ホーム > 掃溜 > 2018年12月

 
グローマの話を練ろうの会(8) - 2018/12/04(Tue)
 アドの一番手はオムナイトであった。コクリン近海に生息していたとされる古代のポケモン。これも伝統に従った結果であろうかとグローマは一度考えたが、しかしオムナイトがこの時代に蘇ったのは近代技術の成果である。
 メグロコの威嚇でオムナイトは萎縮するが、トレーナーであるアドはそんなメグロコを優しい目で見つめた。
「メグロコ……久しぶりね」
 アドがそう言うのを聞き逃さなかった。メグロコはグローマの手持ちの中でもとくに付き合いが古く、アドのことも知っている。
「一緒に歩いてきたんだ。それじゃいくよ、いちゃもん!」
「しおみず」
 いきなり効果抜群の技をくらって、技選択に間違いはなかったが早期に決めなくてはならない、とグローマは悟った。水タイプ技がしおみずだとは。疲労してから受けると危ない。
「噛み砕く!」
 習得したばかりの強力な技だが、その指示にアドはにやりとした。
「転がる」
 オムナイトはバック転を挟み、そのまま勢いでメグロコにぶつかる。その後も威力を上げ何度も旋回し、グローマは一瞬、何が起こったのかはわからなかったが、よく見ると背中の貝がひとまわり小さくなっていることがわかった。
「……砕ける鎧。噛み砕くなんて技だと一瞬ね」
「そんな」
 身軽になったオムナイトの素早さに勝てず、メグロコは一方的に技を食らっていたが、グローマは何とかできないかと考えた。
「相手は軽いはず。前足で止めるんだ」
果たしてメグロコは前足を上げた。オムナイトはメグロコの腹部でがっちり押さえられ、回転の勢いを落とす。
「あと少しだ、耐えるんだメグロコ!」
 グローマが叫んだその時、メグロコの身から光が溢れた。後ろ足でがっちりと踏み締め、自由になった「腕」でオムナイトを完全に押さえる。
「もう一度、噛み砕けー!」
 防御の下がったオムナイトは、抵抗する力を失ってしまった。
「オムナイト、戦闘不能。メグ……ワルビルの勝ち」
 審判がそう宣言し、グローマははじめて、メグロコが進化したのだと気づいた。
 ワルビルは、慣れない二足でしかし確実に歩み、グローマのもとへ戻って笑いかけてみせた。
「ワルビル、やったな」
「ぐわぁ!」
 アドは事務的な態度でオムナイトをボールに戻しつつ、ボールを見つめなにか言葉を囁いた。
「次はこの子よ、シードラ」
 アドはシードラを繰り出すなり、高速移動を指示した。砕ける鎧とは違いデメリットのない素早さ上昇技に、感嘆には勝たせてくれなそうだとグローマは察知する。
「竜巻」
 二足になり腕が自由になったところで、全身の自由を奪う技を冷静に指示し、ワルビルはあっさり捕われ、とどめを刺されてしまった。
「ありがとう、戻れ」
 もう一匹は、ともに旅立ったばかりのダンレオと決めていた。ワルビルでもシードラにダメージを与えておきたかったところだが、振り出しに戻ってしまっては仕方ない。的確な指示をし、パートナーを信じるだけだ。
「行こうか、ダンレオ」
「ダンレオ……研究所のポケモンかしら」
「うん。旅すると決めて立ち寄ったんだ」
 ダンレオは格上相手にも怖気づくことはなかった。
「まずは距離を詰めて……」
 ひとつシードラにビンタする。シードラは屁でもないといった様子で、アドに指示されたハイドロポンプを容赦なく放った。
「やばい!」
「そのまま竜巻」
「はっぱカッターで弾け」
 ハイドロポンプと合わさった竜巻は、ダンレオの抵抗も虚しく、ダンレオを捉えた。効果は今ひとつであるから、まだ耐えられるが、長期化すると厄介だ。
「今だ。猫に小判」
 竜巻がシードラの真上に来たところでグローマは指示した。大小の小判は風に乗りシードラの頭上に落ちる。勢いのついた小判の威力に、シードラも思わず目を白黒させた。
 勢いがおさまり、ダンレオは着地した。
「ハイドロポンプ」
「はっぱカッター!」
 アドにはまだ策があり、これで勝てると確信していた。しかし、その二つの大技がぶつかり合い、それでも場に立っているのはダンレオのほうだった。
「どうして……!?」
 アドの声がこだまし、沈黙が訪れると、何かを咀嚼する音が聞こえた。
「……欲しがる。はじめの攻撃はこれだったんだ。まあ上手いよね、招き猫ポケモンなだけある」
「油断してたわ」
 アドはジムリーダーとしての態度を崩さず、シードラをボールに戻した。オレンの実を食べてご機嫌のダンレオは、グローマの足下へ戻り、彼を押すように足踏みした。
 審判がグローマの勝利を宣言し、バッジ授与になったところで、グローマは俯く。
「アド」
 勝てた。保守側についたと思い込んでいた相手に。裏切ったと勘違いしていた相手に。そして、かけがえのない幼馴染に。
「ごめん」
 瞑想をしているから感情が昂ぶる思いもめったに経験しなかったが、ここ数日の出来事が思い出され、グローマは涙していた。
「グローマ」
 アドははにかんだ。あまりにもジムリーダーらしくない、不器用な笑み。
「受け取ってよ。グローマならいつか来てくれるって思ってた」
「有難う」
 布貼りのプレートにのったナミナミバッジを、グローマは慎重に受け取った。

 目新しいジムと夕陽をバックに、暫しの間別れの挨拶をする。アドの髪は夕陽に溶けこむように燃えていた。
「アド。これからもずっと応援してる。……それと」
 言葉が続くとわかり、アドは首を傾げた。
「僕も発つことにした。移民する前の部族の人が僕に声をかけてくれたんだ。正直、彼についていくかついさっきまで悩んでたけど……アドも挑戦しているんだ。僕もそういう道を選びたい」
「グローマ」
「辛い道のりかもしれない。でも辛くなった時は、今日のバトルを思い出すよ」
 そこで、アドはからからと笑った。
「じゃあ、私もこのこと思い出そうかな!」

 地下洞窟の入り口を兼ねる世界一大きな一枚岩の前で、グローマとデイジは落ち合った。
「後悔はないか」
「ああ。砂の民末裔、グローマ。アドが幼馴染、デイジが友。改めて、よろしく頼む」
 
