「はい、それでは、本音の対義語は? 北条さん」
「…わかりません」
「そうですかー。では、はい、敷島さん」
「え、っと……! 建前っ……」
「そのとおりです」
 私は、顔に出さず、心の内でほくそ笑んだ。

 第一話 こんな出会い方どうでしょう

「今日は転入生を紹介します」
 ある日の朝の会を、担任はそう始めた。教室がざわめく。転入生が来ることは以前から知らされていたが、今日だったか。十月下旬に転校だなんて気の毒だと、私はまだ見ぬ転入生に同情した。
 担任が生徒たちを黙らせ、転入生を呼ぶ。転入生の少年は、特に力の入っていない歩き方で、落ち着き払っていた。そして担任にチョークを渡され、「漆畑 隆人」と書いた。
「うるしばたたかと、と読みます。よろしくお願いします」
 教室中に、はきはきした声が響き渡る。まっすぐな黒髪に、黒ぶち眼鏡。顔立ちはともかく、パーツが私に似ている。
「このクラスは、私が言うのもなんだけどいいクラスだから、わからないことがあったらクラスメイトに訊いてね。では、後ろの空き席に」
「はい」
 漆畑隆人が席につき、テンプレ通りの転入生紹介が終わった。

 一時間目が終わってからの短い休み時間、やはり、彼のもとへ行き、「どこから来たの」「好きなものは?」などと質問する人が数人いた。
 転入生が来た時はいつもこうだ。大抵寄り付くのは、今の友達関係に満足していない人たち。所謂人気者のエンターテイナーは、転入生に話しかけることなく、教室の別の場所で面白おかしく喋っている。
 私が友達関係に満足しているかはともかくとして、今の立ち位置には満足している。だから話しかける必要はない……が、これから彼について知っていく必要があるだろう。今の位置を保つために。

「せやなー、俺はネパールとか凄いとこや思たでぇ。誰かどこかわかるか?」
 四時間目の社会の時間、恒例の先生の余談タイムが始まった。
 特に人が指定されない場合は、あまり答えていない人を狙う。そうだな、今日は江坂義樹で。
「インドの北、ヒマラヤのあたり……」
「おお江坂、よう知っとんな。そこのホテルがまた」
 余談はしばらく続きそうだ。
 はい成功、と、カラー資料集に目を落としたその時だった。視線を、感じる。私は一番後ろの席だ。となると、同じ列の。  当たりだ。漆畑隆人は、私と目が合うと、不敵な笑みを浮かべた。
 見られた? 「エンジェルさん」を?
 私は眼鏡の位置を正し、目を逸らした。彼の視線は、しばらく刺さり続けた。
 案の定だ。できればやめてほしかったのだが。
 昼休み、お昼を食べて廊下に出た私に、漆畑隆人は声をかけた。
「お前……」
「あっあら、転入生の漆畑君! どうしたのよ、初日はもっと人がたくさんいるところにいたほうが」
 わざとらしい、と私は自分の発言に呆れた。
「紙……投げたよね」
「……」
「君が紙を投げて、江坂君がそれを見て、ネパールの位置を答えた」
「なんでわかったの?」
「趣味が人間観察だから、かな?」
 そしてまた、あの笑みを浮かべた。
「いつもあんなことしてるの?」
「どうでもいいでしょ」
「してるんだな」
「これ以上何か訊いてくるなら別の場所で」
「いーよいーよ、要は俺、お前と手を組みに来たわけだから」
「は?」
「同類、ってこと」
 黒ぶち眼鏡の奥に見える黒い瞳が、私の目を捉えた。
「はぁ。真面目で明るい転入生とかさ、めんどいんだよなー演じるの。かっこわらいって感じだ」
 同類。少なくとも、今漆畑隆人が言った言葉は本音なのだろう。そして、建前だらけの私の行動を見抜いた。
「……わかった、手を組もう」
「そう言ってくれると思った」
「誤解しないで。今ここで断ったら、私がああいうことしてるの、あんたが言いふらすってこともありえるでしょ。手を組むから、くれぐれも内密にして、ってこと」
「ふーん。いいよ、黙っとく。改めて、俺は漆畑隆人。お前は?」
「……北条美咲。よろしく」

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