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ブリオニアの話を練ろうの会(7)
2018/12/14(Fri)
 ブランシュネージュは寒冷な町だと聞く。
 ハーメルンまでファイアローに連れて行ってもらったデイジは、その南隣の町フロッシュで防寒の支度をすることにした。ミタマ地方ノナタウンの時のようにレンタルでも良かったのだが、シュティーフェルと彼のニャオニクス、アウレとの件や、セイレーンの歌姫の噂など、なにぶん引っかかる点が多く、長期戦を覚悟したうえでコートや手袋を買い揃えておくことにしたのだ。
 フロッシュは近世風な街並みだった。街の至るところに小さな噴水がある。それも区画ごとにだ。奥まった場所にある大きな古城に続く道は、まずクオンタウンでは見られない大通りで、観光客で賑わっていた。
 整備された景観、大通りと宮殿。それらは、ここメルヒェンを発展させてきた民族に階級制が存在することを目に見える形で示していた。
 アフカスの民と違い、砂の民は酋長を立てた史実はない。それなのに、移民の当時の手記には、ただの長老を酋長と呼んで条約を締結しただの書かれている。上下関係はあれど階級制の存在しない社会など、彼らには理解不能だったし、理解する気もなかったのだろう。
 しかし、デイジが見てきた中で、大きく土地を拡大した民族は、必ず何らかの階級制を敷いている。ミタマ地方も、コクリン地方もそうだ。一握りの指導者が、多数の労働者に指示し、国を大きくする。今のデイジには、その事実が少し歯痒くも思えた。

 ブランシュへ行く唯一の橋、グラオグレンツェは、既に雪に覆われていた。ここからブランシュまでは少し距離があるが、もうここまで積もっているのか、と、デイジは慣れない道を危惧もした。そんな彼に、ピンク色の肌の中年男性が陽気に話しかける。
「ようこそ、ズューデン・ボーゲンへ」
 デイジにはとても発音できない言葉だが、渡されたパンフレットを見ると、メルヒェン地方南部の「深雪の街」ブランシュ、その先の「氷結の街」ツィッターン、そして大氷山ツーフリーレンベルクを含むエリアをそう呼ぶらしい。
「メルヒェン観光といえば、みんなフロッシュで引き返しちゃうからね。パンフレットのとおり、観光案内には力を入れてるんだけどなぁ」
 彼は腕を後頭部で組んで言った。その時、初めてデイジの身なりを全身眺めたようで、橋を歩むデイジの隣につきながら、また話しかけてきた。
「ひょっとして君、ブリオニアのお兄さんか誰か?」
「ブリオニア?」
「ああ、見た目がそっくり。あまり見かけない眼の色も肌の色も。彼女もつり目だし」
 間違いない。彼は砂の民のことを言っている。
「ああ。……彼女は今も?」
 知っているふりをして、デイジは情報を聞き出そうとした。
「そういえば、最近見かけないなぁ。よくブランシュでボーイフレンドといるところを目撃されてたものだけど」
「ブランシュだな! ダンケ!」
 デイジは歩みを早めた。橋が見えなくなってから、最後ブランシュだなと言ったことはまずかったか、と思い返したが、砂祭りの目録の件も気になっていたし、とにかく道を急ぐことにした。

 ブランシュは、三角屋根の色とりどりの建物が並ぶ街だった。視覚的にもう少し楽しんでいきたいぐらいなのだが、デイジは真っ先に大聖図書館に向かった。
 図書館の中はほんのり温かく、デイジは束の間、心を落ち着けた。
「初めてご利用かい?」
 ソファに座り、開架方面を眺めていたデイジに、話しかける声があった。青年の白い髪を見て同胞かと反応しかけるが、モノクルの奥の瞳は青く肌の色も薄い。砂の民の血が入っている可能性があっても、かなり薄れているだろう。
「……ああ、初めてだ」
 青年からホットチョコレートを受け取り、デイジが答えた。甘い匂いがしたが、飲んでみると意外とさっぱりした味だ。
「エイ語っぽい発音……観光客の方ですね。貸出券のない方には私、アベルトが同行することとなりますが……同意頂けますか?」
「同意する。というか、むしろ助かる。これだけの背表紙の字を読もうと思うと大変だからな」

 果たしてデイジは、アベルトに連れられ、目的の本にありついた。『グリュートビューステ砂祭り写真集』。開架には、十年九冊分が並んでいた。
 途中の一年分が欠けていることに気がついたが、ロビーに戻ったアベルトに後で訊けばいいと思い、九冊をデスクに運び、読み始めた。
 ヤジロン、サンド、サボネア。この年のテーマはズバリ砂地のポケモンらしい。撮影者や製作者のインタビューの中から、砂の民の子孫らしき者の関わっている作品を割り出す。
 それらの作品には、製作者は違えど共通の図形が使われていた。デイジは携帯端末(メルヒェンはネット回線すらないため基本的に出す機会がないのだが、物を持たない旅でメモ帳といえばこれしかなかった)を取り出し、指でその図形を描き写した。
 横に伸ばした五角形を貫くキャップ型の空間が三つ。
 門だろうか、あるいは橋の両端の飾りともとれる。砂の民の作品には、その図形が頻発した。とはいえ使われているのは四割ほどなのだが、現地メルヒェン人の作品には一度も出てこなかったことから、砂の民の作品の特徴として語ることはできるだろう。
 アベルトならなにか知っているかもしれない――と思い、本をしまって、ロビーに戻ろうとした、その時だった。
 防音設備はしっかりしているはずの大聖図書館に、大きな爆発音が響いた。本や新聞を読んでいた常連も顔を上げ、ざわめく。
「えっ?」
「何が……」
 不安に包まれる常連たちをよそに、デイジは書棚の間を駆けた。もちろん走ることは禁止されているが、緊急事態だ。ニャオニクスのアウレが放った強いサイコパワーを思い出す。全く、この地方はどうなってんだ!
 表に出ると、そこにはアベルトもいた。大聖図書館の庭先で、アベルトに似た容姿の青年と、銀髪に黒系の衣装を纏った少女と、彼らのポケモンたちが対峙していた。



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