(まさか人間がこの空間に入れるとは)
誰かが語りかけてくる。さっきよりも随分楽になったステラが、声の主を見ようと辺りを見回す。
だが、そこにはキングドラしかいない。
「ひょっとして、君が喋ってる?」
(ああ、私だ)
「すげー、喋るポケモンなんているんだ」
(我々はいつも、絶え間なく喋っているぞ)
「そっか、ごめん。で、君が来てから、苦しさがなくなったんだけど」
(何の対策もせずこの空間に紛れ込むから苦しくなるのだ。まぁ対策といっても、何もないがな。このあたりでは、水、エスパー、電気のエネルギーが渦巻いていて、私だけがそのエネルギーを自在に扱うことができる)
「やっぱり、ニュートラルポケモン……」
いくら見ていても飽きない。むしろ、ずっと見つめていたい。
ステラは、不思議な魅力をもったニュートラル・キングドラと、しばらく沈黙の時間を過ごしたが、やがてキングドラがふいとそっぽを向いてしまった。
「ん?」
(ついて来い)
キングドラに遅れないように、ステラは泳ぐ。
少し離れただけで、あの浮遊感と痺れを感じてしまうからだ。
キングドラの近くにいると、それはない。
キングドラは深く、深く潜る。それはわかっていても、ステラにはどこが浅くどこが深いかの感覚はなかった。
(これを)
キングドラは、錆びた柱にかかっている何かペンダントのようなものを見て、それからステラに視線を移した。
「くれるのか?」
(久しぶりの、人間の客だからな。“時のかけら”だ。この大陸のどこかにある、“三つのかけら”のうちの一つ。あと二つは、私はどこにあるかわからないがな)
ステラは、キングドラに促され、“時のかけら”をそっと持ち上げた。
惑星のような輪が、青く透き通った珠を囲んでいる。
「きれー……ありがとな」
(もし行き先を失った時、そのかけらがおぬしを導くだろう)
気づくとステラは、また洞窟にいた。
「あ、あれ……? 夢? あんなにリアルだったのに」
ステラは起き上がる。手には、“時のかけら”がしっかりと握り締められていた。
「もっと色々話したかったな……」
「さーて、カグロとエデル、探さないとな。にしても、どこだ? ここ」
もときた場所に戻っていた、というわけではなさそうだ。進めそうな道は岩に塞がれている。
ステラはそれをじっくり見て、ポケモンではないことを確認した。
「よし、ロト! “れんぞくぎり”!」
ロトは威勢よくボールから飛び出し、岩に切りかかった。
「トーック!」
“れんぞくぎり”は、ロトが腕を振るたびに威力があがり、岩を壊すことに成功した。
「ナイス!」
ステラはロトをボールから出したまま、その道を進んでいった。
しばらく進むと、聞きなれた声が響いてきた。
「……にい……だな」
「おそ……ですわね」
カグロとエデルだ。
「あれっ? おーい! カグロ、エデル! 声聞こえてるぞー!」
「え? ステラ? ステラですか?」
エデルがひょいと顔を出した。二人はステラのいる道よりひとつ上の岩場にいる。そこも道になっているらしく、ステラとロトはそちらに飛び乗った。
「はー、よかった。あのな、聞いてくれよ! オイラ、ニュートラル・キングドラに会ったんだ!」
「え、ステラも?」
エデルから返ってきたのは、思いもかけない言葉だった。
「も……?」
「ああ。俺たち、ニュートラル・ルギアの尾を見たんだ。あれは間違いない。だから今、追いかけてるんだ」
「すごくきれいだったわ。きっとキングドラもきれいだったんでしょう」
ステラからは、何も言葉が出なかった。その沈黙に耐えられず、カグロは言った。
「……どうした?」
「えっ! 何もねぇよ! すっげーなって! じゃあ追いかけようぜ!」
「ええ」
「言われなくとも」
二人は、自分より先にルギアを見つけた。
ステラは内心絶望し、首からさげた“時のかけら”を強く握り締めた。
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