グローマの話を練ろうの会(9) - 2018/12/06(Thu)
 簡素なバスに揺られること数日、デイジとグローマが辿り着いたのは、タソガレシティから海側に進んだ先にあった小さな港だった。
「方向間違えたんじゃない」
 グローマが呆然として言った。漁夫もまばらなこの港でサクハ行きの船が出ているとは到底思えない。
「そう見えるか。迎えはもう来てると思うぜ。……なあ、ハン」
 海に向かってデイジが指笛を吹くと、水面が隆起し、大波が襲ってきた。
「んぎゃ!」
 間抜けな声を上げたグローマの前に、大きな歯をにかっと見せつけた何かが現れた。
「ツキから聞いたよ、ハン。迎えに来てくれたんだな」
 ハンと呼ばれたそのポケモンは低く唸るような声で応えた。
「見たことないか、ホエルオー」
「実際に見たのは初めてだ」
 ぼけっとホエルオーを見上げていると、しょっぱい潮水がグローマの口に入り、その場で咳込んだ。
 そうしてる間にもデイジは地面を蹴ってホエルオーにしがみつき、そのままよじ登る。このハンというホエルオーとの付き合いの長さを感じさせる。足下が安定したところでデイジが港側を挑発的に見下ろしたものだから、グローマも負けじとよじ登った。
「背中。広いから適当な場所で生活して。食材持ってきただろうな?」
「買えって言ってたのはこのためか……」
「ああ。ハンの分もある。まる三日もあれば着くだろ。さ、出航だ」

 サクハ地方カキツバタウンの港に着いてからも、グローマは感覚が戻らず足取りがおぼつかないでいた。いきなりホエルオーの背で二泊三日はきつい。
「わーっ、リエちゃん、お友達? そっかデイジの連れってこの子か!」
「抜かすなツキ」
 デイジがツキと呼んだ男は、にこにこ笑顔で一行を出迎えた。どうやらリエちゃんというのは、同じく足取りがおぼつかないパッチールのことらしい。
「デイジは相変わらず厳しいなー。はい、ハンちゃん、ここまでありがとね」
 ツキがナナの実を見せると、ホエルオーはあんぐりと口を開けた。ツキがそこ目掛けてナナの実を投げ入れると、ホエルオーは潮水ごと流し込んだ。そんな食べ方でも満足らしく、笑って海底へ戻っていった。
「で、そっちのご婦人は。まさか……」
「違う違う、混血じゃないよ。もーデイジは厳しすぎない?」
 答えるツキに目配せをし、ツキより幾分か歳上に見えるその女性は身分を明かした。
「北サクハ出身、民俗学者のヒカミです」
 同じ学者でもフラン博士とここまで違うか、という感想をグローマは抱いた。北サクハ出身というが、服装がツキのものに似ているため、砂の民の衣装を纏っているのだろう。肌がツキやデイジよりいくらか濃いが、その銀髪と緑の目を見ると混血と疑ってしまうのもわかる(道中、グローマはデイジから、かつて兄のように慕っていた男がカロス女性と結ばれ、銀髪に緑の目の娘を連れていることに関する愚痴を散々聞かされていた)。
「ヒカミちょっとおかしくてねー。砂の民を「参与観察」するために、髪を脱色したんだって! 変でしょ」
「ヒカミ。ツキに言われちゃ終わりだろ」
「そうだろうね」
 ヒカミの砂の民文化へのリスペクトが伝わったのか、デイジは態度をいくらか軟化させた。
 四人のやり取りを聞いて、衣装はいくらかシンプルだが砂の民と思われる人たちが何人か足を止める。みんなあなたに会いたかったんだよ、とヒカミに促され、グローマは名乗った。
「……グローマ。コクリン地方シダオリタウン育ちですが、ルーツを辿ると砂の民に辿り着くようです」
「うんうん、よく来たね」
 ツキが頷くと、周囲からも、グローマ、おかえり、と言葉をかけられた。
「ただいま、でいいのかな」
「何も間違いはない。そんじゃま、クオンに帰ろうか。ここは地方に指定された居住地だけど、多くの砂の民は今もクオンを拠点にしてるからね」

 カキツバタウンに至るクオンからの道は屈辱の道とすら呼ばれたものだとツキは話した。元来、アフカスの民に負け、世界に散るか、住みにくいクオン砂漠に根を下ろすかの選択を迫られたわけで、当時この土地自体に愛着はなかっただろうと、ヒカミも自身の考察を話した。
「ホームランドって、そういうものだから。北サクハもサクハ地方に併合されてから失った信仰やお祭りがある。私は民俗学者として砂の民と生活しているけど、最終的には信仰復活にも協力できたらと思ってる。グローマも、今はゆっくり休んで、話を聞かせて」
「砂の民は少ないからねー、みんな家族ってことで」
「家族……」
「まあ中には混血が嫌いな、頭のかたーい男もいるけど」
 ツキがデイジに目配せすると、デイジは咳払いした。
「グローマは大丈夫そうだな、じゃあ俺はもう行くよ」
「嘘でしょ」
 ツキが言った。デイジは本気でもう次の地方へ行こうとしているということが、グローマにはわかった。
「何家族かが移住したから、血の濃い砂の民がまだ生き残っている可能性がある地方……もうひとつ見つけたんだ。トリカも帰ってないようだし、俺も休んでられない」
「それはどこだい?」
「メルヒェン地方だ」
 ツキとヒカミは目を見開いた。
 メルヒェンという地名はグローマも聞いたことがあった。孤島であるからコクリンよりも文明化に遅れをとっているという話も知っている。
 そして−−サクハからはかなり遠いはずだということも。
「時間がない。もう行かねえと」
「デイジくん」
 ヒカミが強い口調で言った。
「闇雲に別の地方に飛び込んでも、その土地を知らなければ現地で立ち往生をくらうことになる。あの地方の言語や文化、最低限のことを学んでから行っても遅くないはず。例えば、孤島でも公用語は大陸系のドイツ語であること。知ってた?」
「うう……」
「エイ語ができるならさほど苦労することもないだろうけど、あなたも砂の民の信仰を取り戻したいというのなら、ある程度リスペクトを持つべきだと思う。待ってて」
 ヒカミは枝を取り出し、砂地に魔法陣のようなものを描きだした。そして本を片手に、なにやら熱心に唱え始める。
「何だあれ」
「ヒカミはああやってポケモンに指示するんだよ」
 デイジとツキは声を殺して会話していたが、そばに居たからグローマにも聞こえている。
 直後、魔法陣は鈍い光を放ち、五分もすれば大型の猛禽類と思われるポケモンが飛来した。
「熱帯雨林に住むファイアロー。普段は焼畑農業を手伝ってもらってるんだけど、指示したこともやってくれる」
 ヒカミが手を差し出すと、ファイアローはくわえていた本を放した。紫色の表紙に、『メルヒェン今昔物語』というタイトルが書かれている。
「研究者仲間がまとめてくれたもの。いわゆる概説本ね。もちろん休憩も兼ねてのことだけど、少し知ってから行ったほうが面白いと思う。そして何よりメルヒェンは……」
「なにより?」
「近年の政治的混乱で、旧来の信仰が大幅に失われた地方なの」
 
