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ブリオニアの話を練ろうの会(5)
2018/12/10(Mon)
 本来デイジには柄でもない場所だが、成り行きでレープクーヘンのスイーツガーデンに降り立ち、シュティーフェルのカカオ運搬を手伝うこととなった。
「助かる」
「礼ならパレードに」
 デイジが言うと、シュティーフェルはドンファンのパレードの背から荷を下ろし、ダンケと言った。パレードはパオウと低い声で応える。
「もう夕方だよ。仕入れおつかれ」
「キャロム、いいところに。砂の民のデイジだ」
 声をかけた長い金髪の女性に、シュティーフェルは直ちにデイジを紹介する。
「えっ砂の民の方なの? そっか、髪とか肌とかこんな感じなんだね!」
 へえー、と、キャロムは桃色の目を輝かせてデイジを眺める。同じようにデイジもキャロムを見る。髪はトリカより長い。また、ミニスカートの裾のレースが色とりどりの金平糖を思わせるものだった。
「今紹介されたデイジ、サクハ地方はクオンタウンの砂の民だ。民を知っているとは驚いたか、なぜ」
「私、出身がヒッツェサンドなの! 砂塵の町って呼ばれてて毎年砂祭りもやってるんだけど、砂の民の方がつくる砂像は毎年すごくて人気なんだー。それで私も立体に興味持って、今では飴細工師!」
 言って、キャロムはVサインをみせた。
「そうか。砂の民がメルヒェンに移住した時期は他の地方より後……」
「そうなの?」
「ああ。アフカスの民との戦いで砂地に追いやられてから、世界への離散が始まったから。この地で砂像作りをしているということは、ある程度クオンで過ごしたあとに移住していることになる」
「なるほど、ロマンだねえ」
「なにか掴めそうか?」
「……そうだな。今もその人たちは、砂像作りを生業にしているのか?」
「それはむしろ少数派みたい。リタイア後の人が作ってたり、本業とは別に趣味で砂祭りにだけ出品って話は聞くよ」
 生きやすい土地を求めて移住したのだから、そりゃそうか、とデイジは思う。しかし、追いやられた側の彼らの子孫が、メルヒェンでそういった砂像を作り、部族の名が知られていることはデイジにとって好ましいことだった。
「考えることが多いな」
 独り言のつもりだったが、話を聞いていたシュティーフェルとキャロムも表情を曇らせる。デイジは急いで場を取り持った。
「あ、いや、悲観することじゃないんだ。旅に出た頃はこんな例もなくて、考えることすらなかったからな」
「ならよかった。……時にキャロム、この時間帯にスイーツガーデンを周っているということは、アロルは今日ゲシュテルンか」
「そうそう。今日こっちではリロゥだけがお店やってたんだけど、リロゥもさっき閉めてゲシュテルンに向かったよ」
 知らない名を聞いて距離を離そうとすると、シュティーフェルが解説した。アロルと呼ばれた男性は、岩の町ゲシュテルンでバーテンダーをしながら、スイーツガーデンにも店舗を構えているらしい。そして彼の妹リロゥはフルーツジュースのミクソロジストであるという。
「アロルのバーは良い。雰囲気もだし、何より……多くの情報が手に入る」
「時代を動かしてきたのはいつも地下のバーってね!」
 キャロムが言って、デイジは首を傾げた。
「酒が飲める年齢なのか……?」
「これでも20ですっ!」
「え、同い年か」
「うそお!?」
「……僕18。まあこの地方じゃ問題なく飲めるけどな」

 ぼんやりとしたネオンが輝く町ゲシュテルンで、アロルがバーテンダーを務めるバーは、より一層夜の活気を担っていた。
「Willkommen……って、シュティじゃないか。どうした、珍しくお連れさんまで」
 身長の高い青髪の青年(彼がアロルであろうということはデイジにも一目でわかった)に迎えられ、デイジは会釈した。シュティーフェルがカウンター席につくと、デイジを真ん中に、同じ色の髪をした少女が隣を陣取った。
「……リロゥ、か」
「知っててくれたの? 嬉しいな」
 レープでの仲間と彼の連れということで、他の従業員はアロルに気を遣い、テーブル席のオーダーを取りに行った。その様子を見て、アロルは感謝をジェスチャーで伝える。暫く他愛もない話をしていたが、先に切り出したのはアロルであった。
「それで、今日はなぜ? ただのオフには思えないんだけど」
「僕のアウレが危険を察知した。何か話はなかったか?」
 何かねぇ、とアロルは暫し黙考したが、思い当たる出来事があったようで表情を曇らせた。
「どんなことでもいいんだ」
「そう促されて話すには、そこそこ大事件ではあるかな。……本当に知らない? セイレーン出身の「歌姫」が何者かの襲撃を受けた、って」
「歌姫が!?」
 シュティーフェルは思わず立ち上がる。その様子を見て、リロゥも悲痛な面持ちだ。
 セイレーン。確か初日の旅籠は、ハーメルンとセイレーンの分かれ道付近に立地していたはずだ。海底の町で、大きな泡に覆われて存在するとのことで、訪れるには自らも泡の中に入り、ブラーゼシュピラーゼという流れに運んでもらう必要があるそうだ(その流れにのるにはこつが要るらしいが、砂地育ちのデイジは正直自信がない)。
 その町で、その美しい歌声と容姿から、人魚の歌姫として人気を集める少女――名はシレーヌということはアロルの補足で知ることができた。
「それで、彼女は今どこに?」
 その人物を知らないゆえに落ち着きを保てるデイジが、シュティーフェルの代わりに問うた。
「クランケンハオスにいて、とりあえず身は無事らしい。本人からのコメントはまだ何も……というのが、このバーの常連さんの最新情報さ」
 ピアノにもよく乗る声で、いつかライブに来てほしいと思ってるんだけど、とアロルは静かに言った。
「アウレ君の察知も気になるし、何かあったら情報を交換しよう」
「ああ、頼む」
「あのー、私さっきから気になってたんだけど!」
 話が一段落したところで、カウンター席の並びでは頭ひとつ低いリロゥが、挙手をして自身の存在を主張した。
「私、この前デイジさんにそっくりな女の人見かけたのね。髪はもう少し青みがかってたけど……赤茶色の目に、濃い色の肌の!」
「本当かそれは!?」
 今度はデイジが驚く番だったが、一度アロルが妹を制す。
「リロゥ、その話は……!」
「お兄ちゃん、残念でした! 今私がいるのは、カウンターのこちら側です。つまり「きゃく」の立場として、出会った人との話はしても良いということです!」
 その返答にアロルがこめかみを抑えたところを見ると、仕事中に出会った客のことだろう、とデイジは察した。
「ポニーテールのお姉ちゃんだったよ。金髪の女の子と、銀髪のお姉ちゃんと一緒だったかな……」
「妹さん、めちゃくちゃ漏らしてますけど大丈夫ですかお兄さん」
 言って、シュティーフェルはにやりとした。
「俺としては助かる。俺は同胞……砂の民に会いに来たんだからな」
「それでこんなところまで。それにしても、何がお前をそんなに動かすんだ?」
 シュティーフェルに問われ、デイジは目を伏せた。理由はいくらでもあった。アフカスの民への復讐。野蛮人だ未開人だと見下してきた外部の人間たちを見返すため。
 ……でも、今は。

「結局、俺たちは何者であるのかが知りたい。そのためには、……かつて砂の民の間で信じられていた伝説ポケモンへの信仰を復活させる必要があるんだ」



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