僕は信じていたんだ。
古い信仰を捨ててコクリンの再興をはかる、チャンピオンの思想は絶対的なものだと。
多種多様な人々が共存するうえで、信仰なんて要らないのだと。
○
どうやら祖先らは閉ざされた地を好んだらしい。
この偶然に何か説明をつけるとすればこうなるか、と、デイジは新たに降り立った陸地を眺め逡巡する。
ミタマ地方に続き、砂の民の子孫を探しにやって来たのは、ひとつの大陸、コクリン地方。地形も文化も何もかもミタマ地方とは異なるのに、似た要素がひとつ。最近まで、外国との交流がほとんどなかったことだ。
それでも最近は貿易港として開かれているのが、ここシダオリタウンである。しかし発展はまだまだこれからといったところか、今はまだ牧歌的な風景が広がっている。
以前は別の町だったのか、突然そんな風景に廃墟が挟まると、デイジは故郷を思い出して目を伏せる。砂の民が立ち退きを要求されているクオン遺跡も、アフカスの民が昔住んでいた場所であり、彼らがカロス人植民より前に使っていた文字が壁面に刻まれている。
厄介なものだ。元々追い出されてそこに行き着いたのに、デイジにとってはそこが故郷。歴史地区として残すため、権力によって引きはがされることをデイジは好まない。
ふと、木の影がきらりと光った。それが白髪だと気づくのにそこまで時間はとらなかった。いつからここに居住しているのか、砂の民の噂をきいたのもこの町。
「……お前」
「なにやつ!」
話しかけるやいなや、木の影からブーメランが飛来してきて、デイジは避けるので精一杯だった。どうやらブーメランは持ち主のもとに返ったようだが、目の前にはガルーラが立ち、デイジを威嚇する。
「……っパレード!」
ドンファンのパレードを出す。白髪の者は顔を見せない。
「後ろから話しかけて悪かった。俺たちに攻撃する意図はない」
デイジがそう言うと、ドンファンも半歩下がる。ガルーラは振り返ってトレーナーの出方をうかがった。
「……そう。ここ最近は随分と警戒心が強くなってしまって」
トレーナーが木の影から出てくる。白い髪に褐色肌、それに赤茶色の瞳。見まごうことなき砂の民だ。
十代半ばかそのぐらいの少年が持つブーメランには、モンスターボールがついていた。どうやらガルーラのボールらしい。
「俺はデイジ、砂の民だ。サクハ地方に民の信仰を復活させるため、世界に散った同胞を探している」
名乗ると、少年は訝しげな顔を見せた。
「へえ、おかしなことしてるんだね。僕はグローマ、こっちはガルーラ。でも、なんだか面白そうだな。君がなぜ、信仰を復活させようとしているのか……話聞かせてよ」
○
若い世代が文化の復興に東奔西走しているなんて、ここコクリンで過ごしてきたグローマには想像し難かった。
聞けば、デイジとともに復興に動いているのは、同じく世界を回って力を蓄えている女性のトリカと、胡散臭いが交渉ごとが上手い商人のツキというらしいが、二人とも年齢は二十代であるという。
彼らは、どうやら信仰が失われていることを恐れているらしい。
「なら、次は僕の話をしようか。ここコクリン地方のチャンピオン、ミズチ様はカミヨリの民のリーダーでもありながら移民の僕たちのことを本当によく考えてくれてる」
そう前置きして、グローマはカミヨリの民と信仰の詳細を話し始めた。
「カミヨリの民はロンリギヌスという唯一絶対の神を信仰しているんだけど、この世界はそのポケモン、ロンリギヌスに捨てられた世界だと信じて、ロンリギヌスが今も治める世界に属することを目指す。成人の儀で不要なものを捨てることも含めて、典型的な悔い改める宗教といえるだろうね」
もっとも、自分はロンリギヌスへの信仰心を抱いたことはないが。長いカミヨリの民体制の中、どうやら親や祖先は知恵を使ったらしい。即ち、外面的にはこの一神教に詳しくなり、信仰心があると示す。悪くない方法だ。しかし心は自由。
○
ある日、デイジがグローマを訪ねると、グローマは大木の下で胡座をかき、親指と人差指を合わせて膝の上に置き、一言も話さないでいた。周囲は木のかさかさ鳴る音だけが響いている。
その行為の何たるかに気がついたデイジは、グローマに向かい合い、同じ姿勢をとった。目を閉じ、体内の空気を一気に出す。
そしてまた、新しい空気が鼻を膨らませる。それからは、自分のペースで。
ヴィッパサナー瞑想。異国発の宗教、すなわちブッディズムによる、ひとつの修行のようなものである。しかしサクハ地方への伝来は二千年以上前であるため、ブッディズムの生活様式や考え方は、民族を問わず浸透している。
「何か別のことを考えているね」
目を開けたグローマに言われ、デイジはぎくりとした。瞑想など久しぶりにしたものだから、雑念が混じっていたかもしれない。
「顔色を見ればわかる。リラックスできていない。瞑想は過去や未来と今を切り離す行いだ。今に集中しないと」
「ごもっともだ」
互いに目を閉じ、呼吸に集中し直す。
砂の民として生まれ、それなりの差別も受けたが、立ち上がり民の復活を決意した過去。同胞のツキやトリカ、そして帰郷してはくれなかったが連絡先を交換したサミナとも良い関係を築けたと思う。ならば未来は――
そんな不安やはやる気持ちを、呼吸する際の身体の動きや周囲の音に集中することで切り離す。吸って、吐いて。今、ここ、デイジという男は一人だけ。
二人とも二十分ほどはそうしていただろうか。軽くストレッチをして、いつものように語らい始めた。
「意外だったけど、確かに僕らの共通言語としては納得がいく。瞑想なんてぼーっとしてただけ、修行ではないといくらでも言い訳できるからね、この一神教への信仰にあつい地域でも、ひとつの習慣として保てたのだろう」
もっとも、偶像崇拝なんてしたらすぐに糾弾されてしまうから、寺院とかはないけどね。グローマはそう補足した。
砂の民の生活様式や儀式などほとんど失われている中、異国の地で砂の民の少年グローマとの共通言語は、もっと古い教えであった。しかし、その教えに関して、デイジはあることを知っている。
「……それも、伝来元の地ではほとんど失われてるけどな」
「不思議だよね。いや、意外と単純なのかもしれないね? 地味だし。修行は大変だし。まあ……一部の守護神や精霊は共通してるんだし、あの国としては問題にならないんだろう」
一部の守護神や精霊は共通してる。
デイジはその言葉に妙な引っ掛かりを覚えた。そして、ミタマ地方の図書館や博物館でものを見たときの感覚が蘇る。しかしまだ、答えは見えない。
「僕、気に入ったよ」
グローマに言われ、デイジはまた「今」に引き戻される。
「なかなか面白い話ができた。帰る、と表現することは出来ないけど、サクハに行くことも考えるよ」
「ほっ……本当かそれは!」
デイジの熱意とは裏腹に、グローマは冷静さを保つ。
「ただ、やり残したことがあるんだ。それが終わるまで待っていてくれないか。君もその間、コクリン地方を見て回るといい。巨大な一枚岩とかね、おすすめ」
「ああ……そういうことなら。やり残したことって?」
「幼馴染のアドにジムリーダーと挑戦者としての戦いを挑み、勝つことだよ」
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