グローマの話を練ろうの会(10) - 2018/12/07(Fri)
 近年信仰を失った地方。確かに砂の民の現況と相関のある地方だ。
 ヒカミがそのまま連れていってもらえばいいと言ったファイアローの背にのり、デイジはメルヒェン地方のことを考える。
 砂の民が信仰を失ったのが大体祖父母から曾祖父母世代の話だと考えると、メルヒェン地方の政治的混乱はそれよりも後の話だ。
 ヒカミの話によると、近代化が推し進められているわけでもない。
 それならなぜ?
 政治的混乱というのがどうにも引っかかる。コクリン地方のグローマのように、人民も信仰を失うことを望んだのだろうか。
 しかしメルヒェン地方は唯一の厳格な神がおらず、多くの信仰が共存しているとのことで、他の一神教徒に攻められ無理に改宗させられたという歴史も存在しない。

 なぜ?
 しかしこれをなぜだと考えられるようになったのも、デイジがミタマ地方である施設を訪れたからである。
 高速ながらほとんど揺れないファイアローの背で、デイジも気持ちを落ち着かせ、あのミタマでの出来事を回想した。

 ノナタウンは図書館と博物館をもつ、文化や歴史の保存に熱心な町だった。
 町の規模も大きくなく、気候は寒冷で、本土と離れていた−−しかしその条件こそが文献や工芸品の保存に適していたのだと、デイジは今になってなんとなく理解する。
 デイジは旅人向けのレンタル施設でコートを借り、図書館に入ると、本や新聞を読む人たちの向こうで、長い黒髪の人物が伏せて寝ているのが見えた。首から下げられた名札を読むと「図書館長 クラウ」。それを見て、改めてデイジはこの地方の争いの少なさを実感した。
 せっかく来たのだし物色してみようか、とデイジが開架に向かったところ、背後から低い声がした。
「お前の探してる本なら、奥の棚の十三番、上から四段目、右から六冊目の本だぞ」
 デイジはぞっとして振り返った。誰もデイジに視線を向けていない。ということは、発言者は。
 特に何かを探してはいないのだが、デイジは言われたとおりの書棚の本を手に取った。
『古宗教とエーディア教に関する覚書』
 古風な語彙が使われたタイトルだが、比較的新しい本のようで、初版は数年前。
 書棚の隣りに設けられたソファで、デイジは読み始めた。エーディア様の住まう場所とも形容されるツクヨミの森に残る、原初的な祈りのしきたりについて。この地方の伝説ポケモン、ユーリア、エグニマ、ラーディを意味する星印のルーツについて。
「……」
 すぐに読み終えたデイジは、近くの本棚から歴史書や概説書をも手に取り、入口側の読書席に移った。
「似た本を読んで知識を深める……なるほど。良きことだな」
 頭が動いたからデイジは言葉の主をはっきりと察知した。発言者は館長のクラウその人で間違いない。
「わかるのか」
「どうも昔から勘が冴えすぎるもので。……さて」
 クラウは顔を上げた。
「私はクラウ。図書館長にしてジムリーダー。今日は試合のアポがある。ポケモンたちとトレーニングしておかないと」
 立ち上がったクラウは腕を何度が回し、近くにいた少女を手招きした。
「過去は謎が多い。しかし、未来に残ったものを再考することで、本当に大切なものがわかるというものだ」
 彼は言い残し、足早に去っていった。
 館長が寝ているという事実には呆れるばかりだが、しかし何か人智を超えた力を持つ人物と印象付けられるにこの一件は充分であった。デイジが再び本に集中すると、興味をひいたページの注釈にこう書かれていた。――ノナタウン博物館・蔵

「現物はどこだ、ここにあると聞いたのだが!」
 その博物館がすぐそばにあるとわかり、デイジは博物館へ急いだ。受付にいた雪色の髪の女性にそう訊くと、彼女は貼り付けたような笑顔を浮かべた。
「あ・な・た・さ・まぁー」
「んん……?」
「人にものを頼むときには、きっちりと礼儀をもったらいかがです?」
 デイジはぎくりとした。彼女――館長・アリスと名札が見える――は表情を崩さない。それがかえって、今のデイジには薄気味悪かった。
 礼儀がなっていないという自覚は確かにデイジにもあった。物心ついた頃には両親の所在不明、つるんでいた相手は似たような境遇のトリカと、商人のツキ、それからカクタ。ツキは商売で時たま丁寧な言葉を使っていたが、基本的に縦社会意識の薄い砂の民のコミュニティで、デイジが礼節を重んじる機会などなかったのだ。
 今まで出会った人はどう話していたっけ、とデイジは思い返し、笑顔の女性にこわごわ言った。
「この本の注釈にあるものを、一目見たい……のですが。案内して……くださいませ」
「ええ、喜んで」
 アリスはカウンターをよろしく、ともう一人の受付嬢に言い残し、展示室に向かった。内心デイジは、達成感と、早く見たいという思いと、逆に逃げ出したい思いでざわついていた。

