曇りなき者【6】

 ぼんやりとした視界がやがて輪郭を帯びてくる。何か低い声で話しかけてくる男はやがて東洋人であることがわかった。
「よかった」
「ここは?」
「ホシノ医院。ナオミは留守だけど」
 言葉の通じるらしい青年が言った。
「僕は……」
「話は聞いている。うちのために来てくれたスタートゥス・ドレイデン、君もまた感染してしまったんだ」
「そんな」
「安心していい、人間の風邪にだ。危険だから、君のリリガントとラプラスはナオミが連れている。……熱が下がるまでは、随分熱心に看病してたよ」
「……そうか」
 立ち上がって動こうとすれば咳が出る。一刻も早くナオミのもとへ行きたいと思ったが、今行っても迷惑をかけるだけだ。
 ならばせめてと思い、スタートゥスはペンを走らせた。意識を失う前の記憶を思い起こしながら、表を順番に埋めていく。

「……できた。できたぞ!」
 すべて埋め終え、気付けば部屋を出ていた。同室の者が何かを叫んだが、内容が全く頭に入ってこなかった。
 集落を駆け抜けて西へ。親子島の海峡部で、その名を呼ぶ。
「ナオミ!」
 木の実を並べポケモンを調べていたナオミは弾かれたように振り返る。
「ちょっと、スター! まだ風邪は」
「それっ」
 飛ばした紙飛行機は、きれいに海風に乗り、ナオミのもとへ届く。中に何かが書いてあると気付いたナオミは、無駄のない手つきで開いた。中は、書いた表と。
「Thanks for your sincerity and thoughtfulness...」
「声に出さなくていいって!」
 子の島に届くよう声を張り上げると、また噎せる。その驚きと嬉しさの混じったような表情を見る限りナオミとしては、こっそり看病したつもりだったのだろう。でも話を聞いてしまったのだ、礼を言うほかない。
 口を塞ぎ、右手だけで会釈すると、ナオミははじめて、柔らかい笑顔を見せてくれた。

 ○

 いつの間にか役割は入れ替わっていた。スタートゥスは集落の風邪治療に努め、ナオミはともに作成した表をもとに子の島をくまなく見回り、ポケモンからの感染を絶った。
 ――果たして、3の島の人とポケモンのコミュニティは保たれた。
「ナオミ、スター、本当に有難う。君たちのおかげで集落は守られた」
「これからも3の島を興していこう! ……時にスター君はもう戻るのかね?」
「それが、まだ考え中でして」
 ナオミが見てくる。こりゃ、妙に歯切れの悪い返事だと勘付かれただろう、とスタートゥスは思う。
「まあ……「絆橋」の完成は見ていきますよ」
 そして期限を遅らせるのである。

 二人で子の島を回り、もう危険はないと判断した際、親子島を繋ぐ橋の建設が決まり、橋の名付けにスタートゥスとナオミが関わっていた。
 スタートゥスの言葉でボンドブリッジ、ナオミの言葉で絆橋。ナオミの知識により、どちらの言語でも似た意味で名付けることができた。
「ボンドは絆。人々の助け合い、親の島の人と、子の島のポケモン。まさにぴったりな名だ」
 二人で建設現場に行くと、今日は日曜日で工事は休みだった。
「あの時は向こうに君がいて」
「……こっちにスターがいた。」
 ナオミはさらに、病み上がりの、と続けて笑った。あれでも真面目にやったんだからと小突いてやる。穏やかな水面が、危機は去ったのだと教えてくれているようだった。
「ふふっ……。スター」
「えっ」
 改まった態度で名を呼ばれ、スタートゥスはどきりとした。
「橋の名前。意味って本当にそれだけ?」
 ここまで気付かれている。気付いたうえで、そんな話を振ってくる。
 経験の無さから、期限を遅らせ曖昧な態度を取ってきた。しかし、ここにいても良いというなら応えるまで。
 ナオミに顔を近づけた。自然の恵みを宿したような緑の目が瞑られる。抵抗はない。

「……僕たちが二人ともそう思うのなら、公には語られない意味がもう一つくらいあったっていいんじゃないかな」
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