旅は潮風に導かれて


 ダイゴがコンコンブルと話している間、ショータはコルニに案内されマスタータワーの螺旋スロープをのぼっていた。
「中継で見てたよ。あなたのジュカイン、メガシンカしてさらにハードプラントまで使えるなんてすっごいね!」
 なんで挑戦に来てくれなかったのー、と腕を振り回すコルニを見て、ショータは苦笑する。
 流れるような金髪を揺らす彼女はメガシンカを守ってきた一族の子孫であり、ジムリーダーとしてバトルも強いことはショータも当然知っていたが、バッジ集めの一環としてショータがこの町を訪れることはとうとうなかった。
 なんせ、弱かったのだ。
 豊かな海を見てしまうと、故郷ホウエンを思い出し、家族が、町が恋しくなってしまう。
「おっ、勇気あるぅ」
 スロープから眼下を見やるショータを覗き込んでコルニが言った。もう随分高いところまでのぼっていたようで、コルニが言うようにほんの少しの恐怖は感じたが、それ以上に自分の芯が強くなっていた。
 今ごろ下の部屋では、ショータが調査に同行すると決めたダイゴが、メガシンカの知識も深いコンコンブルに協力を求めるため交渉している。
 ダイゴに出会わなければ、マスタータワーに訪れなかったショータがジュカインとともにメガシンカを体得することは、ついになかったかもしれない。
 ポケモンたちだってそう。道中出会ったトレーナーたちもそうだ。この旅で得たすべての経験値が、自分を強くしてくれている。
「あれー、ちょっとペース落ちてない?」
 再び歩き始めたショータの後ろにコルニが回り込んで言った。コルニの運動量は、長いスロープをのぼっている時でも常にショータの二倍ほどはある。全身で会話をし、表情もころころ変わるのに、疲れた気配をまるで見せない。
「気のせいですよ」
 ショータはそう言って足を速めた。
 疲れもあったかもしれない、しかし、外に繋がる扉を見て、その先の景色を思い描いただけで、ほんの少し畏れを抱いたのだ。
「そっか。じゃあ競争ね。お先にー」
「あー、待ってください!」
 走り出したコルニを見てショータもすぐに追う。揺れるポニーテールを前に見て、横目に見て、それから。
「うっそ、はやーい」
「さすがに負けるわけにはいきませんよ」
「そっかそっか。さすがベストフォー、こんなとこもやるねぇ。あ、ほら、海だよ」
 コルニが指で示さずとも、ショータにはわかっていた。潮の匂いと、かすかに聞こえるさざ波の音。
「……どうしたの?」
 コルニに言われて、ショータはおそるおそる顔を上げた。最後に走ってしまったものだから、心の準備ができていない。
 深い青が眼下に迫る。シャラシティの海は、メガシンカの歴史を見守りつつ、今日も穏やかに揺れている。
「……そうか」
 納得したように胸をなで下ろす。自分の知る海はもっと荒くれもので、空はもっと色が濃かった。
「ここはカロスでしたね」
「ん、どうしたの?」
「いいえ、なんでも。……コルニさん、もし機会があれば、是非ホウエンにも来てくださいね」
 海風に前髪をなびかせて、ショータが言う。
「こことは違う、また素敵な海が見られますから」
「……うん、そうだね! あそこもメガシンカの歴史が長いところだし、いつかルカリオと絶対行こうって約束してるよ。……じゃあ私たちのバトルも、その時かな」
「はい、是非お願いします」
 バトルの約束をして、二人はまた海を見る。メガシンカの系譜を持つふたつの地方も、海で、風で、生けるもので繋がっている。

 帰る前に寄れてよかった、お陰で実りのある話ができたよ、と、砂浜を歩くダイゴはご機嫌だった。
「時にショータくん」
「はい、何でしょう」
「ここシャラシティはメガシンカの聖地であるとともに、珍しい鉱石が採掘される現し身の洞窟やセキタイタウンにも近い。というわけで」
「どうぞ」
 ダイゴが言い終わらぬまま、ショータは返事をした。今までに何度かあって、既に対応には慣れている。それじゃあ早速、と言って、ダイゴは近くの岩場に駆けていった。
「経験値ってもんは、いくつになっても得られるもんだからなぁ」
 ふと声がして、ショータは振り返った。
「あなた……あの時の!」
 どこか懐かしい声だとは思ったが、ショータはかつてこの人物と出会ったことがあった。
 自らを電気技教えおじさんと名乗り、ペロリームにエレキボールの特訓をしてくれた。
「まさかカロス旅の最後に、お前さんに出会えるとはの。ポケモンリーグ、見事だったぞ」
「あ、あの……ごめんなさい、もうエレキボールは忘れさせてしまっていて」
「なぁに、あれは選択肢のひとつだ。準々決勝ではエナジーボールを使っていたし、準決勝では一戦の間に技構成を変えてきた。トレーナーの采配として間違いは何もない」
「……ありがとうございます」
 思いがけず褒められて、ショータは礼をした。
「引退はまだだろう? 次はどこへ」
「一度ホウエンに戻ります。ダイゴさんの調査に同行しつつ、今までにない経験値を集められたら」
「ホウエンチャンピオンと! それはまたすごい男に目をつけられたもんだ。それじゃあ……その調査が終わったら」
 老人はショータに一歩近づいて言った。
「カントーへの旅も検討してくれい」
 あれ、前はイッシュの人だと言っていたのになんで、と反論しかけて、ショータは思い直す。
 カントーといえば、憧れの人物サトシの出身地であり、彼がはじめてトレーナーとして旅した場所でもある。
 なぜ彼が勧めるのかはわからないが、ショータの次の旅先として、自然と選択肢に入ってくる地方なのだ。
「……はい」
 振り向くと夕日が強い。このままではダイゴを見失ってしまう。では、またいつか、とショータは老人に挨拶し、自身も夕日にとけていった。





(電気技教えおじさんは米国の退役軍人でマチスの先輩、という設定でした)
 161104