 考古学コーナーの一角に、それらの展示があった。
 エーディア、神子、そして近代史関連のコーナーに比べるとちっぽけで情報量も少ない。しかしそこには、エーディアと続く神々を象徴する空、月と太陽、そして星の意匠が凝らされた古代の生活用品や嗜好品、そして祭祀の道具が並べられていた。他のコーナーにあった展示物と似ているものもあったが、多くのものは今シンボルとされているものと微妙にデザインが異なり、より多様で、ゆえに散漫であった。
「未来は誰にもわからない。だけど、過去から学ぶことによって、ある程度類推することができる」
 表現は違うが、聞き覚えのある言葉だった。デイジはアリスのほうを向く。
「私はアリス。図書館の本を持っているということは、クラウにも会ったでしょう。これからジムで試合だからおいとまするけど、そのボールを見る限りあなたもトレーナーね? そしてポケモンを二匹以上持ってる」
「……はい。ここに来る前はペンタシティのジムに挑戦して」
「あらー、フウが挑戦を受けたの? まあさっきのように、なんの礼節も持たず殴りこまれても、まだ最年少だし断れないわよね」
 デイジには頭痛がする思いだった。言われてみればデイジの行動はその通りだったからだ。
「私たちは、フウよりは挑戦者に求めるところが多いけれど。夕方からの予定はないから、ポケモン修行もしてるなら来なさいな。それじゃあね」

 なるほどだからツインジム。ジムの看板には「ジムリーダー クラウとアリス 過去と未来を視る者」とあった。
 フィールドは町と似た雪原で、砂地という厳しい環境に生きてきたデイジは、正反対とはいえこの寒冷地で生活する者に共感を覚えていた。……とはいえ、特性が砂起こしのギガイアスを出してしまえば、否応なしに気候は見慣れた砂嵐に変わってしまうのだが。
 だからといって、そう簡単に勝たせてくれる相手ではないだろう
「デイジです。よろしくお願いします」
 下手な敬語を話したくなかったデイジは、簡素な挨拶にとどめた。
「ひとつ言っておくが、私たちは試合の展開を完璧に読めるわけではない」
「あくまでトレーナーのキャリアによるところ。だからあなたと条件は同じ」
「……わかりました」
 デイジは挑戦者サイドに立ち、間に審判がついた。
「これまで歩んできた者よ」
「これからの世を生きる者よ」
 過去を、未来を、超えていけ。
 最後は兄妹同士らしく、異口同音に言葉を放つ。

 チャームを賭けた試合の結果、そのチャームはデイジのもとに渡ることになった。情けないぐらいの辛勝で、クラウとアリスとポケモンたちはよく統率が取れていて冷静だったというのに、デイジたちは感情を荒立たせる場面も多かった。ジムバトルでなければ勝てない相手だろう。
「今を作るのはその時々の結果だ」
「必要なさそうに見えても、いつか役に立つことがあるのかも」
 言われて、デイジはチャームを受け取る。
「有難う……ございます」
 ひとつ前に誰かに礼を言ったのは、はて、いつのことだったか。
 
ブリオニアの話を練ろうの会(2) - 2018/12/07(Fri)
 ロッシュは行動的だし、リボンファー付きのムートンブーツを履けばより可愛く見せられるはず。
 リーヴェはモノクロの服をよく着てるけど、ブルーのニットも似合うんじゃないかな。大きめのチェック柄のストールをクリップでまとめてさ。
 シフシュロスの露店街でそう提案しただけなのに、ブリオニアは二人のべた褒めを喰らうことになってしまった。
「なるほどー! アタシそういうの全然わかんないけど、確かに可愛い! これからはブリオニアに訊いたらいいね」
「似合うものを見つけ、提案できる。それも才だと思うよ」
 第二将のロッシュ、第三将のリーヴェとは、歳の近い女子同士ということですぐに打ち解け、オフタイムもたまにこうして遊ぶ仲になった。
「ところで私のセーターはどっちがいいかな」
「右!」
「右ね」
 二人に言われ、ブリオニアは柄物のニットをレジに持って行った。元恋人と別れてからはおしゃれなんて、と思っていたが、やっぱり楽しいものは楽しいのだ。
「ねえ、次はレープクーヘンに行こ! キャロム・ツェルファーの飴細工が、見た目も可愛いし食感も面白いんだって」
 おしゃべりで情報収集の早いロッシュは、いつでも三人組のリード役だ。手持ちポケモンのタイプもあって雷鳴のロッシュという二つ名があるが、性格や話し方にも当てはまるなとブリオニアは思っていた。
「はいはい。どうせ急いでも馬車の時刻はまだですよ」
 そしてそれは、鋼鉄のリーヴェも然り、であるとも。

 お菓子の街、レープクーヘンは、今日も甘い香りで満たされていることだろう。という推測に終わってしまうのは、無論今のブリオニアに嗅覚が備わっていないからである。
 ロッシュの話していたお店で、スワンナの飴細工をオーダーする。凄腕飴細工師のキャロムは個別のオーダーに見事応え、翼も丁寧に作り上げた。嘴にはヒメリが使われている。
 スワンナとライチュウとクレッフィの飴細工を並べて満足してから、三人は少しずつ舐めはじめた。
「……おいしい」
「ねーっいいでしょ!? アタシのも、ヒメリとチョコが使われてて、口の中でいろんな食感画合わさって面白ーい! リーヴェのも、クレッフィ細かいね」
「楽しんで頂けて嬉しいわ」
 店主のキャロムは柔らかく笑った。
 お次はルツィール兄妹のスタンドでフルーツジュースを選ぶ。ブリー入りのものが美肌効果もあり女性に人気だそうで、ブリオニアはそれをオーダーした。
 広場の白い丸テーブルを三人で囲う。
「つめたーい! ぷつぷつしてるのもいいねこれぞミックスジュース!」
「……ロッシュ、あのさ」
 ロッシュの発言に確信を得たブリオニアは、先程から気になっていたことを思い切って訊いてみることにした。
「味、感じないの?」
 場が沈黙した。しかし、ブリオニアやリーヴェに沈黙をどうにかするほどの会話力はない。ロッシュははにかみ笑いをし、質問に答えた。
「実はそうなんだよね。ブリオニアも代償払ったでしょ? アタシは味覚なの。ちなみに隣に座ってる彼女は感情」
「まあ話しておかないとフェアじゃないものね」
 そういえばリーヴェには感情の起伏がない。と、ブリオニアは納得した。
「ブリオニアは? 恋心とか?」
「ロッシュ、デリカシーというものはないの?」
「感情捧げた人に言われたくありませーん!」
「そうか、その手があったか……」
「そこ納得するとこなの」
 ブリオニアは苦笑して、香りがわからなくなったの、と答えた。
「こうして顔を近づけてみても何も香ってこないのは、まだ慣れないけど」
「うんうん、初めはそう! でも、味がわからなくたって、見た目や食感は楽しめるし、こうなってから、誰と食べるか、というのは気にするようになった! またこうやって遊ぼうね」
 楽しいことをしたいだけ、と本人は言っているが、さすがのポジティブ思考だ。マクセルの自信といい、クァルトの面倒見の良さといい、リーヴェの冷静さといい、代償としてなにかを失っているはずなのに、それ以上に、みんなブリオニアが持っていないものを持っている。
 しかし、代償を捧げるほどに切実な願いとは何か、さすがにブリオニアもそこまで踏み込んだ会話をする勇気はなかった。代償は、ここメルヒェン地方で信仰を失ってしまった伝説上のポケモンを呼び出すために必要となる。彼女たちは、伝説への信仰心はあるのだろうか。そして、何を願ったのだろうか。見返したいとと思わないか、とブリオニアを誘ったマクセルは、全員の願いを知っているのだろうか。
 帰る時間になって、ブリオニアの提案でドーナツ店に寄ることにした。
「今日は友達とか。ドーナツなんて他でも買えるだろうに」
「友達とだからこそ、ここにしたかったんです」
 デートでよく来たから、店主のセデルには顔を覚えられている。あまり客の顔を覚えそうなタイプには見えないのに、それだけ足繁く通ったということでもあろう。
「ここの「ミミロルの耳」ってドーナツがふわふわで美味しいの。ロッシュも楽しめると思う」
 伝統的な、穴の開いていないドーナツについて話すと、セデルは試食を用意してくれた。名前の通り、ミミロルの耳先を思わせる見た目のドーナツは、味や食感も期待を裏切らない。
「すごーい、口の中でとろけてく!」
「これを、マクセルさんとクァルトへのお土産にしようと思って」
「気が利くな」
「そんなことないよ」
 事実、ブリオニアにも好都合だった。本当はこの香りが漂うだけで、元恋人との楽しかった日々を思い出して辛いのだ。それが、魔女軍となって嗅覚を失い、新たな仲間と新たな思い出を作れるのだから。
「毎度!」
 最後の一言だけ、セデルは勢いをつけて言った。
 
