戦闘、閃光、向こうの世界


 彼が最後に繰り出したポケモンは、フシギバナだった。
 私がリザードンを切り札としたのは、別に草タイプのフシギバナが最後に出てくるとわかっていたからではない。
 それよりもっと、大事な理由があった。少なくとも、私たちにとっては。
 リザードンも目を光らせる。自分の幼馴染とは違う、“もうひとつの世界”のフシギバナに。

 ユニオンルームというある意味バーチャルな世界でありながら、私も彼も、額に汗を浮かばせていた。
 ここまで私が燃えるのも、戦闘相手がこのレッドだからだし、彼にとってもそうであろうと思う。その程度の自信はあった。
 お互い、博士からもらったポケモンで決着をつける。相性は私のリザードンが有利だけど、彼のフシギバナがそう簡単に倒されないということは、もう充分わかっている。
 本気になって、バトルが好きな気持ちごとぶつかっても、彼と彼のポケモンはいつでも受け止めてくれるのだ。

「まずはやっぱり……ね、“火炎放射”」
 私が言えば、待ってました、といわんばかりにリザードンが炎をフシギバナにぶつける。
「受け止めろ」
「バナ」
 そう言えば、フシギバナは倒立し、あの重そうな図体を前足だけで持ち上げる。
 炎は、硬い花の部分に当たった。フシギバナは、どしん、と音を立て、なにもなかったかのように四足で立っている。
「花は硬いよ。見かけによらず」
「また防御が鍛えられたんじゃない?」
 彼はふいに、顔の力を抜きふっと笑う。それからまた真剣な表情に戻る。
「“すてみタックル”」
「“空を飛ぶ”で避けて!」
 フシギバナが突進してくる中、リザードンは素早く空に逃げる。当たれば反動を受けるような技だ、フシギバナにできた隙は大きい。
「そのまま降下で……」
「“ソーラービーム”」
 フシギバナはそれでも態勢を立て直し、背中の花全体でユニオンルームをゆらゆらと照らす蛍光灯の光を集める。リザードンが勢いをつけて降下するのと、フシギバナが光を放つのは、どちらが先か。
 私も、確かめる余裕なんてなかったけど彼も、二匹の勝負の行方を、挑戦者サイドから一歩も出ることなく見守る。

 やがてリザードンの連れる風がフシギバナに伝わった頃、一筋の光が閃いた。
 ……間に合わなかったか、否、その閃光を浴びている間も、リザードンの目は戦意を失ったポケモンのそれではなかった。
「まだいけるでしょ!」
 ドン、と低い声が響く。なんだかんだ言いつつも、リザードンは相性がいいのだ。それなら、勝たなくては。
「足元ががら空きだわ、“ブラストバーン”!」
 少し無茶な指示でも、リザードンならそれができることを私は知っていた。足元をぼこぼこにできるこの技なら勝てる。
 結果リザードンは、強い力でフシギバナの足元に炎の柱を立て、そこでフシギバナは力尽きた。

 六対六の勝負を終え、私たちは中央に立つ。右手を差出し、握手。ポケモントレーナーのマナーというものだ。
 回復を終えたリザードンとフシギバナも笑いあう。お互いオーキドと呼ばれる博士のもとで二匹の幼馴染とともに育ったというのに、どうして同じ世界にいないのだろうか。
 私は、もう一度、似すぎた“もうひとつの世界”に生きるレッドを眺める。私たちはぞっとするほどそっくりだ。そう、もし私が男だったら彼のようだったろうとなんのためらいもなく思う程度には。
「不思議な話だよな。自分と似てる相手、それも一番楽しくバトルできる相手が、ユニオンルームにしかいないなんて」
「ほんとに」
 何度もバトルをした。
 そして、何度か思ったことがある。
 バトルを超え、勝負を終えたあとの握手を超え、彼のとなりに行けたら。そして、同じ世界を眺められたら。
「……リーフ?」
「……ううん、なにも」
 さすがにこんなこと、彼も考えてる……なんて思うのは、ただの私のうぬぼれなのだろう。

 ○

『会いたかったよ』
 彼と別れ、もとのポケモンセンターに帰る時、ふとそんな声が脳裏に響いた。どこか彼と声色が似ているような気がするが女の人の声だ。暗くて顔は見えない。
『ずーっと前から、あなたとバトルがしたかったの』
 「通信」を切断する時の、ただのバーチャル空間に、一人の女性が姿を現した。真っ黒なスカートをはいていたが、髪は私みたいに茶色くて長い。
『私の夢、叶ったよ』
 それから、彼女の口角が少し上がったのがわかった。なんだか彼女は、レッドとバトルをするだけでなんだかんだ満たされている私そのもののような気がした。
 彼女は、右手で光のほうを指し、左手は私の肩にぽんと乗せた。
 あそこへ行けということか。
 この空間で誰かと会うなんて、はじめてのことだった。だから戸惑いもあったが、あの光の先に、またいつもの、彼と生きている世界となんら変わらないその場所があるような気がした。
「ありがとう」
 私はそれだけ言って、いつもの空間へ歩みだした。

130106