回り道を恐れないように


※ショータ(主役)とフクジの話に、「フクジの奥さん」が少し絡むネームレスです。

「胸のすく勝負だった。草タイプのジュプトルで挑んでくれたのも、とても嬉しかったよ」
「ふふ、ありがとうございます!」
 樹木をデザインしたプラントバッジを受け取り、ショータはしばしジュプトルと眺める。深い緑がジュプトルを思わせて、すぐに気に入った。
「君もポケモンリーグに挑戦するんだろう?」
 ショータの取り出したバッジケースが八つ収納であることに気付いたフクジが訊ねる。
「はい。次はシャラジムに挑戦しようと思っています」
「シャラジム……というと、メガシンカに精通したお嬢さんのジムか。あそこは手ごわいぞ」
「はい、覚悟して臨みます!」
 そう言ったショータはジュプトルのほうを見た。メガシンカの技術を連綿と受け継いできたシャラシティには、きっと相棒のメガシンカに関するヒントもあると確信しているのだ。
「その意気じゃ。しかし、これだけは覚えておいてくれ。人生まっすぐもいいが、時には回り道も必要じゃ。自分の思うとおりにいかなくても、けして自身を責めるでないぞ」
「はい」
 その言葉の総てをショータが理解できるわけではなかったが、ジムリーダーという肩書の人たちは皆ポリシーを持ってその職とポケモンたちに向き合っており、深みのある発言をするものだ――と、ショータはそれまでの経験から知っていた。だからこそ、フクジの言葉を要約して手帳にメモする。
「……はぁ。やーっと辿りつきましたよ。まだまだおじいさんには負けてられませんからねえ。もうバトルは終わっていましたか」
「おばあさん。その包みは」
 おばあさん、とフクジが呼ぶのを聞いて、ショータはすぐその人物がフクジの妻だと察した。優しそうな外見だが、大樹の上のフィールドまで一人で登ってきたのだから、相当タフな女性だ。
「この子ならきっと、おじいさんに勝てると、目を見て悟りましてね。お腹、空いたでしょう。よかったら、一緒にお弁当、食べましょう」
「えっ、いいんですか!?」
「挑戦者のトレーナーとお弁当を食べるのが楽しみですからね。ポケモンたちもどうぞ」
 それでは移動しよう、と、フクジは二人と一匹を書房へと促した。

 書房には、カロス語の植物図鑑や大河小説、それにポケモンに関する本がずらりと並べられていた。ある一角には難しい漢字がでかでかと背表紙に書かれた本があり、ショータは興味深げに眺める。
 準備を手伝い、いただきます、と手を合わせておかずを口にする。途端、ショータの口に懐かしい味が広がった。
「これ……!」
「そう、ホウエン料理よ。バトルの前に、ホウエンの地名が聞こえたからね。昔行ったことがあったから、つい気合いを入れて作ってしまったわ」
 ショータは改めてお弁当箱に詰まった具を眺めた。海の幸が惜しげもなく使われたホウエン料理。無論カロスにもそういう料理店があったが、味はカロス人に合わせてある。
 加えて、彼女の料理は家庭的な味をも備えている。
「……おい、しい、です」
 ショータが呟くと、隣で食べていたジュプトルもクールに笑った。彼女はポケモンフーズのブレンドも得意らしい。
「よかった、そう言ってもらえて。どんどん食べてね」
「はい」

 一人で下まで降りて、ショータは改めて大樹を見上げる。思えばこんな解放感に満ちたところでバトルをしたのは初めてだった。
 ヒヨクシティは、美しい緑に恵まれ、さらにはエメラルド色の海も楽しめる贅沢な町で、辿り着いてすぐショータもジュプトルも気に入った。
 それが何故なのか、今なら理解できる。
「……ジュプトル」
 両手で持ったボールを近づけ、か細い声で呟いた。
 この土地はホウエンに似すぎているのだ。水と緑に囲まれた美しい場所。そう讃えられる故郷が脳裏によみがえって、郷愁の念にかられてしまう。
「僕、行けません」
 自分を厳しい環境に置こうと、空路でカロスに来た。それからの道も、けして平坦であったわけではない。旅をあきらめる気はないが、故郷を思わせる海辺の道を歩こうとすると、足がすくんでしまう。
「シャラシティに向かえません」
 そのとき、沈黙していたボールの開閉スイッチが光り、ジュプトルがショータの目の前に出てきた。ジュプトルは二本指で器用にショータの胸ポケットから手帳を取り、まだ白い部分のほうが多いページを開いてショータに見せた。

 人生まっすぐもいいが時には回り道も必要
 思い通りにいかなくても自分を責めない

「……ジュプトルッ」
 思わず、ショータは相棒に縋りついた。ジュプトルの頭を両手で覆うと、次第に涙が滲む。進化したときは、なんだか置いていかれたような気持になったが、こうしているとまだまだ小さい。
 しかし、ショータもまだまだ幼い。
 湧き上がる郷愁の念をどうにもできないまま、しかしフクジの言葉を思い出し、ジュプトルに懺悔の言葉はかけない。ただ、涙が乾くまでは、ジュプトルとこうしていたいと思った。



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