「伝説を、呼び戻す……」
「ああ。声を失うとか感情を失うとかの代償は、願いを叶えるために必要なもの」
そのやり取りが続く間にも、互いに攻撃の手は緩めない。ドンファンは回転の勢いを保ったまま、グライガーに"こわいかお"を見せる。素早さを下げる戦略だったが、そこはマクセルの指示が一枚上手だった。
「とんぼがえり」
グライガーはボール──これもゼンマイ式の旧型だった──に戻り、次に出たポケモンは。
「ゴルーグ。頼むな」
またしても空中回避のできるポケモンだった。転がるで相性抜群をとれない分、より厄介だ。
「ゴルーグとウルガモス。古代史に語られる種族が揃ったなぁ? ロッソよ」
「……」
先ほどデイジがロッソに話したことをマクセルも言及する。ゴルーグは古代人が労働力として創造したともいわれる、人型のポケモンだ。
「……そんな、いるかもわからねぇ伝説のために、俺は記憶を抜かれたってのか」
ロッソは気持ちをマクセルのゴルーグ一点に集中する。その想いにウルガモスが呼応した。
「だいもんじ!」
力強い炎の一撃を放つ。それは命中し、炎が離散して見事な大の字を描いた。
──はずなのだが。
「ブリオニア、君は……」
ブリオニアがスワンナに、ゴルーグを守るよう指示しており、実際に致命傷となったのはスワンナのほうだった。
「……はぁ、私のスワンナは、もう空中で一戦してるから……スワンナに受けさせたほうが、良い、と思って」
トレーナー自身も息を乱し、スワンナをボールに戻す。続いて繰り出したのはドンカラスだ。
ドンカラスに並んで、ブリオニアが吠えた。
「私はねぇ! 砂の民だかなんだかわからないけど、この血みたいな赤い目のせいで、怖いって言われたのよ! ずっと好きだった人に、怖いって! だから……だから自ら嗅覚を渡して、魔女軍に協力したのよ。それで信じ抜いた伝説のポケモンが復讐に協力してくれるなら、それが良いって!」
デイジは絶句した。
自分のアイデンティティを傷つけられ、その対処法が、伝説と信仰を蘇らせることによる復讐。
「君と、同じじゃないか」
デイジの弱みをえぐるようにマクセルが言った。
「砂の民って、少数民族なんだろう。きっと君が生まれ育つ過程……否、もっともっと前から、多数派に虐げられてきたに違いない。そうでなければ、メルヒェンまで家族単位で移住するわけがないからね。見返してやりたい、自身の正しさを証明してやりたい。君だって、そういう気持ちで今まで生きてきたんだろう?」
流暢なマクセルを前に、デイジは俯き、眉間に皺を寄せた。マクセルがデイジに右手を差し出す。
「おい、デイジ、騙されるな……」
そう静止するロッソの手を払った。そして、デイジは右手を振り、
「ギガインパクト」
ドンファンのパレードに、最大威力の技を指示した。
狙いはゴルーグではなくドンカラス。自分が決着をつけるべき相手は、同じ砂の民のブリオニアだと思ったのだ。ドンファンが全身全霊でドンカラスに突進する中、ロッソは夜明けの光をとらえた。
「朝日だ。ゼフィ、ソーラービーム!」
夜明けの最初の光を借り、その場にいたゴルーグ向けてゼロ距離で放つ。二体の大技に、地面が吹き飛ぶような衝撃がおこった。
「復讐じゃない」
砂埃が視界をさえぎる中、朝日をたたえたデイジが言う。
「確かに、確かにはじめはマクセルの言うとおりだったかもしれない。一族と信仰を復活させるための旅に、アフカスの民や移民どもへの憎しみがなかったと言えば嘘になるだろう」
──未来に残ったものを再考することで、本当に大切なものがわかるというものだ。
──未来は誰にもわからない。だけど、過去から学ぶことによって、ある程度類推することができる。
これは、ミタマ地方のジムリーダー、クラウとアリスの言葉だったか。
そして、思い出されるのは、カネナリシティのオウルとの一戦。コクリン地方へも同じ目的で向かったが、その先で行った、誰かの心に届くバトル。
「これは俺だけの、俺自身の戦いだ。誰かを見返すとか、復讐とかじゃない! ただ相手がいて、俺がいる。長年の相棒が応えてくれる」
太陽とウルガモスが照らした場には、ドンカラスとゴルーグが倒れていた。同時KOだ。
「……それだけだ」
○
忘却ノ島。
その名のとおり、草は不規則に伸び、岩場の陰に人工物が砕け散っている、忘れられた土地だ。メルヒェン最西端のこの島は、メルヒェンで最後に太陽の恩恵を受ける。
その光でデイジは自らの帽子を発見し、拾って被り直す。
「マクセル、ブリオニア、ちゃんと教えてくれないか。呼び戻す対象の伝説のポケモンのこと。そして、かつてこの地で起きたという、政変のこと」
トレーナーたちが各々のポケモンたちを労い、ボールに戻してから、デイジが切り出した。
ブリオニアが不安そうにマクセルを見つめる。マクセルが事実上のトップであるなら、ブリオニアにも知らされていないことがあるのかもしれない。
「……後悔、しないかい」
「俺の神に誓って」
こんなとき、例えば"エーディア様の思し召し"のように言えたらどんなに良いだろう。しかし、デイジは自分の神の姿を知らない。それでも敬意を抱いて答えたつもりだ。
