。そんじゃま、クオンに帰ろうか。ここは地方に指定された居住地だけど、多くの砂の民は今もクオンを拠点にしてるからね」

 カキツバタウンに至るクオンからの道は屈辱の道とすら呼ばれたものだとツキは話した。元来、アフカスの民に負け、世界に散るか、住みにくいクオン砂漠に根を下ろすかの選択を迫られたわけで、当時この土地自体に愛着はなかっただろうと、ヒカミも自身の考察を話した。
「ホームランドって、そういうものだから。北サクハもサクハ地方に併合されてから失った信仰やお祭りがある。私は民俗学者として砂の民と生活しているけど、最終的には信仰復活にも協力できたらと思ってる。グローマも、今はゆっくり休んで、話を聞かせて」
「砂の民は少ないからねー、みんな家族ってことで」
「家族……」
「まあ中には混血が嫌いな、頭のかたーい男もいるけど」
 ツキがデイジに目配せすると、デイジは咳払いした。
「グローマは大丈夫そうだな、じゃあ俺はもう行くよ」
「嘘でしょ」
 ツキが言った。デイジは本気でもう次の地方へ行こうとしているということが、グローマにはわかった。
「何家族かが移住したから、血の濃い砂の民がまだ生き残っている可能性がある地方……もうひとつ見つけたんだ。トリカも帰ってないようだし、俺も休んでられない」
「それはどこだい?」
「メルヒェン地方だ」
 ツキとヒカミは目を見開いた。
 メルヒェンという地名はグローマも聞いたことがあった。孤島であるからコクリンよりも文明化に遅れをとっているという話も知っている。
 そして−−サクハからはかなり遠いはずだということも。
「時間がない。もう行かねえと」
「デイジくん」
 ヒカミが強い口調で言った。
「闇雲に別の地方に飛び込んでも、その土地を知らなければ現地で立ち往生をくらうことになる。あの地方の言語や文化、最低限のことを学んでから行っても遅くないはず。例えば、孤島でも公用語は大陸系のドイツ語であること。知ってた?」
「うう……」
「エイ語ができるならさほど苦労することもないだろうけど、あなたも砂の民の信仰を取り戻したいというのなら、ある程度リスペクトを持つべきだと思う。待ってて」
 ヒカミは枝を取り出し、砂地に魔法陣のようなものを描きだした。そして本を片手に、なにやら熱心に唱え始める。
「何だあれ」
「ヒカミはああやってポケモンに指示するんだよ」
 デイジとツキは声を殺して会話していたが、そばに居たからグローマにも聞こえている。
 直後、魔法陣は鈍い光を放ち、五分もすれば大型の猛禽類と思われるポケモンが飛来した。
「熱帯雨林に住むファイアロー。普段は焼畑農業を手伝ってもらってるんだけど、指示したこともやってくれる」
 ヒカミが手を差し出すと、ファイアローはくわえていた本を放した。紫色の表紙に、『メルヒェン今昔物語』というタイトルが書かれている。
「研究者仲間がまとめてくれたもの。いわゆる概説本ね。もちろん休憩も兼ねてのことだけど、少し知ってから行ったほうが面白いと思う。そして何よりメルヒェンは……」
「なにより?」
「近年の政治的混乱で、旧来の信仰が大幅に失われた地方なの」



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