ブレイクタイムはスウィート×ビター


 ジュカインに進化した際の変化に、初めは動揺こそあったものの、他のポケモンたちも進化を遂げてからはこんなものかなぁ、と割り切るようになった。
 例えばボーマンダ。大空を飛ぶ願いが叶ったとき、背に乗っていたのはトレーナーたるショータだった。眼下に遠く、カロスの広葉樹の山々を見て、それからボーマンダの憑き物が落ちた表情を覗き込んで、胸がいっぱいにならないわけがない。
 ギルガルドもそうだ。ヒトツキ、ニダンギルと、常に剣で攻撃してきたポケモンが、進化すれば一方は盾になって守ることに特化する。盾になった側とはもう話すことはできないが、剣にとって非常に収まりの良い存在らしく、ショータから見ると、それがまたポケモンの神秘だった。
 そしてケッキング。ヤルキモノに進化した時はその生活リズムの変化に驚いたが、ケッキングになって逆戻り、むしろ怠けぐせが悪化したのかというぐらいの体たらく。それでも、本気になれば手持ちポケモンの誰も敵わない。
 その三匹に比べれば、キモリからジュプトル、それからジュカインへの進化なんて、そこまで大幅な変化はないように思える。しかしショータは、ある一点において、ジュカインの性質を寂しく思っていた。
 ――味の好みが変わってしまったのだ。

「お疲れ様」
 サトシに誘われて一緒にいても、なんとなく距離をとってしまうショータに話しかけたのはセレナだった。
 セレナの立場からして、大きな大会で同行者のサトシを応援するのは当然だし、実際に彼が決勝進出を果たしてとても喜んでいるようだった。しかし、今まで二人のライバル関係を見ていて、ショータのこともよく知っているセレナが、今のショータの気持ちを察せないわけがない。
「最近、ジュカインとはケーキ食べたの?」
 だから、敢えてこの場には関係のない話題から。
 あの時、ふたりともすごく美味しそうに食べてくれて嬉しかったな、と続けるセレナに反するように、ショータは表情を曇らせる。
「……ジュカイン、味の好みが変わっちゃったみたいで」
「えっ」
「一緒にケーキが食べられなくなっちゃったんです」
 ショータは独り言のようにこぼした。
 一緒に美味しいものを食べて時間を過ごすのは楽しい。お互いの言葉が全ては通じない人とポケモンなら尚の事だ。それはジュカインもわかっているからこそ、隣でちょいと一切れ頬張ってくれるのだが、やはり味は合わないらしい。ショータとて無理はさせたくないから、キモリの頃はと、寂しさと懐かしさが積もり積もっていた。
 セレナはそんなショータをしばし見つめてから、花が咲くように微笑んだ。
「一緒に食べられるわよ」
 その言葉にショータは顔を上げて、セレナを見た。いつから聞いていたのか、隣にはニンフィアもいる。
「そうね。ニンフィアのときも大変だった」
「フィアー」
「ニンフィアも進化で好みが変わったんですか?」
 ショータがニンフィアを見ると、ニンフィアは笑顔で会釈した。はじめて会った時は、こんなに明るい性格ではなかったような――と、ショータはあの夕刻とともに思い出す。
「好みっていうか、色々ね。昔はもっと大人しい子だったし。パフォーマンスでも私を助けてくれる頼もしい仲間になったけど、味の好みまで変わっちゃったのは私も戸惑ったな」
「そうなんですか」
「サトシも言ってたんだけど、進化で内面が変わるのはそんなに珍しいことでもないんだって。味だって、例えば炎ポケモン用にはとーっても辛いポフレがあったりね。もしこの子がブースターになってたら、作ることになってたのかも」
「フィーア?」
 ショータは無意識のうちに、胸ポケットに左手をかけていた。
「ケーキだって色々あるのよ、ジュカインにも訊いてみましょ! さっぱりしたものが好きなのか、ビターなものが好きなのか。レシピがあれば何だって作れるもの」
 ニンフィアのリボンが風になびく。イーブイとトレーナーがとびきり仲良くなった時にニンフィアへと姿を変えるんだっけ、と、今までに得た経験値を思い返すと、セレナの言葉にはとても説得力があるように思えた。
 そして、自然にその言葉も出る。
「なるほどなるほど。経験値、いただきですっ」

 酸いも甘いも経験する。
 甘さだけじゃ面白くない。
「ジュカイン、このケーキはどうですか?」
 もちろん、自分用に甘いケーキを用意することも忘れない。
 セレナに教わったレシピのケーキで、ジュカインが笑みを向けるまで、あと。



 161006