ブリオニアの話を練ろうの会(1) - 2018/12/07(Fri)
「そんなやつ……見返したいと思わない?」
 話しかけてきた青年は静かに提案した。青年と形容したものの、老成しているような、幼子のような、不思議な印象を与える見た目だ。
 彼の話を聞いている少女ブリオニアは、数日前に赤い目が怖いという理由で恋人に別れを告げられていた。自分ではどうにもできない部位を怖いと言われ、自分自身を受け入れられない日々を過ごしている最中だ。
 目の前の彼もまた赤い目をしていたが、髪色も色の合った赤茶である。彼のように、自然な色味をしていたら、もしくは、自信をもった話し方ができていたならば。
「代償を支払う勇気があるのなら、それでも叶えたいと願うのなら……僕とおいで、ブリオニア」
 彼は名を呼んだ。ああ、そういえば、はじめに名乗っていたっけ。その時に確か、彼の名も聞いていた。
「戻る場所のない私に道を示してくれるならむしろ有難いことよ、マクセル」
 差し出された手を取り、煉瓦の通りをともに歩んだ。

 ○

 果たしてブリオニアは代償として嗅覚を失い、メルヒェン魔女軍の第四将として正式に任命された。
「ポケモン二匹しか持ってないのに、第四将なんて肩書つけちゃって大丈夫だったの」
「ポケモンは数じゃねえ、個々の強さだ。人間も同じ」
 そう答えたのは、第一将、毒虫のクァルトだ。その肩書の通り虫タイプと毒タイプの扱いに長ける、緑のゴーグルが印象的な青年だ。
 思い返せば、ブリオニアで第四将なのだから魔女軍といえど少数精鋭の方針をとっていることになる。
「ヤミカラスとスワンナか。マクセルが護田鳥のブリオニアと呼ぶのもわかる。……それにお前の懸念もわかる。少し心許ないメンバーだな」
「悪かったわね」
「今から鍛えるってことだろ。にしても、なぁ……『烏と白鳥』か」
 マクセルも言及していたことを、今度はクァルトが言った。深緑の目が細められる。
 やはりそう見えるのか、とブリオニアは思った。実のところそのとおりで、数日前までコアルヒーの頃から連れ添ったスワンナだけがブリオニアのポケモンだったのだが、恋人と別れたある日、何度も湖に浸かって身体の汚れを落とし、他の鳥ポケモンたちに混ざろうとするヤミカラスを偶然見かけた。まさに『烏と白鳥』そのままであるうえ、この「砂の民」の先祖譲りらしい銀髪と赤い目を疎んじていたブリオニアと、あまりにも状況が重なってしまったのだ。
「おいで。……懐っこいな」
「まあもともと、他の鳥ポケモンの群れに混ざろうとしてたぐらいだし」
 度胸があるのか、何も考えていないだけなのか。ヤミカラスはクァルトの膝の上を陣取り、撫でられるたびうっとりとした表情を浮かべていた。
「暗い場所で真価を発揮するポケモンだ、ゲシュテルンでトレーニングするのが良いだろう。あそこなら、闇の石が見つかるかもしれないし」
「ゲシュテルン……」
 崖と岩場が連なるゆえに日中も陽の光がほとんど入ってこない、北西部の町だ。南部の深雪の町ブランシュネージュ育ちのブリオニアにとっては、そこに行くだけでも冒険である。
「俺も相手になるし」
「いいの?」
「かつての信仰対象の情報が入ってこない限り、魔女軍ってのは暇なんだよ。お前も、マクセルが呼んだら動きゃいいから。それまでは精々、俺……いや、ロッシュとリーヴェに並べるぐらいにはなれ」

