おんぼろ商人さん【6】

 ケンタロスのカンちゃんは、乗り手に女子が増えようが変わらず豪快な走りを見せた。
「ボクしか乗ることを想定してなかったから、優しく走るようにとか、全く教えてなくてぇ。ボクのメンバーの中では一番血の気が多いんだよねぇ」
「きにしてない」
 ツキの背中にしっかり掴まるように、という教えを忠実に守るヨが言った。
 ヨは確かに眉目秀麗だが、計画生産で生まれ実の両親も知らされず生きてきた。施設で生活中に固定の養育者も居なかったらしく、年相応の大切にされる感覚がない。それは、故郷クオンタウンを政府に遺跡指定されて不法滞在している砂の民のコミュニティに馴染むには適していたが、安定した養育者による愛情の不在を感じることはツキにも時折あった。
 例えば、背中に掴まる様子にも。カンちゃんの疾駆に慣れたのであれば、頬までツキの背に押し付ける必要はないだろう。
 それはいたいけな姿ではあるのだが。
「カンちゃん、スピード上げちゃってー」
「ブル!?」
「ん大丈夫〜。ヨーももう慣れたでしょ、待ち合わせの時間に間に合うことが大事。おしょーばいにんならね」
 今日は商売ではないけれど。
 アスファルトもじき未舗装の道に変わる。カンちゃんは本領発揮といわんばかりに、山地へ向けて駆けていった。

 ◯

「よかったよかった、会えたね〜」
 ツキら一行が落ち合ったのは、先日ヒカミの立ち会いのもと話したシエロ地方ジムリーダーのフクベとシュンカだ。
「ツキくん、今日もよろしく」
「昨日、気になっていた特別展を見に行けて、今日も楽しみにしていたの。よろしくね」
「よろしくー。ちょうど良かった、サクハ地方のアクティビティなら任せてよ……ってヨー!」
 ヨはツキの話が終わらぬ間に、シュンカ、それからフクベに抱きつき、頬を寄せた。ツキはすぐヨを引き離そうとするが、ヨの手は変わらず二人に伸びている。
「だーもー、人との距離感も教えなきゃだめかー」
 ツキの難儀する様子にも、シュンカは動ぜず、
「まあ、ヒカミさんから聞いていたけど可愛らしいお嬢さんじゃないですか。シエロ地方では挨拶としてハグすることもあるし大丈夫よ、安心してね」
 と調子を崩さない。
 その声かけにツキは救われる面がありつつも、ヨの態度が養育者である自分とその他の人とでさして変わらないのを見て、課題の多さを感じた。

 サクハ東部、カゲミシティとイゲタニシティを分かつ川沿いを歩む。
 歴の長いジムリーダー二人、健脚であることはツキも予想していたが、一方で。
「シエロも日差しは強いけれど、こちらは……少しじめっとするわねぇ。大丈夫?」
「なぁに、私はまだまだ……てうわっ」
フクベは眼鏡の位置を直す際に、顔にかいた汗の量に驚いた。サクハ地方の内陸部、とくにイゲタニシティ以北は世界有数の高湿度地帯だ。
「日陰も多いから、休憩してこうね。ヨーは大丈夫?」
「大丈夫。あつい」
「正直でいいね〜」
 山の中腹の滝のそばにちょうど良い大木を見つけて、一行はシートを広げた。
「ほらほら、これが滝だよ。水が勢いよく流れてるでしょ! ヨーも来なよ、水が跳ねて気持ちいいよ」
「こわい」
 人間たちに対して、フクベとシュンカがボールから出していたクルマユとミノマダムは元気そうだ。元からあまり活発な種族ではないが、落ち葉を拾っては頭に飾ったり、サクハの自然を満喫している。
「それ、似合うじゃないか」
「キュ〜!」
「ミノマダムも、シエロとサクハをミックスさせたスタイリングが決まってるわね」
「オホホ」
「こうして外国で過ごすと、気候や文化が服飾を作るというのを実感するよ」
 一転、フクベが言った。視線はツキの服だ。
「君は随分と……その服を長く着ているようだけど、それは昔ながらの機織りでできた服だね。素材もだが、縫製が明らかに異なる。私たちより若いのに汗をそこまでかいていないということは、その服の機能によるところもあるのだろうね」
「え……えーっ! 服について褒めてくれるなんて、照れるなぁ」
 おんぼろ商人さん、と呼ばれたこともあるくらいだ。その服が砂の民の文化に根ざしていると相手に伝わったところで、風変わりなやつだと後ろ指さされるのがオチである。繕いきれない破れや汚れに着目せず、服そのものの機能に言及されたのは、これがはじめてだった。
「まあ、通気性は良いよぉー。おかげでどこにもお商売に出られるもん。でも、街から大量生産の安い服が入ってきたら、その技術もほんの数年でなくなっちゃった」
 フクベは目を細めた。ある程度予想していたのだ。
「まあ、おカネにならなければやっててもしょうがないからねー。ニュー・ジェネレーション。そこらの線引きは、商人のボクだってわかってるつもりだよ」
「……そうか。それにしても、ヨーちゃんは似たデザインのきれいな服を着ているね。その服はどうして」
「まちの倉庫にあったやつを貰ったんだ。今の子はあまり着ないんだけど、成長の節目のお祝いとか、子どもには行事ごとがつきものだからね〜。状態の良い服が、まだ何着か残ってる感じ。まあ……ほんの十年前まで、ほら、「ようせつ」も多かったし」
「夭折……」
 つまり、子どもが成人まで育たない例が多かったのだろう。ツキのとぼけたような語り口から発されるには重い単語だった。
「クオンタウンの医療は、今も逼迫してるってね。さすがに夭折は減ったけど、サクハの平均よりはずっと下じゃないかな。数字が出ればの話ね。まあ当たり前か。補助金も出ないし。ITだけはどうにかなってるけど、それ以外はどうしようも……ね。おっと、これは観光の方ならいいかと思って話しただけだから、ボクと別れるまでに忘れてね」
言い捨てるように放って、ツキは立ち上がった。
「ヨーもおいで。ボクが手を繋いでるから大丈夫」
 ヨはツキに連れられ、恐る恐る、それでも自ら滝に近づいた。
 ごうごうと唸って流れる滝に、時たま流されるコイキング。もう離れようよ、と言わんばかりの困り顔であるものの、ヨは目を逸らさない。光る水しぶきと、滝登りに挑むコイキングに強く惹かれたのも確かだった。
「ほらほら、ばしゃーん」
「つめたい」
「あついって言ったのはヨーだからね。どう、涼んだ?」
「そういえば……」
 ヨのツキを握る手がかすかにやわらいだそのとき、シュンカが滝を指して言った。
「あら? あの子ひょっとして……」
 何度流されても果敢に滝登りに挑むコイキングの様子に気づいて、ツキはヨを抱き上げる。
「がんばれ、その岩に乗れたら流れも緩むわ」
「ああ、惜しい!」
 周りがコイキングの滝登りを応援しはじめたのを見て、ヨもそのコイキングに目が釘付けになる。
「が、がんばって!」
コイキングが滝を登りきるかといったそのとき、水しぶきより眩しい光に包まれた。
「……これは面白いものを見れたねぇ」
 そのコイキングは、立派なギャラドスに進化した。フクベとシュンカにも笑顔が溢れるが、一方で。
「いやーっ!」
 ヨはギャラドスを怖がって泣き出し、顔をツキの白髪に埋めた。
「あ、そっか、ヨーはコイキングもギャラドスもはじめて見るから……確かに凶暴なポケモンだけど、こちらから住処を荒らさない限り攻撃してこないよ。ほら」
 応援に気づいていたのか、ギャラドスは穏やかに一行を見下ろしている。ヨが再びぬっと顔を出したのを見て、さらに上流を目指し泳ぎ去った。

