ネオラントに乗りながら水面を覗く。ゆったりと揺れる波の向こうに、石でできた何かが見える。
あれか。
他にそれらしいものもない。カグロは、すぐさまネオラントに“ダイビング”を指示した。
美しいサザナミ湾にのまれて、それはさらに鮮明に映った。
海底にありながら、それは古代イッシュの建築様式で造られ、その形を留めている。
ふと、カグロは少年時代を思い起こす。“謎の大陸”で見た海底遺跡は、もっと広くもっと崩れていたが、どっちにしろこういうものは冒険心を掻き立てられる。
「ネオラント、……行くぞ」
昔のことを思い出しているのはカグロだけではなかった。ネオラントははっとして、整然とした海底遺跡の入り口をくぐった。
水のうなる音しか聞こえない。野生ポケモンすらいないようだ。なにかに守られているのだろうか。
しばらく進むと、文字が彫られている壁に突き当たった。
――やはりか。
それは、昔読んだ本に書かれていた文字とほぼ同じだったのだ。
記憶をたどり、解読を試みる。しかし、一文字一文字はわかるのだが、文章として成立していない。
意味を成さない、ただの羅列なのだ。自分の記憶が間違っているとも思わない。
「ネーオ?」
「ああ、そうだな、とりあえず先に行ってみるか」
気を取り直し、右へ曲がる。すると、また文字の書かれた壁、さらに分かれ道にぶち当たった。
これも、カグロには読むことができなかった。
せめて奥まで見てみようと、文字は無視して進むと、やがて、ごう、となにかがうなる音がした。
「……水流!?」
その水流はカグロとネオラントに突撃し、あっという間に一人と一匹を押し流してしまった。
なにが悪かったのか。
速度か、道か。
少なくとも、まずあれを解読しなければ、先の道は開かれないのだろう。
「ネオラント、……まだいけるか」
「ネオッ!」
再び遺跡に入り込むと、カグロはまずはじめの壁面に書かれた文字をそのまま写した。
こういうことができるのも“ダイビング”のおかげではあるが、やはり地上よりは身がふわふわしてしまい、書き写すことに時間がかかってしまった。
だが、さきのように水流が襲うことはなく、カグロとネオラントは、いくつかの壁の文を書き写した。四つほど写したところで、やはり水流に襲われた。
どうやら、水流は時間の経過が関係しているわけではない、ということはわかった。では、何が関係しているのか。これらを解読すればわかるのかもしれない、とカグロは期待を抱く。
喫茶店でカフェオレを頼んで席に着く。
カグロは、どうやら別の文法で書かれているらしい文章を、イッシュでもポピュラーな文字に置き換える作業を始めた。
TESPXTHOJL PUOFUTJM
IUVSUPUEBFM TFNJSQ
FWBSCTJHOJL
FQPITFTPMSFWHO HOJL
一瞬意味がわからないが、四つの文のうち三つの文に共通する単語らしきものが見えた。「HOJL」だ。
無理矢理発音するとすれば、ハジュル、だろうか。イッシュ建国伝説の用語はある程度覚えたつもりだが、このような言葉はなかった。
カグロはそこで、暗号の定番――文字の順番を一つ前に戻すか遅らせるかしたら読めるのではないか、と考え、またそのように書いてみた。
IPKM
GNIK
だが、これらの言葉にもぴんとこない。
やはり羅列でしかないか、と、カグロは落胆した。自分に解読の才能がないだけなのか、文字の読めない古代人のらくがきなのか、と疑い始める。
あきらめきれず、カフェオレのおかわりをもらいに行ったらまた試してみよう、と思い、カウンターでおかわりを受け取り戻る。
カグロが立ったまま、文字を書いた紙を上下逆に見下ろした、その時だった。
「KING……?」
直感的にそう読めた。一文字ずつ前に戻したものをさらに逆から読むことで、「KING」……「王」と読めたのだ。
まさか偶然では、と思いつつ、カグロは同じようにして他の文字を処理していった。
LISTEN TO KINGS WORDS
PRIMES LEAD TO TRUTH
KING IS BRAVE
KING NEVER LOSES HOPE
「これは……」
これをさらに整理すると、このような文章が浮かんだ。
王の言葉を聞け。
素数導くは真実なり。
王は勇敢にして、
決して希望を失わぬ。
間違いない、これはイッシュ建国伝説に繋がる言葉だ、とカグロは確信する。だが一箇所だけ不可解なところがあった。
「素数……?」
素数といえば、その数でしか割れない一以外の自然数のことをいう。故郷の学校で習ったことだ。
だがその素数が、なにに関係しているのだろうか。素数が導く真実とは一体なんなのか。
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