 ○

「翼で撃つ!」
 まずは飛行タイプの技を、とクァルトに提案されゲシュテルンの岩場で一行はひたすら試行錯誤していた。
「中心を捉えてない。そんなんじゃ俺のレーレは倒せないぜ」
 対するクァルトとアメモースのレーレは余裕の表情だ。
「ヤミカラス、もう少し真っ直ぐ……あっ、いたそっ!」
「周りもよく見ろ」
「はいっ」
 攻撃を正確に当てようとすると、周りの確認がおろそかになり、岩や崖の切り立った部分にぶつかってしまう。
 反射神経と空間把握。これらの能力が問われるのは、何も前線で戦うポケモンだけではない。むしろトレーナーがどれだけ状況を理解し整理できているのか、ポケモンバトルではそれがしばしば結果を決める。
「こっちも行くか。レーレ、怪しい風」
 その風であたりが更に暗くなり、ブリオニアは崖に手をついた。ヤミカラスは暗所でも視力が効くはずだ。ならばこの技は、ブリオニアへの試練として選ばれたのだろう。
「諦めないよ。ヤミカラス、崖を蹴って」
 風に飛ばされたヤミカラスは、それでもブリオニアの指示を聞いて体勢を立て直す。
「その勢いで突っ込んで!」
 崖を蹴ったことにより素早さが増し、ヤミカラスは自身の翼を思いっきり叩きつけた。アメモースのレーレはふらふらと地に降りる。戦闘不能ではないが大ダメージだ。
「このダメージ量、急所を捉えたな。さすが強運の持ち主。だが、運と実力は伴うものだからな」
「有難う。ヤミカラス、今の感じ覚えとこうね」
「カァ」
 いつの間にか日は傾き、横向きに光が差し込む。そこに一陣の風が吹き、バトルで壊した岩から濃い色の光が顔を出しているのがわかった。
「おい、闇の石だぞ」
「えっ」
 ブリオニアが返事をした頃には、光りものに目がないヤミカラスは石の前まで飛んでいた。そして、夕日よりも強い光をその場で放つ。
「進化だ!」
 その光景にブリオニアの視線は釘付けになった。進化の瞬間を見たのは自身のスワンナに続き二度目だったが、光り方が違うからか二度目でも全く飽きない。
「ガアアース!」
「やだかっこいい!」
 進化したばかりのドンカラスをブリオニアが抱きしめる。ドンカラスはメスなのだが、その言葉を聞いて満足そうに笑った。
 
ブリオニアの話を練ろうの会(3) - 2018/12/09(Sun)
 上空からも石畳を確認できたメルヒェン一の都市シフシュロスは、デイジにはなんだか慌ただしい街のように思えた。ミタマのペンタシティやコクリンのカネナリシティも、忙しない人はいたものの、顔を見るだけで生き甲斐というかそういうものを持っていると感じられたのだが。
 何度か休憩をとりつつここまで飛んでくれたファイアローを、このままサクハの熱帯雨林に帰すわけにもいかない。一度回復させて、モンスターボールを買って連れ歩くことにファイアローが同意したので、デイジはまずポケモンセンターを目指すことにしたのだ……が。
 いくら石畳の道を歩いても、あの赤い屋根の建物が見当たらない。それどころか、標識すらも。
 このような大きな街なら、街中至るところにポケモンセンターへの標識があるはずなのだが。高層ビルに囲まれて立ち往生するしかないデイジに、それでも話しかけてくれる人はいた。
「どうされました?」
 捨てる神あれば拾う神あり……とはいえ信仰する「神」のことが今はほとんどわからないのだから、こうして旅を続けているわけではあるのだが。
 声の主は秋の葉のような髪色をした少女だった。赤みがかった目になんとなく安心感を覚える。彼女のそばを飛んでいたヒノヤコマは、デイジが口を開く前に、ファイアローと話し始めた。
「Fialo! 珍しいね。貴方のポケモン?」
「……いや」
 ポケモンの種族の呼び方が随分と違ったが、それ以外の言語はエイ語話者のデイジには理解できた。ヒカミにつけられた知恵を思い出しつつ、会話を続ける。
 デイジは、このファイアローでここに来たこと、ファイアローが野生であることと、探しているものを話した。
「ポケモンセンター? 何それ」
 デイジは絶句した。その土地の歴史や文化よりも、ポケモンセンターの有無のほうが大切じゃないか、ヒカミ!
 とここまでの手解きをしてくれた女性に内心文句を垂れつつ、ファイアローを回復させたい旨を少女に伝えた。
「ならクランケンハオスに預けたら元気にしてくれるよ。……あ、ヤコ、速いよ! ヤコについてけば大丈夫」
 言うが早いか、別れるタイミングを逃したデイジとファイアローは、フィラとヒノヤコマのヤコのあとについて行った。

 ある程度予想通りといったところか、ポケモンセンターよりも回復に時間がかかるようで、ファイアローを預けている間にモンスターボールを買いに行くことにした。
 道中で彼女はフィラと名乗った。曰く、不器用ながら、困っている人を見たら助けずにはいられない性分らしい。
「あ、あるじゃん」
 売り場にて、フィラはデイジの背後の棚を指した。
「え?」
 モンスターボールならば、すぐ気づくはず……と、デイジが振り返ると、そこに並んでいたのは灰色の球だった。
「え?」
「だから、モンスターボール」
 思わず二度同じ言葉を発したデイジに、フィラが続けた。
「探してたのモンスターボールだよね? あれ?」
「あ、ああ」
 フィラは本気でこの灰色の球体を指しているようだったので、デイジは陳列されたそれのうち一つを手に取った。そしてその重さに驚く。初めから重さを知ったうえで持つのなら問題はないが、普段使いのボールの倍以上の重さはある。
「モンスターボールってこういうのじゃないのか?」
 そして腰からボールを一つ取る。右手に灰色の球体を持っているから、輪をかけて軽く感じる。
「そのタイプのは見たことないな。貸して! こう使うの」
 フィラの解説によって、そのボールはゼンマイ式であるとわかった。そういえば、ツキが昔これに似たボールを仕入れていたような。今はどこに流れたのだろう。
 値段がいつものボールより安いのは有難い。野生のファイアローの一時退避場所として、デイジはその灰色のボールを選んだ。

 クランケンハオスという施設の利用が初めてであったためデイジには幾らかの不安もあったのだが、ファイアローはすっかり元気になって帰ってきた。
 道なりに進めば「商業さかえる迷宮街」ハーメルンに辿り着くことと、道中のセイレーンに至る分岐路の近くに旅籠があることをフィラから聞いて、デイジは旅路を急ぐこととしたのだが、結局フィラは街のゲートまで同行してくれた。
「面倒見の良さもここまで来たら才能じゃないかな」デイジが言った。
「ほんとに? 才能なんてはじめて言われたよ。何事もやってみなきゃわからないんだね」
 正直、デイジから見たフィラは、特別容姿に恵まれているわけではないし、別段頭が切れるわけでもない。それでもいつも前向きに事を考える彼女から、最果ての地方でいきなり躓いてしまったデイジは元気を貰えていた。
 ええと、こういう時はなんて言うのだっけ、とデイジはヒカミから教わった基本会話を思い出す。
「ダンケ、フィラ、ヤコ。旅はきついこともあるが楽しい。いつかお前らが遠出をするときに、お前らみたいに親切な人たちがきっと助けてくれるさ」
 果たして、デイジはフィラと別れ、整備されていない道を歩み始めた。一度振り返ると、豆粒ぐらいの大きさになったフィラは、まだ手を振ってくれていた。
 
