アイアントの洞窟研究


 思えば、こんなふうに洞窟探検にはまったのも、そのポケモンとの出会いからだった。
 自分にとっては、もう少し狭くなってしまったそこを、天井に手をつきながら先へと進む。

 勝てない相手ならば地の利を生かせばいい。
 仲間を守るためなら集団になればいい。
 トレーナーになってまだ数か月、それでもなんとかチャンピオンロードまでこぎつけた自分が、野生ポケモンのたくましさを改めて感じた瞬間。
 実際、アイアントというポケモンが、唯一不利な炎タイプにして最大の天敵、クイタランを倒すのは、トレーナーにより対策をとられた個体であればそれほど難しいことではない。
 だから、そこで見た光景は、バトルの理論、トレーナーとポケモンという関係に染まりきっていた自分には、逆に新鮮に見えたのだ。

 チャンピオンロードは過酷な道だ。それはどこの地方でも同じだろう。
 バッジを八個集め、知らぬ間に虚栄心にかられていた自分は、ジャローダがクイタランに焼き尽くされるという、その瞬間を見たくはなかった。だから、言った。「逃げる」と。
 だが、素早さが早いとはいえ、ジャローダは逃げるには不都合なほど体長が長かった。すぐに尾をクイタランに掴まれる。
「戻れ、ジャローダ!」
 普通ならば、そのまま一人と一匹で逃げるのだが、そうもいかず、ジャローダをボールに戻した。
 人工的な光に包まれて、クイタランの手から尾がするりと抜ける。クイタランの怒りの矛先は、ジャローダが吸い込まれたボールを持つ、まだ子供トレーナーだった自分に向けられた。
「ブフォー!」
「ひっ……」
 鋭い視線を向けられ、一瞬怯む。それでも逃げなければならない。なぜならば自分は、バッジを八個集めたエリートだからだ。ここで無残にやられるわけにはいかない。
 そのまま疾走する。クイタランの足音は背後にぴったりとくっついていた。なにか策はないか、この状況を奪回できる策は。
 あれやこれやと考えているうちに、視界に飛び込んだのは、小さな横穴だった。そこに急ブレーキをかけて入り込む。クイタランの反応は少しだけ遅れた。

 暗い道を進むうちに、手で押さえていた側面の壁がなくなった。どうやら広間についたらしい。どこかで炎が灯っているらしく、そこそこ見渡すことができた。だが、そこで見えたのは無数の視線だった。
「ま、またポケモン……?」
 そう言葉をこぼせば、人間だとわかったのだろう、ポケモンたちは鳴き声で威嚇する。アイアントだ。
 これにも仰天し、後ろを振り向けば、そこにはさきほどのクイタランがいた。
 もう駄目だ、さすがにプライドの凝り固まった自分でもそう思わざるをえなかった。だが、アイアントとクイタランは敵対するポケモン同士だということが脳裏をちらつく。
 そのままアイアント側を向く。アイアントは威嚇しているようで、後ろでは何かを守っているようだった。
「そうか、あの火は」
 やけど、か。
 すぐに気が付き、クイタランの視線がアイアントにくぎ付けになっている間に、鞄をあさって、それを投げた。
「ほら、わかるだろ」
 チーゴの実。やけどが治る木の実だ。手前のアイアントが拾い、奥へ持っていく。やけど状態のアイアントがそれを咀嚼し、嚥下した時、にいと笑った。
 アイアントが臨戦態勢に入り、敵対同士のポケモンを隔てていた自分が横にどく。その時、無数のアイアントによる、“ストーンエッジ”が、クイタランに襲い掛かった。

「まだいるのか」
 道は来るたびに変わるが、そこにいるポケモンがいなくなることはない。
「そんで、また仲間が増えたんだな」
 自分の実力でチャンピオンに勝てるわけもないが、アイアントの作る洞窟を本格的に研究するものは他にはいなかった。
 だから、自分はここのアイアントとは仲良くしておく。
 何度目かの挨拶を交わし、あの時最前線に立っていたアイアントが、にいと笑った。


即興二次小説より。お題:すごい蟻