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ブリオニアの話を練ろうの会(2)
2018/12/07(Fri)
 ロッシュは行動的だし、リボンファー付きのムートンブーツを履けばより可愛く見せられるはず。
 リーヴェはモノクロの服をよく着てるけど、ブルーのニットも似合うんじゃないかな。大きめのチェック柄のストールをクリップでまとめてさ。
 シフシュロスの露店街でそう提案しただけなのに、ブリオニアは二人のべた褒めを喰らうことになってしまった。
「なるほどー! アタシそういうの全然わかんないけど、確かに可愛い! これからはブリオニアに訊いたらいいね」
「似合うものを見つけ、提案できる。それも才だと思うよ」
 第二将のロッシュ、第三将のリーヴェとは、歳の近い女子同士ということですぐに打ち解け、オフタイムもたまにこうして遊ぶ仲になった。
「ところで私のセーターはどっちがいいかな」
「右!」
「右ね」
 二人に言われ、ブリオニアは柄物のニットをレジに持って行った。元恋人と別れてからはおしゃれなんて、と思っていたが、やっぱり楽しいものは楽しいのだ。
「ねえ、次はレープクーヘンに行こ! キャロム・ツェルファーの飴細工が、見た目も可愛いし食感も面白いんだって」
 おしゃべりで情報収集の早いロッシュは、いつでも三人組のリード役だ。手持ちポケモンのタイプもあって雷鳴のロッシュという二つ名があるが、性格や話し方にも当てはまるなとブリオニアは思っていた。
「はいはい。どうせ急いでも馬車の時刻はまだですよ」
 そしてそれは、鋼鉄のリーヴェも然り、であるとも。

 お菓子の街、レープクーヘンは、今日も甘い香りで満たされていることだろう。という推測に終わってしまうのは、無論今のブリオニアに嗅覚が備わっていないからである。
 ロッシュの話していたお店で、スワンナの飴細工をオーダーする。凄腕飴細工師のキャロムは個別のオーダーに見事応え、翼も丁寧に作り上げた。嘴にはヒメリが使われている。
 スワンナとライチュウとクレッフィの飴細工を並べて満足してから、三人は少しずつ舐めはじめた。
「……おいしい」
「ねーっいいでしょ!? アタシのも、ヒメリとチョコが使われてて、口の中でいろんな食感画合わさって面白ーい! リーヴェのも、クレッフィ細かいね」
「楽しんで頂けて嬉しいわ」
 店主のキャロムは柔らかく笑った。
 お次はルツィール兄妹のスタンドでフルーツジュースを選ぶ。ブリー入りのものが美肌効果もあり女性に人気だそうで、ブリオニアはそれをオーダーした。
 広場の白い丸テーブルを三人で囲う。
「つめたーい! ぷつぷつしてるのもいいねこれぞミックスジュース!」
「……ロッシュ、あのさ」
 ロッシュの発言に確信を得たブリオニアは、先程から気になっていたことを思い切って訊いてみることにした。
「味、感じないの?」
 場が沈黙した。しかし、ブリオニアやリーヴェに沈黙をどうにかするほどの会話力はない。ロッシュははにかみ笑いをし、質問に答えた。
「実はそうなんだよね。ブリオニアも代償払ったでしょ? アタシは味覚なの。ちなみに隣に座ってる彼女は感情」
「まあ話しておかないとフェアじゃないものね」
 そういえばリーヴェには感情の起伏がない。と、ブリオニアは納得した。
「ブリオニアは? 恋心とか?」
「ロッシュ、デリカシーというものはないの?」
「感情捧げた人に言われたくありませーん!」
「そうか、その手があったか……」
「そこ納得するとこなの」
 ブリオニアは苦笑して、香りがわからなくなったの、と答えた。
「こうして顔を近づけてみても何も香ってこないのは、まだ慣れないけど」
「うんうん、初めはそう! でも、味がわからなくたって、見た目や食感は楽しめるし、こうなってから、誰と食べるか、というのは気にするようになった! またこうやって遊ぼうね」
 楽しいことをしたいだけ、と本人は言っているが、さすがのポジティブ思考だ。マクセルの自信といい、クァルトの面倒見の良さといい、リーヴェの冷静さといい、代償としてなにかを失っているはずなのに、それ以上に、みんなブリオニアが持っていないものを持っている。
 しかし、代償を捧げるほどに切実な願いとは何か、さすがにブリオニアもそこまで踏み込んだ会話をする勇気はなかった。代償は、ここメルヒェン地方で信仰を失ってしまった伝説上のポケモンを呼び出すために必要となる。彼女たちは、伝説への信仰心はあるのだろうか。そして、何を願ったのだろうか。見返したいとと思わないか、とブリオニアを誘ったマクセルは、全員の願いを知っているのだろうか。
 帰る時間になって、ブリオニアの提案でドーナツ店に寄ることにした。
「今日は友達とか。ドーナツなんて他でも買えるだろうに」
「友達とだからこそ、ここにしたかったんです」
 デートでよく来たから、店主のセデルには顔を覚えられている。あまり客の顔を覚えそうなタイプには見えないのに、それだけ足繁く通ったということでもあろう。
「ここの「ミミロルの耳」ってドーナツがふわふわで美味しいの。ロッシュも楽しめると思う」
 伝統的な、穴の開いていないドーナツについて話すと、セデルは試食を用意してくれた。名前の通り、ミミロルの耳先を思わせる見た目のドーナツは、味や食感も期待を裏切らない。
「すごーい、口の中でとろけてく!」
「これを、マクセルさんとクァルトへのお土産にしようと思って」
「気が利くな」
「そんなことないよ」
 事実、ブリオニアにも好都合だった。本当はこの香りが漂うだけで、元恋人との楽しかった日々を思い出して辛いのだ。それが、魔女軍となって嗅覚を失い、新たな仲間と新たな思い出を作れるのだから。
「毎度!」
 最後の一言だけ、セデルは勢いをつけて言った。



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