「そうかい。なら、ポケモンを倒された者の気まぐれとして、少し語ってみようかな」
「かつてこの地には竜のポケモンがいた。名をライディーンといった。しかし、創世した際に力を使い切ったために不安定な地方になってしまった」
デイジはメルヒェンの地形を思い出す。竜のような地形と伝説ポケモンとの結びつきは、アフカスの民の信仰にして現代サクハが統一の象徴としている神話に似ている。
不安定な地方、というのも、その竜の形がひとつの大陸ではなく島々で形成されていることからも読み取れるかもしれない。
「そこで、さまざまな伝説ポケモンを呼ぶことで力を分けてもらい、安定化したのだと」
「それは異民族の信じる伝説も含めてか?」
「ああ、考えてみたらそうかもしれないな」
今でこそメルヒェン地方は封建的な印象を持つが、もっと寛容な時代があったのかもしれない、と、デイジはカカオ畑を思い出して考えた。
「しかし、ライディーンを守護する一族の間で争いが起こり、敗北した男が恨みを募った結果、ライディーン諸共破壊をするために、伝説なんていない、信じられるのは己の力だけだ、とメルヒェン中に吹聴してまわったんだ」
信じられるのは己の力だけ。資本主義にも通ずる考えだ。
「その後のメルヒェンといったら、散々だったと聞く。伝説のポケモンが呼べなくなって衰退の一途をたどった結果が、相次ぐ以上、例えば砂まみれのヒッツェとグレートビューステだ」
グルートブルカーンを覆ったという砂。悪さをしたから懲らしめられた、と今では伝えられているものの、火山を司っていたポケモンもかつては善神として讃えられていたのだと思うと、デイジの心が傷んだ。
「待てよ。でも、砂の民が移住したのは、信仰が失われてからだろう? ってことは、少なくとも新たな移民を受け入れる土壌はあったと」
「お互いが合わせた結果だと思う」
デイジの疑問にブリオニアが答えた。先ほどのような焦りは感じない。
「私の苗字、ヴァイスミュラー。デイジ、あなたは言葉がわかるようだし、語源はわかるでしょう」
「ヴァイスは白、ミュラーは粉屋。ヴァイスはひょっとしたら、白い髪のことを指しているものと推察したが──」
「ええ、私も同じ考え。そしてミュラーは、ここメルヒェンでは本当によくある苗字。街でぶつかった人は大抵なんとかミュラーさん、ってね」
ブリオニアはマクセルを、続いてロッソをまっすぐ見据えて続けた。
「砂の民としての面影を残しつつ、故郷を捨て、よきメルヒェン人として振る舞うように。そういう意味でつけたのだと思う」
よきメルヒェン人であるように。
砂の民にとっても、かつての信仰が失われ封建社会と資本主義が同居したメルヒェンは、かえってやりやすかったのかもしれない。見守る神はおらず全てが自己責任。そんな世界が。
「……でも、俺の見立てによれば、砂祭りで信仰を残した。このシンボルの意味を、俺はサクハに戻って追及しようと思う」
言って、デイジはシンボルをメモしていた携帯端末を見せた。
「伝説の復活、その意味では、俺たち砂の民も、お前ら魔女軍は一緒だ。このシンボルから、かつて俺たちが信じていた伝説のポケモンがわかるのなら、メルヒェンにも力を貸せるかもしれない。今ここで繋がりを作ってくれるなら、俺は必ず共有する」
「お、おい、そこまで……」
「記憶を失ったロッソ、お前に真っ先にわかってほしい」
「……ああ。デイジ。あんたは信用にたる男だ。……お前たちはどうするんだ、魔女軍」
ロッソがマクセルに語りかけると、背後には魔女軍のメンバーらしき人たちが揃っていた。うち一人は、ブランシュネージュでデイジと対峙していた女性だ。
「行っていいぞ、ブリオニア」
「クァルト」
デイジは知る由もなかったが、魔女軍の第一将、毒虫のクァルトは、軍門に下りたてのブリオニアを迎え、手解きをした青年だ。
「別に追い出すわけじゃない。そうしたほうが良いということは、一緒に過ごした時間が長いお前たちもそう思っていることだろう。なあ、ロッシュ、リーヴェ」
「うん……正直、ブリオニアって服選びのセンスがあるし、怖いって言われたって、本当は自分の見た目を肯定したいんじゃないかなって思って」
「ならば砂の民の者と行動を共にするのも、統計的には悪くない選択だろう。同じ目と髪と肌の色の者の、別の人生を見られるのだからな」
ロッシュ、リーヴェと呼ばれた女性ふたりが答えた。
「……わかった、帰る」
帰る。
よきメルヒェン人として生まれたブリオニアの言葉に、デイジは責任の重さを感じた。
「よし、決まりだね。なら、ネガイボシに会ってくるといい。正当後継者の彼女のもとで、メルヒェンをかろうじて保っているのがあのネガイボシ──ジラーチだ」
ブリオニアが代償とした嗅覚も取り戻してくれるだろう、とマクセルはブリオニアに耳打ちした。
「わかった。ありがとう。そしていつか、必ず」
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おんぼろ商人さん 流砂の放浪 250427