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グローマの話を練ろうの会(10)
2018/12/07(Fri)
 近年信仰を失った地方。確かに砂の民の現況と相関のある地方だ。
 ヒカミがそのまま連れていってもらえばいいと言ったファイアローの背にのり、デイジはメルヒェン地方のことを考える。
 砂の民が信仰を失ったのが大体祖父母から曾祖父母世代の話だと考えると、メルヒェン地方の政治的混乱はそれよりも後の話だ。
 ヒカミの話によると、近代化が推し進められているわけでもない。
 それならなぜ?
 政治的混乱というのがどうにも引っかかる。コクリン地方のグローマのように、人民も信仰を失うことを望んだのだろうか。
 しかしメルヒェン地方は唯一の厳格な神がおらず、多くの信仰が共存しているとのことで、他の一神教徒に攻められ無理に改宗させられたという歴史も存在しない。

 なぜ?
 しかしこれをなぜだと考えられるようになったのも、デイジがミタマ地方である施設を訪れたからである。
 高速ながらほとんど揺れないファイアローの背で、デイジも気持ちを落ち着かせ、あのミタマでの出来事を回想した。

 ノナタウンは図書館と博物館をもつ、文化や歴史の保存に熱心な町だった。
 町の規模も大きくなく、気候は寒冷で、本土と離れていた−−しかしその条件こそが文献や工芸品の保存に適していたのだと、デイジは今になってなんとなく理解する。
 デイジは旅人向けのレンタル施設でコートを借り、図書館に入ると、本や新聞を読む人たちの向こうで、長い黒髪の人物が伏せて寝ているのが見えた。首から下げられた名札を読むと「図書館長 クラウ」。それを見て、改めてデイジはこの地方の争いの少なさを実感した。
 せっかく来たのだし物色してみようか、とデイジが開架に向かったところ、背後から低い声がした。
「お前の探してる本なら、奥の棚の十三番、上から四段目、右から六冊目の本だぞ」
 デイジはぞっとして振り返った。誰もデイジに視線を向けていない。ということは、発言者は。
 特に何かを探してはいないのだが、デイジは言われたとおりの書棚の本を手に取った。
『古宗教とエーディア教に関する覚書』
 古風な語彙が使われたタイトルだが、比較的新しい本のようで、初版は数年前。
 書棚の隣りに設けられたソファで、デイジは読み始めた。エーディア様の住まう場所とも形容されるツクヨミの森に残る、原初的な祈りのしきたりについて。この地方の伝説ポケモン、ユーリア、エグニマ、ラーディを意味する星印のルーツについて。
「……」
 すぐに読み終えたデイジは、近くの本棚から歴史書や概説書をも手に取り、入口側の読書席に移った。
「似た本を読んで知識を深める……なるほど。良きことだな」
 頭が動いたからデイジは言葉の主をはっきりと察知した。発言者は館長のクラウその人で間違いない。
「わかるのか」
「どうも昔から勘が冴えすぎるもので。……さて」
 クラウは顔を上げた。
「私はクラウ。図書館長にしてジムリーダー。今日は試合のアポがある。ポケモンたちとトレーニングしておかないと」
 立ち上がったクラウは腕を何度が回し、近くにいた少女を手招きした。
「過去は謎が多い。しかし、未来に残ったものを再考することで、本当に大切なものがわかるというものだ」
 彼は言い残し、足早に去っていった。
 館長が寝ているという事実には呆れるばかりだが、しかし何か人智を超えた力を持つ人物と印象付けられるにこの一件は充分であった。デイジが再び本に集中すると、興味をひいたページの注釈にこう書かれていた。――ノナタウン博物館・蔵

