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ブリオニアの話を練ろうの会(6)
2018/12/11(Tue)
 その日はゲシュテルンで一泊し、翌朝シュティーフェルと別れることになった。
「今日は店があるんでな。砂塵の町ヒッツェサンドを見るなら、道なりに進んだらいい」
「色々助かった。またレープクーヘンに行くことがあれば、その時はチョコを頂きたい」
「文句言わずに定価で買えよ。ショコラティエの腕と材料が良いんだからな。……それと。アウレ」
 言われて、ニャオニクスのアウレはドンファンのパレードのもとに歩み寄った。アウレが両手を差し出すと、それにおさまるようにパレードは鼻を持ち上げる。
「……“手助け”。サイコパワーを込めている。まあ、何かがあった時のお守りのようなものだ」
 お守り。と聞いて、それまでのデイジなら躊躇したことだろう。何せ異教のものは信じないようにしている。しかし今日ばかりはデイジも態度を軟化させる。
「ダンケ。バトルには自信がある。メルヒェンに何かあるようなら、俺も戦おう」
 相手の目を見て、シュティーフェルと握手する。この文化圏特有の、強い握り方だった。

 温暖な地だから飛びやすいだろう、と判断し、デイジはファイアローに乗ってヒッツェサンドに向かう。昨晩アロルに貰ったタウンマップを見ながらファイアローに指示をする。今も野生ポケモンであるとのアイデンティティを残しながらも、ファイアローはデイジの指示によく従った。
 デイジは今までに訪れた町を指で辿る。シフシュロス、ハーメルン、レープクーヘン、ゲシュテルン。東へ歩み、幌馬車で北上して、南下する道から分岐する町で飲み、今再び南下をしている。おおよそ菱形を描けそうな旅路だ。
 ヒッツェとシフシュロスを隔てる内海に、「歌姫」シレーヌの出身地、セイレーンがあった。そこを見ながら、デイジはあることに気がつく。
「何か生き物を模している?」
 雲や砂の隆起が何か別のものを描いているように見える現象。それをデイジはメルヒェンの地形に見出した。
 もう少し遠くから見ようと、腕を伸ばして地図を離すと、飛んでいるのもあってバランスを崩してしまう。慌ててデイジは姿勢を戻すが、メルヒェン全土が竜のような生き物に見えるのは、その一瞬でも察知できた。
(アフカスの民の伝説……)
 それは知る気もなかった敵性部族の伝説だが、大統一時代にプロパガンダとして流れまくった話であるから、デイジも知っていた。曰く「アフカスの伝説」は、サクハ地方の地形変化から生まれた伝説らしい。

 サクハの上空に伝説のポケモン・アフカスが現れた時、デイジもその姿をしっかりと見つめていた。左腕を失ったその姿は、まさにサクハの地形変化から生まれた信仰に結びついていた。他民族や移民との争いはあれど、古代から今まで、アフカスの民の居住地として保たれている地が、ダイロウシティ、エントやま、古代の左腕を中心とする、山や谷の多い険しい地だ。しかし、この地に文明が伝わった時期は、この土地はサクハ西部の、現在「クダイチューブ」と呼ばれる抜け道が通った場所のように、切り立った崖と平地のみの土地であったという。
 アカガネ山を中心に、西に一本、東に一本、切り立った崖が通る地形。これが古のサクハの地形だ。アフカスの民の原型となった人々は、それぞれの崖を多神教の神々で飾った。その様子は西のクダイチューブ周辺で今も確認ができる。
 しかし、東側の崖は長い気候の不安定状態と集中豪雨により流出してしまい、これを人々は自分たちの争いのせいであると解釈をした。しかし、その後稲作が伝わったときに、山の多いこの地形では灌漑を引くこともでき、食糧生産に適しているということがわかったのだ。−−中世の争いで砂の民がアフカスの民に負けたのは、アフカスの民のほうが食糧生産の技術が勝っていたからだろう、と、ここに来る前にヒカミが持論を語っていた。
 ここに、人々が「長く不安定な気候をもたらす存在」と、その地理的な変化から「自らの左腕を犠牲に、土地に恵みを与えた存在」を見出し、片腕ポケモンのアフカス、火山ポケモンのケルドーン、氷山ポケモンのイズラーグの信仰が広く受け入れられた。そのポケモンたちへの豊作を祈る祭祀を整備した人たちが、のち王族となり、古アフカス朝としてはじめて王朝の形をとったのだという。

 そこまで思い出したところで、ファイアローは既にかなり高度を下げていた。眼下には砂漠が広がっている。
 デイジはファイアローから降りて、砂漠を踏みしめる。懐かしい感覚だ。なんとなく嬉しくもある。
 そのまま歩み出す。旅に出ていてもデイジの靴は常に砂地に強いものを買っていたし、ボールから出たドンファンのパレードとギガイアスは、ここがホームとばかりに闊歩する。周りにいたサボネアたちが、デイジたちの歩みをただただ眺めている。とくに敵意は感じていないらしい。
 少し歩けば、オアシスの町があった。看板を見ると「Hitze」……ここが砂塵の町、ヒッツェサンドで間違いないようだ。
 オアシス都市というだけあって、規模は小さかった。住民の肌の色が濃い者もいたが、多くはキャロムと同じぐらいの色素の薄さで、砂の民の影響はあまり見られない。砂よけの布の巻き方も、どちらかというと中東の影響が濃いように思えた。
「湖面が気になるの?」
 ただ透き通った湖面を眺めていただけなのだが、そばに居た少年に話しかけられた。彼も色素は薄くメルヒェン風だ。
「この下には、この辺りをこんなにしちゃった火山……グルートブルカーンがが眠ってるんだって。もう悪さはしないように、ここの砂に懲らしめられたって聞いたけど、ほんとかな。灰の影響があるから、グリュートヴューステには出ちゃいけないって言われてるんだけど、なんかおかしくないかなって」
 グルートブルカーン。エイ語風に発音すればグレイトボルケーノであろうか。グリュートヴューステも、そのまま砂漠のデザートであろう。この旅路で、デイジは独語にもかなり慣れつつあった。
 理解できるようになると疑問も増える。「悪さはしないように懲らしめられた」というのは、周りの砂を吹き上げて埋もれ、休火山となったことに対する、砂と火山を神格化した信仰のようにも思えた。先程のタウンマップを思い出す。地形変化のあった土地にはそういった信仰はつきものだ。
 しかし、今のメルヒェンには、古い信仰はほとんど見られない。今の少年の言葉選びを考えると、その「尻尾」は残っているように思えるのだが−−
「グリュートヴューステの砂祭りに行ったことは?」
「ないんだな、それが。もっとこのヤジロンと強くなって、自分で身を守れるようになったら見に行きたいなって思ってる。今は、写真集で見るのが毎年の楽しみ!」
「写真集……あるのか」
「うん。ブランシュの大きな図書館なら、毎年のぶんがあるんじゃないかな?」



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