ブリオニアの話を練ろうの会(5) - 2018/12/10(Mon)
 本来デイジには柄でもない場所だが、成り行きでレープクーヘンのスイーツガーデンに降り立ち、シュティーフェルのカカオ運搬を手伝うこととなった。
「助かる」
「礼ならパレードに」
 デイジが言うと、シュティーフェルはドンファンのパレードの背から荷を下ろし、ダンケと言った。パレードはパオウと低い声で応える。
「もう夕方だよ。仕入れおつかれ」
「キャロム、いいところに。砂の民のデイジだ」
 声をかけた長い金髪の女性に、シュティーフェルは直ちにデイジを紹介する。
「えっ砂の民の方なの? そっか、髪とか肌とかこんな感じなんだね!」
 へえー、と、キャロムは桃色の目を輝かせてデイジを眺める。同じようにデイジもキャロムを見る。髪はトリカより長い。また、ミニスカートの裾のレースが色とりどりの金平糖を思わせるものだった。
「今紹介されたデイジ、サクハ地方はクオンタウンの砂の民だ。民を知っているとは驚いたか、なぜ」
「私、出身がヒッツェサンドなの! 砂塵の町って呼ばれてて毎年砂祭りもやってるんだけど、砂の民の方がつくる砂像は毎年すごくて人気なんだー。それで私も立体に興味持って、今では飴細工師!」
 言って、キャロムはVサインをみせた。
「そうか。砂の民がメルヒェンに移住した時期は他の地方より後……」
「そうなの?」
「ああ。アフカスの民との戦いで砂地に追いやられてから、世界への離散が始まったから。この地で砂像作りをしているということは、ある程度クオンで過ごしたあとに移住していることになる」
「なるほど、ロマンだねえ」
「なにか掴めそうか?」
「……そうだな。今もその人たちは、砂像作りを生業にしているのか?」
「それはむしろ少数派みたい。リタイア後の人が作ってたり、本業とは別に趣味で砂祭りにだけ出品って話は聞くよ」
 生きやすい土地を求めて移住したのだから、そりゃそうか、とデイジは思う。しかし、追いやられた側の彼らの子孫が、メルヒェンでそういった砂像を作り、部族の名が知られていることはデイジにとって好ましいことだった。
「考えることが多いな」
 独り言のつもりだったが、話を聞いていたシュティーフェルとキャロムも表情を曇らせる。デイジは急いで場を取り持った。
「あ、いや、悲観することじゃないんだ。旅に出た頃はこんな例もなくて、考えることすらなかったからな」
「ならよかった。……時にキャロム、この時間帯にスイーツガーデンを周っているということは、アロルは今日ゲシュテルンか」
「そうそう。今日こっちではリロゥだけがお店やってたんだけど、リロゥもさっき閉めてゲシュテルンに向かったよ」
 知らない名を聞いて距離を離そうとすると、シュティーフェルが解説した。アロルと呼ばれた男性は、岩の町ゲシュテルンでバーテンダーをしながら、スイーツガーデンにも店舗を構えているらしい。そして彼の妹リロゥはフルーツジュースのミクソロジストであるという。
「アロルのバーは良い。雰囲気もだし、何より……多くの情報が手に入る」
「時代を動かしてきたのはいつも地下のバーってね!」
 キャロムが言って、デイジは首を傾げた。
「酒が飲める年齢なのか……?」
「これでも20ですっ!」
「え、同い年か」
「うそお!?」
「……僕18。まあこの地方じゃ問題なく飲めるけどな」

 ぼんやりとしたネオンが輝く町ゲシュテルンで、アロルがバーテンダーを務めるバーは、より一層夜の活気を担っていた。
「Willkommen……って、シュティじゃないか。どうした、珍しくお連れさんまで」
 身長の高い青髪の青年(彼がアロルであろうということはデイジにも一目でわかった)に迎えられ、デイジは会釈した。シュティーフェルがカウンター席につくと、デイジを真ん中に、同じ色の髪をした少女が隣を陣取った。
「……リロゥ、か」
「知っててくれたの? 嬉しいな」
 レープでの仲間と彼の連れということで、他の従業員はアロルに気を遣い、テーブル席のオーダーを取りに行った。その様子を見て、アロルは感謝をジェスチャーで伝える。暫く他愛もない話をしていたが、先に切り出したのはアロルであった。
「それで、今日はなぜ? ただのオフには思えないんだけど」
「僕のアウレが危険を察知した。何か話はなかったか?」
 何かねぇ、とアロルは暫し黙考したが、思い当たる出来事があったようで表情を曇らせた。
「どんなことでもいいんだ」
「そう促されて話すには、そこそこ大事件ではあるかな。……本当に知らない? セイレーン出身の「歌姫」が何者かの襲撃を受けた、って」
「歌姫が!?」
 シュティーフェルは思わず立ち上がる。その様子を見て、リロゥも悲痛な面持ちだ。
 セイレーン。確か初日の旅籠は、ハーメルンとセイレーンの分かれ道付近に立地していたはずだ。海底の町で、大きな泡に覆われて存在するとのことで、訪れるには自らも泡の中に入り、ブラーゼシュピラーゼという流れに運んでもらう必要があるそうだ(その流れにのるにはこつが要るらしいが、砂地育ちのデイジは正直自信がない)。
 その町で、その美しい歌声と容姿から、人魚の歌姫として人気を集める少女――名はシレーヌということはアロルの補足で知ることができた。
「それで、彼女は今どこに?」
 その人物を知らないゆえに落ち着きを保てるデイジが、シュティーフェルの代わりに問うた。
「クランケンハオスにいて、とりあえず身は無事らしい。本人からのコメントはまだ何も……というのが、このバーの常連さんの最新情報さ」
 ピアノにもよく乗る声で、いつかライブに来てほしいと思ってるんだけど、とアロルは静かに言った。
「アウレ君の察知も気になるし、何かあったら情報を交換しよう」
「ああ、頼む」
「あのー、私さっきから気になってたんだけど!」
 話が一段落したところで、カウンター席の並びでは頭ひとつ低いリロゥが、挙手をして自身の存在を主張した。
「私、この前デイジさんにそっくりな女の人見かけたのね。髪はもう少し青みがかってたけど……赤茶色の目に、濃い色の肌の!」
「本当かそれは!?」
 今度はデイジが驚く番だったが、一度アロルが妹を制す。
「リロゥ、その話は……!」
「お兄ちゃん、残念でした! 今私がいるのは、カウンターのこちら側です。つまり「きゃく」の立場として、出会った人との話はしても良いということです!」
 その返答にアロルがこめかみを抑えたところを見ると、仕事中に出会った客のことだろう、とデイジは察した。
「ポニーテールのお姉ちゃんだったよ。金髪の女の子と、銀髪のお姉ちゃんと一緒だったかな……」
「妹さん、めちゃくちゃ漏らしてますけど大丈夫ですかお兄さん」
 言って、シュティーフェルはにやりとした。
「俺としては助かる。俺は同胞……砂の民に会いに来たんだからな」
「それでこんなところまで。それにしても、何がお前をそんなに動かすんだ?」
 シュティーフェルに問われ、デイジは目を伏せた。理由はいくらでもあった。アフカスの民への復讐。野蛮人だ未開人だと見下してきた外部の人間たちを見返すため。
 ……でも、今は。

