“リンゴのもり”は、ゆったりしていて居心地のいい場所だった。
「リンゴならいっぱいあるんだから、これらの木からとってもいいと思うんだけどな……」
「おやかたさま怒るよ」
「でもさー」
「……テル、あんたおやかたさまが怒ったところを見たことないからそんなこと言えるのよ。おやかたさまは味で“セカイイチ”かどうかもわかるだろうし」
「おやかたさまってそんなに怖いの? 見た目フレンドリーだけど」
「とんでもない! 怒った時のあの迫力は、とても説明できないわ」
「そうなんだ……絶対“セカイイチ”を取って帰らないとね」
 テルたちはずんずん進んでいった。



「あ、これじゃない?」
 モモは、他の木よりひとまわり大きめな木を指差して言った。
「きっとこれだね! 取っていこうか」
「ちょっと待った! それはさせねぇぞ」
 突然背後から声がし、黒い霧がテルたちを覆った。
「誰だー!」
「俺たちしかありえないだろ! チーム・ドクローズだ!」
「アニキもいるから、無敵だぞー!」
 アニキというのはどうやらスカタンクのことらしい。
「“セカイイチ”をよこせ!」
「嫌だ! どうしてそんなことしなくちゃいけないんだ!」
 テルは“セカイイチ”を強く抱えた。
「そんなの決まってるだろ! プクリンの奴に“セカイイチ”を渡して、お前らの株を下げ、俺たちの株をあげるって作戦よぉ!」
「なんてこと……」
「いくぞ! “毒ガススペシャルコンボ”!」
「んぎゃー!」
 テルたちは、スカタンクとドガースの出したガスを吸って、むせてしまった。
「そんじゃ、もらってくぜ! あばよ!」

「ど、どうしよう……」
 モモは唖然とした。“セカイイチ”は全て持っていかれてしまった。木にも何も残っていない。
「くやしい……」
「テル、私もだよ。ドクローズ、ひどい! 持って行ってしまって……」
「モモ、違うんだ。おれはドクローズに盗まれたのがくやしいんじゃない。自分が受けた仕事をやりとげられなかったのがくやしいんだ」
「テル……」



「えー? ナンだってー!?」
「はい。“セカイイチ”を取ることはできませんでした」
「そんな、おやかたさまぁぁ!」
「だいじょうぶだよ♪ 失敗しちゃったならしょうがないもんね♪」
 プクリンはいたって普通の態度であった。
「ではおやかたさま……今日の“セカイイチ”は……なしということになるのですよ」
「え?」
「切らしてしまった“セカイイチ”を取りに行かせたところ、失敗してしまったということです。おわかりですね?」
「“セカイイチ”が、ない?」
 プクリンはうつむき加減になった。
「ない……“セカイイチ”がない………」
 ゴゴゴゴゴゴゴッ!!
(何だこの地響き!)
「ヒィィッ! おやかたさま! どうかご勘弁をー!!」
「お待ちください!」
 プクリンがキレる寸前に、スカタンクがドアを乱暴にあけて、ずかずかと中に入ってきた。
「おやかたさま、どうぞこれを。私たちが持っていた“セカイイチ”です。
「わあ、いいの? ありがとう♪」
「ちょっと、スカタンク!」
 モモがそう言ったが、テルはモモの肩を押さえた。
「ちょっと、テル?」
「……」
 テルはモモの瞳を数秒間見つめ、スカタンクをキッと睨みつけてから、下を向いた。
「じゃあ、テル! モモ! きみたちは罰として、晩御飯はぬきだよ!」



「テル! どうしてスカタンクに何も言わなかったの?」
「モモ。今回のはしょうがない。『おれたちがセカイイチをとってくる』んじゃなくて、『おやかたさまがセカイイチを食べる』ことができたら、それでいいんだ」
「でもっ!」
「どうせ話したって、スカタンクはわかってくれないさ。モモみたいに、本当のことを誰かひとりでも知っていたら、おれは別にいいと思う」
(テル……)
 強くなったな、とモモは思った。
「それにしても、お腹すいたな〜」
「グミでも食べる? ちょっとだけ残ってるけど」
「ちょっとでも足しになるかな。あんまり好きな味じゃないんだけど。それじゃモモ、わけっこしようか」
 小さいグミをふたつにわけたその時。
「テル、モモ、おじゃましますね」
「ほら! 晩御飯を残しておいたのよ! あたしとドゴームとベルとビッパでね!」
「えっ……」
「何も食べないのは、さすがにダメだからな。これでも食って明日にそなえろ!」
「また探検がんばるでゲスよ!」
「みっ、みんな……」
 テルは、感動のあまり目に涙がにじんだ。おかげでグミがしょっぱくなった。
「ありがとう」

 その日も、やはり満月がふたりを照らした。
「なんか今日は、盗まれたこととかよりも、<時の歯車>のことが気になるなあ」
「またどこかで盗むのかしら? 怖いわね」
「あーあ……おれ、もっと強くなりたいな」
「私も」
 “トゲトゲやま”での一件以来、テルにはあの不思議な感覚は走らなかった。
(そういえば、おれの家族ってどんなひとだったのかな)
 兄弟はいたのか。両親はそろっていたのか。
 とたんに嫌な予感がしはじめた。