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おんぼろ商人さん(2)
2018/12/12(Wed)
 カキツバタウンの砂の民居留地は、クオンタウン(ヒカミはクオン遺跡として認識しているが、参与観察中は彼らの呼び方に倣うことにしている)に比べとても整然としていた。
 いかにも行政が建てましたと言わんばかりの白い簡素な低層マンションのベランダを見ると、現代風の衣類が風に揺れている。海の近くであるから部屋干しの家も多く、揺れる様子はまばらだ。
「まあそうなるよねー」
 ツキはぼんやり呟いた。サクハの「統一」がなされ、カキツバタウンへの移住政策が始まって十年。こちら側に移ってきた住民の殆どは、数年でもとの生活習慣や民族衣装を手放してしまった。ツキ曰く、移住に同意した者は、元来サービス業などでヒウメやカゲミに通勤していた人が多いため、致し方がないという。
「あんまりややこしいことにならないといいけどねえ。ボク、争いごときらーい」
「とか言って、いざとなったら色々動くんでしょ」
「砂の民同士は嫌だよ」
 この町でツキといると、手を振ってもらえたり、会釈されたりする。カキツバに移住した第一世代は、今も文化を保ちクオンで育った作物を売りに来るツキを尊敬しているように思える。
 しかしこれからはどうなるだろうか。世代交代をしても、ここに移住した砂の民の末裔たちは、クオンタウンの同胞たちをよしとするだろうか?
「まあまあ、考えこまないで。参与観察なんでしょ、なりきらないとね。カキツバの楽しみはこれだけじゃないんだしい」
「カキツバの楽しみ?」

 その日の仕事を終え、食卓に並べた料理を見て、ツキは目を輝かせる。
「シェル! 大好きなシェル!」
 それはカキツバタウンの浜でとれたシェルだった。そして魚介類を好むツキにとって、砂の民の一部がカキツバタウンに移住した際の一番のメリットである。
「まあ、三分の一くらいはハンちゃんが飲んだ潮水の中にあったんだけどね」
 ハンちゃんとは、ツキが海に放し飼いにしているホエルオーだ。時たまボールに入ることもあるらしく、名実ともにツキのポケモンだ。そのハンちゃんが飲み込んでいた貝……ということはそういうことなのだが、今この場にそれを気にする者はいない。
「あとは仲間から買ったやつ。リタイア後に漁業始めた人も多いからね。なんだろうなー血がそうさせるのかなー」
 今晩はヒカミの作った海藻サラダも一緒だった。カキツバから仕入れたということで、クオンの砂の民何人かとともに食卓を囲む。
 血がそうさせる。ツキが言った。確かに、今こそ砂の民は内陸部の砂地クオンタウン暮らしだが、アフカスの民との争いに負けるまでは、今のリンドウやヒウメといった浜側を拠点としており、当時の地層からは貝製の食器や釣り針が多く出土している。
 きれいに平らげたところで、ツキは貝殻の内側を見て言った。
「みんなー、せっかくだし、これで飾り作ってみない?」
 一同は驚いた。ヒカミも例外ではない。歴史上、砂の民がクオンに追いやられた時点で、貝での工芸品製作は途絶えてしまっている。
「ヒカミがボクたちの参与観察をするならば、ボクはご先祖様の参与観察をします。面白そうだよねー、リエ……」
「やるやる!」
「私もまぜてー!」
 ツキがいつものようにパッチールのリエちゃんに同意を求めようとすると、彼のゆったりした口調に元気な子供たちの声が重なった。二人ともシンプルな服装であるが、配色には砂の民の特色を残している。
「よし、決まったね。ご先祖様と一緒に作るよ」
「やったー!」
 食器をざっと洗い、貝殻もきれいにしたところで、ツキと子供たちは作業台に移った。
「ところで……作り方はどうやって調べるの?」
 ヒカミの問いに、ツキはぴかぴかした端末を出して言った。
「インターネットだよお」
 こういうものは、むしろこういう集団のほうが普及率が高かったりする。
 



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