アイドルはより嫌いだ。
パパラッチたるもの、シャッターチャンスは逃せない。有名トレーナーや俳優、狙えるものは狙う。
でも、十四歳にしてかなりの撮影スキルを持つ――と一応言われている俺、サルビオは、アイドルをひときわ嫌っている。
偶像なんて破壊してなんぼだ、きれいなものはきれいなままではいられない。
ミアレシティの路地裏で待機、有名人のプライベートを目撃、さりげなく撮影、退場、週刊誌に売却、俺はひと儲け、あいつは没落。
一日がそれのルーティーン。おかげでミアレシティの高級店も楽しめる。
そんなだから、そのルーティーンを乱す存在がいれば、よりそいつの人生を奈落に導きたくなる。
ターゲット・オン。最近人気急上昇中、かなりの上玉だ。
名前はカリア。モデル兼アイドル。双子の兄マトリと共に仕事をすることがある。ダンスは下手だがスタイルは良い。
なんでもいい。デート現場、賭博現場。彼女が路地裏に入ったその時が、尾行開始タイムとなる。
あれで変装したつもりなのだろうが、俺はわかっている。ほら、ミアレの路地裏なんて、そんな怪しげなところに入って――
「わかってるわよ」
彼女が、ふと振り返った。眩しい笑顔、百万人を虜にする笑顔。身が震えた。
それでもなんとかシャッターを切る。結果なんてわかっていた。
「ぶれぶれじゃない」
逃げようとした俺を捕まえて、そんな余裕しゃくしゃくな言葉を零すのだから、いけない。
「はーい消去。残念でした。私はもっと可愛いのでーす。出直してきなさい」
デリートボタンを押すその手を止められるはずもなく、彼女は俺のもとから去って行った。
持っている鍵を震わせて笑うクレッフィにライターでも向けたくなる。そんなことしてしまえば困るのは自分だが。
クレッフィには、鍵も預けているし、多くのパスワードを覚えさせてもいる。あらゆる鍵の管理者。俺にとっても信用できるパートナーだ。
「どうよ」
俺は零す。ばれていた? このサルビオが?
クレッフィは、またかちゃかちゃと音を鳴らす。大きめに揺れて、鍵を身体のかなり上のほうまで持ってくる。それを目で追いかけて、心を落ち着けた。
「カリア、奈落行き、決定」
そうしてまた立ち上がる。ルーティーンは再開した、まずは中級トレーナーでも狙って小金稼ぎだ。
アイドルというものは、変装のレパートリーが充実している。メイクさんがやってくれるのか、それとも自分でやっているのか。
ともあれ、数日後、また俺はカリアを発見した。有名人には隠せないオーラというものがある。それを嗅ぎ分ければ一瞬。これもパパラッチの才能の一つだ。
今度は振り向かせない。そっと、そっと。
その時、彼女が立ち止まった。ああ、と俺は声にならないため息を吐く。
彼女の笑顔が、俺を地獄に突き落とす。
だが、何度もやられる俺ではない。彼女が一番輝く瞬間、つまり俺の心が一番闇で満ちる瞬間に、俺はシャッターを切った。
「へえ、なかなか可愛い。合格」
カリアはそう言った。なにを言う、狙われアイドルの分際で。
ともあれ、俺のフォルダには、奇跡的に美しい彼女の写真が残った。
俺の撮ったカリアの写真が掲載された週刊誌『ヴァンドルディ』は、売れ行き好調だったらしい。
いやー、さすがサルビオ、と編集長にほめられた。その週には、俺の撮ったカリアの写真が、「スキャンダル、撮れませんでした!」という言葉とともに載ったのだ。
「面白い、続けてくれ、とか、俺のカリアちゃんは恋愛も賭博もするはずない、とか、感想が届いてるよ。これからもよろしく」
「はぁ……」
調子が狂う。日常は続く。
俺は彼女を狙う。彼女は気づいて、俺に近づく。パパラッチとしてのルーティーンに、いつのまにかそんな茶番劇が割り込んできている。考えるだけで気がめいる。
それでも、わかることがある。これは俺に圧倒的に有利にできているのだ。
彼女が俺に近づいて、カメラの画面を覗き込んでいるなんて、それはとてもスキャンダラスな一面だ。俺が仲間に頼んで、写真を撮ってもらえば、世間は勝手に囃し立て、彼女の立場は悪くなる。
しかし、彼女はそれすら気づいているのだろう。そして、俺がそんなことをしないことも、俺が逃げないことも。
逃げるなんて、男のすることではない。……男のすることではないのだ。
カリア、奈落行き、決定。
俺は俺だけの力で、それを成し遂げるだけだ。
青氷さん作カリアちゃん、お名前だけマトリくん、お借りしました!
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