 午後は日陰の道が続いたこともあり、一行は順調に進んだ。
 虫ポケモンのエキスパートというだけあって、フクベとシュンカの二人は森も歩き慣れていた。それだけでなく、後半にも体力を残し、ペースを崩さない。
「はやいよー、待ってよー」
「私らはもう日向に出るよ。やはり高度が上がると涼しくて楽だな、ずっとリードされるわけにもいかないし」
「まあ観光を楽しんでもらうのが一番だからねー、ヨー、君には負けないからね!」
 と、気合いを入れたところで、ヨはそんなツキの様子など気にも留めず、明るみに向けて歩みを急ぐ。結局はツキがヨを追いかける形で同着に持ち込んだ。
 ざっと野生のエアームドが眼前を横切る。その先には、イゲタニシティや遥かリンドウシティを見渡す絶景が待っていた。
「さすがはサクハ経済の中心、栄えているねぇ。ほら、貨物船だよ。ぼっぼー」
 汽笛など聞こえるはずもないが、サクハの港湾街リンドウの周りには多くのコンテナを積んだ船がかよっているのを見ると、ヨも気持ちが高まった。
「やはり登頂には特別なものがあるね。……ところでツキくん、ひょっとして、これは」
「滝であんなもの見れちゃったら最後の大アトラクションが霞むと思ったけど、やっぱ登山のシメといったらこれだよね~。ジップライン!」
 言いながらツキは持ち手を掴む。ツキ以外の三人は全員及び腰だ。
「山って下りるほうが大変だからね。登って下りたりなんかしたら、翌日は脚が痛いのなんのって。ほら、ヨもおいで。隣で滑ったら怖くない!」
 滝で度胸がついたのか、単にツキを説得するのは無理だと判断してか、ヨはあっさりと持ち手を握った。日も傾きはじめ、取り残されるとより危険だと察したフクベとシュンカの二人は、ツキから目を離さぬままクルマユとミノマダムをボールに戻した。
「ジムのギミックに比べたら、何のこれしきですわ!」
 ここはシュンカがリードした。
「眼下を見るから怖いのだ。空を見ていれば……ぎゃあ!」
 一番遅れても余裕の姿を見せたがったフクベだが、間近をグライガーが横切ったときは悲鳴をあげた。

「まちでずっと堅苦しい話もなんでしょ。やっぱり、自然は満喫してほしかったからねー! ボクもヨーと遊びたかったし、ちょうど良かったよ」
 イゲタニシティに降りた一行に別れが迫っていた。
「ツキくん」
 そう言ったフクベの視線が泳いだようにツキには見えたが、たそがれどきの眼鏡越しだと確かなことはいえない。
「なぁに」
「展示も、今日の登山も。実にインスピレーションに溢れた旅だったよ。デザインのアイデアはもちろんのこと、……ファッションデザイナーとして、クラフトマンシップをこれからも守りつつ、後進に継いでいくことも」
「そう。よかった」
 フクベから腕を広げると、ヨはフクベに優しくハグした。シュンカにも続く。
「じゃーね」
 ツキは軽く見送って、もう相手が振り向かないとわかったところでぽつりと零す。
「んもう、別れるまでに忘れてって言ったのにぃ」
吟悠雪さん宅シエロ地方ジムリーダーのフクベさん、シュンカさんをお借りしました。
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