あの日の公園、今朝の公園


 アイソレが大事なのさ、と言われて、サナははじめ掛け声のことかと思った。しかし、自分よりはるかにダンスのことに詳しいティエルノは、首や腕、脚を独立させて別々に動かす技術なのだ、と解説した。
「これは体操によって身につくんだ」
「その体操、教えてもらえる?」
「オーライ、後ろに立って」
 ティエルノに促され、サナとポケモンたちは芝生に並んで立ち、ティエルノの動きを真似する。
「出来たら、一気にやるよ。トロバ、ミュージックをお願い」
「はいっ」
 トロバがスイッチを入れ、四つ打ちのシンプルな曲が流れる。それに合わせてサナたちは身体を動かすが、ティエルノのようには上手くできない。
「見た目より難しいね」
「続けたらできるようになるよ。サナはトライポカロンのダンス、僕はブレイクダンスだけど、アイソレは全てのダンスの基礎だから。これをマスターすれば表現の幅も広がるはず」
「わかった、続けてみる。トロバは気になるところあった?」
「そうですね、撮影していて思ったのですが」
 トロバがカメラを見せると、サナとティエルノが歩み寄って注目する。トロバは、まず撮って間もないアイソレの練習写真を見せてから、その前に撮影していたパフォーマンスの写真を示した。
「アイソレ練習のときはできてるんだけど、やっぱりパフォーマンスとしてダンスすると」
「爪先が伸びきってないのね!」
「そうですね」
「ほら見てフシギソウ。ここも何気ないシーンだけど、フシギソウと私の角度が合ってないの」
 サナが言うと、首からカメラをぶら下げていたトロバもしゃがんだ。フシギソウは写真を確認し、納得する。
「ここの振り付けは見直したほうがいいね。アイソレもちゃんとやったら、もっと柔らかな動きになるかもしれないし」
「ソウッ」
 フシギソウも真剣だ。はじめから、カロスクイーンになるという夢を共有している大切な相棒を見て安心し、サナは幼馴染み二人に向き直る。
「二人ともありがとう。ダンスももっと練習して、動きでも静止画でも魅せられるようにしないと!」
「お安いご用さ!」
「サナならすぐにできますよ」

 ○

 一部始終はライブ報道され、その戦いの結末は避難所で動いていたショータ、ティエルノ、サナ、トロバたちも見届けることができた。
 ああ、やってくれたのだ、サトシたちが。
 復興活動などはむしろこれからなのだが、少年たちはひとまず胸をなで下ろす。避難所が歓喜に満ちるなか、しかしショータは、その音を聞き逃さなかった。
「ジュカイン」
 ショータの背後で、同じく一晩中手伝いをしていたジュカインが膝立ちになり、苦しさに耐えていた。どうしましたか、と手を差し伸べると、触れた手はぞっとするほど冷たかった。
「ジュカインは日の光に当たって体温調節するポケモンです。でもこのあたりじゃ、日の当たるところなんて」
 トロバが消え入りそうな声で言う。ティエルノとサナもジュカインに歩み寄った。苦しそうに息をするジュカインを見て、はじめにひらめいたのはティエルノだった。
「あるじゃないか! あの場所が」
「えっ?」
「サナのパフォーマンス特訓をした、あの公園だよ! 確かミアレだったはずだ」
「そうでしたね! 場所は……」
 そうだ、場所がわからない。なにせミアレは道が入り組んでいて、またたどり着けるかもわからない。また沈黙が場を支配した時、フシギソウが輪の間に蔓を伸ばした。
「フシギソウ?」
「フッシ」
 フシギソウは器用に蔓を動かし、ここからの道順を示した。
「よく覚えてるわね!」
「直角に蔓を折って……すごい。とてもわかりやすいです」
「あと、僕からも。その時の写真が見つかりました。このピンクのビルが見えるところです」
 ショータは、フシギソウの蔓とトロバの写真を見比べ、よいしょ、と一度踏ん張ってジュカインに肩を貸した。
「一人で行く気かい?」
「大丈夫。みんなはここに残って皆さんの手助けを……」
「わかった。それなら」
 サナは、ショータの空いた右手にタオルと膝掛けを持たせる。
「まだ余ってたから。汗拭いて、温めてあげてね」
「……サナ、ティエルノ、トロバ。フシギソウも。……ありがとうございます」
「事件があってから、ずっと一緒に行動してるもの」
「これぐらいして当然ですよ」
「今はジュカインを見てあげな! さぁ」
「ソウ!」
 ジュカインは意識があるのか、嬉しそうに目を細める。その様子をショータも見て、すぐに公園へと向かった。

 すべてフシギソウの道順どおりに進めたわけではない。
 しかし、ピンクのビルは残っており、時たまジュカインの汗を拭いてやりながら、その地にたどり着いた。
 公園には人影ひとつないが、まるでこれまでの戦いのことなどそ知らぬように、新たな朝日をたたえる。まずジュカインを座らせて、ショータも隣に座る。腹部にかけた膝掛けがまた、まぶしい光を反射する。
「ジュカイン」
 ショータが話しかけると、口元に笑みが浮かんだ。どさ、とジュカインはそのまま芝生に受け止められる。ショータも同じように寝転んだ。
 この地でパフォーマンス特訓をしたと、ティエルノが言っていた。大都会のどこかにある、このポケモンに優しい公園は、多くのトレーナーやポケモンたちの営みを見守ってきたのだろう。
 握っていた手に、かすかに熱が宿る。そこで歓喜がわき起こり、ショータは実感するのだ。
 旅はまだまだ続く、と。



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