汗がじんわり滴る試合が続いていた。
バトルパレスのルールは、トレーナーは一切ポケモンに指示をしてはならず、バトルスタイルの全てをポケモンにゆだねる――というものだった。
トレーナーも声をあげ、熱くなるようなバトルとはまた違う。ただポケモンを信じる、見守るバトルだ。
ポケモンごとのバトルスタイルは、ポケモンの種族や性格によって決まる。エデルの相棒であるルー――数年前にグランブルに進化した――は、グランブルの例に洩れず、意外と臆病だ。
だが、相手のポケモンはそのグランブルの顔立ちに騙され、同じように怯えてしまう。トレーナーがなにも言わなければ、そのポケモンにはわからないのだ。
もちろん、そういうことだけで勝てることはできない。
そのポケモンが育った環境や、トレーナーとの絆も勝敗を左右する鍵となっているのだ。
「バウー!」
(決まった)
ルーは、まず“ビルドアップ”で下準備し、それから“地震”や“恩返し”で攻めにかかる。補助技の“電磁波”はまれに使う程度だ。
何度も見ていると、自分のポケモンについても知らなかったことがわかってくるのだ。
(どうやら弱ってきてから攻撃に転じるタイプみたいですわ。こういうことはポケモンだけにバトルさせないとわからない……)
一つひとつのバトルが糧となるよう、エデルは静かにポケモンたちを見守った。
ルー以外のメンバーとしては、カモネギとキマワリ。バトルではあまり見かけないポケモンではあるが、ポケモンに合わせて技構成も考えている。
「バトル」という枠の中で輝きたいのであれば、バトルパレスのルールは向いている。エデルはそう信じていた。
「ブラッキー、戦闘不能。グランブルの勝ち! よって勝者、エデル!」
「よくやったわ、ルー!」
敗者は黙って退場する。このバトルでは、トレーナー同士はほとんど声も聞かぬまま、こうやって別れてゆくのだ。
タマムシ大学の人間が必要だ。
エデルに宛てられた手紙には、こういった趣旨の文章が書かれていた。
どうやら、ここのオーナーであるロダンは、タマムシ大学のトレーナー学科の人間を欲しているらしい。実際、今まで戦ったトレーナーの中には、キャンパスで見かけた者もいたのだ。
なぜかは本人に訊いていないが、エデルは、サクハ地方にはタマムシ並みの名門校がないからではないか、と考えていた。
あえて挙げるとすればヒウメ大学かリンドウ大学であろうが、これらはそれぞれ法学や経済学に強い。ポケモン系の学科はあまり知名度がないのだ。
となると、頭脳は外部から引き抜くしかない。まだまだこれからの施設だ、ロダンもそれを考えてのことだろう。
「あの、一度ポケモンを出してもよろしいでしょうか?」
「え? ……ああ、どうぞ」
緑の制服を着た女性スタッフが、回復を済ませてボールを渡す。
「出ておいで、ルー、カモネギ、キマワリ!」
三匹は慎ましくボールから出てきた。いいとこ育ちのポケモンであるということが、スタッフにもよくわかった。
「よく頑張りましたね。でもブレーンになるには、まだ試合を重ねなければなりませんよ」
そう言ってエデルは三匹と目を合わせ、一匹ずつマッサージを始めた。
「まあ、マッサージができるのですか?」
「はい。ポケモンたちも集中力が途切れたり、緊張感が高まって筋肉が固くなったりしますから。特にこういうバトルでは、なおさらですわ」
「なるほど……」
ポケモンとトレーナーの絆のあり方を勉強したい、と言って、医者の道をやめたエデルにとって、ドレイデン家の人間であり続けるためには、自分が研究したことにある程度の成果を出さなければならない。
これはブレーン試験とはまた別の試験だ。エーデルワイス・ドレイデンが今までになにを見てきたか、医者にならなかった代わりに、なにを手に入れたのか。
そういうことを考えると、エデルの心はますます燃え上がるのだ。
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