チョコを渡すその時は


 斜め前ののムクホークが決めた“とんぼ返り”を見て、なぜこの日にポケモンバトルなどしているのだろう、とヒカリは思った。
 相手はランターン。電気技の他に氷技を持っていることも多いこのポケモンは、ムクホークとて相手にしたくはないだろう。いつ何時も喧嘩っ早かった幼馴染がこのような技を指示するとは、旅がもたらしたものはなかなか計り知れない。
 しかしヒカリも負けない。旅路は違えど、ときに共闘しつつシンオウを一周したのはヒカリとて同じだ。
 ムクホークと入れ替わりでフィールドに躍り出たのはフローゼルだった。水や氷に耐性はあれど電気技は苦手なポケモンだ。素早さが高いからあとは任せればいい、と思い、ヒカリはややリスキーな技を指示した。
「チェリム、いくよ……“花びらの舞”!」

 2月14日ときくと、ヒカリと同じ年代の少女は大抵バレンタインデーを思い起こすだろう。そんな日に、ヒカリはジュンに、マルチバトルに誘われた。
 聞けば、ジュンの母が彼に、バトルタワーでブレーンを務めている父クロツグのもとにチョコを届けてほしいと頼んだらしい。そこで、ならヒカリもどうだとジュンが言ってきたわけだ。
「シングルやダブルのほうが勝ち上がりやすくない?」
「いや、そこはさー……」
 ジュンは言葉を濁した。母からの預かりものらしい、ハート形の箱を握りしめるのを見て、ヒカリはふと確信したように笑う。
「何だその笑い!」
「……わかった。クロツグさん強いしね、チョコを確実に渡すためにもマルチでいこう」
「……おう」
 かくして、二人はタワーの上階を目指すこととなった。

 シンオウ全土を脅かしたギンガ団の一連の事件を解決させてからというもの、ヒカリはジュンと手合せすることはあったものの、共闘することは皆無だった。
 また一試合終え、ヒカリはジュンに話しかける。
「クロツグさんは強いよ」
「んなもんよーく知ってる! ……だからさ」
 ジュンの言葉に、ヒカリは首を傾げた。ジュンは続ける。
「チョコを渡すのはダディに勝ってからな」
 彼のこんな凛々しい表情を見たのはいつ以来か。ひょっとすると、いつかのエイチ湖での出来事以来かもしれない。
 チョコを渡すだけなら、クロツグに会うだけでも良いから、バトルで勝つ必要はない。しかし、ジュンならそう言うだろうと、ヒカリははじめからわかっていた。
 だって、幼馴染だから。
 少しかっこつけたことを言うようになったり、ポケモンバトルのスタイルが変わったりしても、彼の本質が変わっていないことをヒカリは知っている。
「……わかった、勝ってからね」
 その時には私も渡すから。
 ジュンには勝ってもらわないといけない。三つのモンスターボールを撫でるように触れ、ヒカリは先を歩くジュンを追った。



 150214