・VIから100年ぐらい前のお話、キングダム地方(飯塚さん)お借り
・モンスターボールはまだない
口頭とはいえ親に勘当されたのだから、スタートゥス・ドレイデンとフルネームを名乗るのもよく考えればおかしな話なのだが、大学に通うためにはフルネームが必要だった。
キングダム地方は他所より早く産業革命が起き、その恩恵を良くも悪くも受けた……とはいえ、スタートゥスの故郷スフォンジタウンは昔ながらの農業が主で、都市部に出て工場で働く者はまだまだ少なかった。
そんな町で大農場をもつ家に生まれ、医者になりたいと言い出したらどうなるか?
すべては、独りぽつんとプリフォスブリッジを渡るその光景が語っている。
「キュ?」
厳密に言えば独りではない。隣を歩くこの魔獣は近頃のブームで新たにポケモンと定義された、リリガント(英。日本語のドレディア)という種だ。川面を見下ろせばラプラスもいる。
ノース川の蒼き竜――カロス地方の作家タジリンによってギャラドスと定義された――は今日は顔を出さない。川面は穏やかだ。
「ああ、穏やかだ」
リリガントに応えるように、スタートゥスは言った。
両親の言い分もわかる。医学の道はきつい・汚い・危険。まだまだ解明されていない病もあるし、病原菌は増え続ける。
それでも、志してしまったのだから、尾を引くわけにもいかなかった。お情けなのか、両親は入学金とはじめ一年の学費を持たせてくれていた。断っても仕方がないから、スタートゥスはこれらをひとまず受け取っておくことにした。
高校時代の成績は良かったから、バーミンシティの一流大学、フォードックス学園にはすんなり入ることができた。ここでいかに学問を究めていくかが将来の道を決めるのだろう。
しかし、アルバイトで稼ぎながらの大学生活は、けして平坦な道のりではなかった。四回生となり、大学生活も半分に差し掛かったところで、同回生たちはビジョンを固めつつあった。地元に戻って開業医、ロンドシティに出て勤務医。歯科か眼科か耳鼻科か。「ポケモン」定義ブームは続いていたから、ポケモンの医者でも良いかもしれない――
「おい、聞いてるかスタートゥス!」
「あ、ああ、ごめん」
「本当に大丈夫かよ、最近。んじゃ履修登録行ってくるから」
「……うん」
自分の問題である。両親という後ろ盾なく学問を成さんとするならば、それ相応の覚悟が必要だったのだ――
とりあえず履修登録を済ませなければ、と、スタートゥスは改めて資料に目を通した。すると、その間に特別講義の案内が挟まっていた。
クルアラン・サザランド セボハノ地域の探検 最新報告
「サザランドだって!?」
周りのことなど気にする余裕もなく、スタートゥスは声をあげた。近くにいたリリガントが資料を覗き込んでくる。スタートゥスは彼の肖像を示して言った。
「グラスコシティ出身の探検家。タジリン以後、かつては暗黒大陸と呼ばれたあの場所も内陸部の探検が進んだんだけど、彼は現地の人やポケモンにも優しくて、尊敬されているんだ」
隣で聞いているリリガントが全てを理解できるとは思わない。が、リリガントはポケモンにも優しいというところはわかったようで、葉のような腕をぱっと上げて喜んだ。
「公開セミナーだし、行ってみようかな。気分転換にもなるかも……」
「キュウ!」
リリガントも乗り気であった。
前列の席をとり、セミナー開始を待つ間、スタートゥスは他の学生や一般人を眺めながら、時代について考えていた。
人間の隣には、高確率でポケモンが座っている。机に乗っている小型のポケモンもいる。近頃所持する学生も増えていたが、ここまで所持率の高い講義はなかった。サザランドは、ポケモンを持つ者にとって、それほど注目されている人なのだ。
百年ほど前、18世紀も後半であった頃、カロス地方のタジリン伯爵が、リザードンやシャワーズなど三十種の生き物をポケモンと定義したことによって、近隣のシエロやパルデア、そしてここキングダムといった地方でも、それまでたいした研究対象となっていなかった生き物たちに目を向け、ポケモンと定義するブームが巻き起こった。
幼い頃からなんとなくそばに居た、花冠をたたえたこいつには、リリガントという種名が与えられた。とくに名前はつけていなかったから、スタートゥスもリリガントと呼んでいる。
それに伴い、列強の植民地拡大競争は、資源獲得とともに新種ポケモン発見という目的もできた。現地人にポケモンを探させ、植民地で見つかったポケモンは、本国で定義し、本国の図鑑に載せられるのだ。ポケモン図鑑の厚さは、その地方の権力の象徴ともなった。
しかし、そのような無茶な競争にノーを突きつける立場にいるのがクルアラン・サザランドであった。彼は搾取をせず、現地人に労働を頼む際は相応の給金を払っていた。
たとえ数年前まで定義すらされていなかった生き物だとしても、ここに集まっている人たちにとっては大切なパートナーだ。持続可能な探検と発見を推進するサザランドを尊敬する彼らのポケモンたちを見ると、大切に育てられていることがよくわかる。
「お隣。いい?」
ふと声をかけられた。カロス訛りの高い声だった。
「どうぞ」
スタートゥスが言うと、リリガントがスタートゥスのすぐ隣の席に移った。
「学部は?」
「医学部」
「へえ、すごいのね! 私は経済学部なんだけど、最近探検に興味が湧いてしまって」
「なるほど」
「見た感じ、あなたのリリガントはとても懐いているみたいね。私のカストルノ(仏。日本語のビーダル)もよくわからないところがあるけれど、いつも私についてきてくれるの」
彼女が地べたに座っていたカストルノを示して言うと、カストルノはなんともいえぬ表情を崩さないまま、太いしっぽを一振りした。確かにスマートさは感じないポケモンだ。
「でも今日は、ぎりぎりになっちゃった。あ、もう来られるみたいね」
本講義の話者、クルアラン・サザランドが講堂に入ると、聴衆は大きな拍手で迎えた。
「真の英雄!」
「正しいやり方で人とポケモンとの共生を!」
そういった声も飛んだが、サザランドが中央に立ち、咳払いをすると、様々な音はす、と収まった。
「お集まり頂き光栄に思う。では早速、セボハノ地域の探検報告をはじめていこう――」
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