「現物はどこだ、ここにあると聞いたのだが!」
 その博物館がすぐそばにあるとわかり、デイジは博物館へ急いだ。受付にいた雪色の髪の女性にそう訊くと、彼女は貼り付けたような笑顔を浮かべた。
「あ・な・た・さ・まぁー」
「んん……?」
「人にものを頼むときには、きっちりと礼儀をもったらいかがです?」
 デイジはぎくりとした。彼女――館長・アリスと名札が見える――は表情を崩さない。それがかえって、今のデイジには薄気味悪かった。
 礼儀がなっていないという自覚は確かにデイジにもあった。物心ついた頃には両親の所在不明、つるんでいた相手は似たような境遇のトリカと、商人のツキ、それからカクタ。ツキは商売で時たま丁寧な言葉を使っていたが、基本的に縦社会意識の薄い砂の民のコミュニティで、デイジが礼節を重んじる機会などなかったのだ。
 今まで出会った人はどう話していたっけ、とデイジは思い返し、笑顔の女性にこわごわ言った。
「この本の注釈にあるものを、一目見たい……のですが。案内して……くださいませ」
「ええ、喜んで」
 アリスはカウンターをよろしく、ともう一人の受付嬢に言い残し、展示室に向かった。内心デイジは、達成感と、早く見たいという思いと、逆に逃げ出したい思いでざわついていた。

 考古学コーナーの一角に、それらの展示があった。
 エーディア、神子、そして近代史関連のコーナーに比べるとちっぽけで情報量も少ない。しかしそこには、エーディアと続く神々を象徴する空、月と太陽、そして星の意匠が凝らされた古代の生活用品や嗜好品、そして祭祀の道具が並べられていた。他のコーナーにあった展示物と似ているものもあったが、多くのものは今シンボルとされているものと微妙にデザインが異なり、より多様で、ゆえに散漫であった。
「未来は誰にもわからない。だけど、過去から学ぶことによって、ある程度類推することができる」
 表現は違うが、聞き覚えのある言葉だった。デイジはアリスのほうを向く。
「私はアリス。図書館の本を持っているということは、クラウにも会ったでしょう。これからジムで試合だからおいとまするけど、そのボールを見る限りあなたもトレーナーね? そしてポケモンを二匹以上持ってる」
「……はい。ここに来る前はペンタシティのジムに挑戦して」
「あらー、フウが挑戦を受けたの? まあさっきのように、なんの礼節も持たず殴りこまれても、まだ最年少だし断れないわよね」
 デイジには頭痛がする思いだった。言われてみればデイジの行動はその通りだったからだ。
「私たちは、フウよりは挑戦者に求めるところが多いけれど。夕方からの予定はないから、ポケモン修行もしてるなら来なさいな。それじゃあね」

 なるほどだからツインジム。ジムの看板には「ジムリーダー クラウとアリス 過去と未来を視る者」とあった。
 フィールドは町と似た雪原で、砂地という厳しい環境に生きてきたデイジは、正反対とはいえこの寒冷地で生活する者に共感を覚えていた。……とはいえ、特性が砂起こしのギガイアスを出してしまえば、否応なしに気候は見慣れた砂嵐に変わってしまうのだが。
 だからといって、そう簡単に勝たせてくれる相手ではないだろう
「デイジです。よろしくお願いします」
 下手な敬語を話したくなかったデイジは、簡素な挨拶にとどめた。
「ひとつ言っておくが、私たちは試合の展開を完璧に読めるわけではない」
「あくまでトレーナーのキャリアによるところ。だからあなたと条件は同じ」
「……わかりました」
 デイジは挑戦者サイドに立ち、間に審判がついた。
「これまで歩んできた者よ」
「これからの世を生きる者よ」
 過去を、未来を、超えていけ。
 最後は兄妹同士らしく、異口同音に言葉を放つ。

 チャームを賭けた試合の結果、そのチャームはデイジのもとに渡ることになった。情けないぐらいの辛勝で、クラウとアリスとポケモンたちはよく統率が取れていて冷静だったというのに、デイジたちは感情を荒立たせる場面も多かった。ジムバトルでなければ勝てない相手だろう。
「今を作るのはその時々の結果だ」
「必要なさそうに見えても、いつか役に立つことがあるのかも」
 言われて、デイジはチャームを受け取る。
「有難う……ございます」
 ひとつ前に誰かに礼を言ったのは、はて、いつのことだったか。



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