「結局、俺たちは何者であるのかが知りたい。そのためには、……かつて砂の民の間で信じられていた伝説ポケモンへの信仰を復活させる必要があるんだ」
 
ブリオニアの話を練ろうの会(4) - 2018/12/10(Mon)
 旅籠で一泊し、ハーメルンを目指す道中、なだらかな丘陵地に単一の木が植えられた人工林が見えた。
 近づいて木を見上げると、茂る葉の間に橙色の大きな実がついている。木の実としてなっている状態を初めて見たが、これがチョコレートの原料、カカオであるとはデイジも知っていた。メルヒェン地方は古い様式の階級社会を残しているときいたから、嗜好品もあるだろうとは思っていたが、まさかカカオまで自国で生産していたとは予想外だ。
 そのまま歩みを進めると、どこからかけだるい声の労働歌が聞こえてきた。

 育て運んですりつぶし
 果たしてこいつら何処へ行く
 そんなの決まっているじゃろう
 あとから来よった貴族のもとへ
 貴族、貴族、貴族のもとへ!
 味も知らない黄金の実よ

 訛りのきつい語調だったが、少し聞き取るたびに、この地の庶民の生活というものが伝わってくるようだった。
 落ち葉を踏みしめる音で、その場に別の人がやってきたことがわかる。彼の歌は、どこか力強かった。

 まあまあそう気を落としなさんな
 今日のお客を知ってるかい
 シュティー、シュティー、シュティーフェルの旦那!
 なるだけ良い実を運ばねば

 その歌に元気づけられたらしく、落ち葉の音から察するに、労働者たちの足取りは軽くなったらしい。つまるところ、「シュティーフェルの旦那」と歌われた人物は、労働者たちの尊敬を集めているのだろう、とデイジは考察した。

 ハーメルンに着いた頃には、そんな歌のこともすっぽりと抜けてしまっていたのだが、町の住民の貧しい身なりや、憂さ晴らしに騒いでいる様子を見ると、彼らも労働者階級なのだろうとデイジは思った。
 商業さかえる迷宮街、確かにこの町のことを良く表現するならそうだろうな、とデイジは合点がいった。実際はホームレス小屋も多いし、ポケモンたちの目つきも悪かった。砂の民の住むクオンタウンも、サービス業などで食いつなぐ人が多いのだが、それでももう少し生き生きしている。
 それでも、町民の身なりがあまりよろしくないのは、デイジにとっても好都合だった。上半身は黒の半袖シャツのみだが、下半身の民族衣装は長年の旅でぼろぼろだ。この町では悪目立ちすることもない。相棒であるドンファンのパレードも目つきが良いとはいえないが、隣りで連れ歩いていてなんの違和感もない。
 ふと、青年とすれ違った。自分と同い年ぐらいか、あるいは少し下であろう緑髪の青年とデイジは互いを気にも留めなかったが、彼のポケモンは事情が違ったらしい。彼の後ろをついていた、二足歩行の青いポケモンは、ふさふさの尻尾を翻して振り返り、文字通り大地を揺らした。
「アウレ?」
 手持ちポケモンの異変に、トレーナーである緑髪の男も気がつく。低く思い音をデイジも察知し、ポケモンのほうを向いた。オスのニャオニクスだ。確かこのポケモンは−−危険を察知するとサイコパワーを放つ。
「パレード!」
 持ち上げられた耳の奥、その光の禍々しさを見て、デイジはとっさに指示もなく名前を呼んだ。それでもドンファンは察したらしく、ニャオニクスのサイコパワーを打ち消すように地ならしし、街路と小屋を守ろうとする。
 ニャオニクスが耳をしまうと、つぎは目をぎらりと光らせた。その目で見つめられたドンファンは硬直する。“黒い眼差し”だ。
「くっ……」
「お前、何をした」
 冷たい声で青年が詰め寄ってくる。そのままクランケンハオスに送ってやってもいいと脅される。こういう場面に出くわすことも少なくなかったデイジは、返事はせずに相手を観察する。よく見ると、この町の者にしてはやけに身なりが良い。黒のジャケットと緑のネクタイを着衣した姿は、なにかの制服であるようにも見える。
「ミャア」
 彼のパートナーである、アウレと呼ばれたニャオニクスが彼の腰をぽんぽん叩いた。青年が気づいたところで、ニャオニクスはドンファンを指す。ドンファンが守っていた街路は全く損傷がない。
「アウレ。別に原因があるのか?」
 ニャオニクスは頷き、デイジのもとに歩んで右手を差し出した。まるで人間が握手を求めるかのように。デイジは右手でニャオニクスの小さな手を握り、応えた。
「……見かけない顔だし、正直怪しいとも思うが、アウレの予知はよく当たる。つまりお前は、メルヒェンの危機に立ち向かう何かを持った人物なのだろう」
「俺が?」
 いきなり物語の冒頭部分のような言葉を吐かれ、デイジは思わず自分の胸を指した。トレーナーの素早い状況把握を見て、ニャオニクスは柔らかい眼差しでドンファンに触れる。戦闘は終了し、ドンファンはまた自由に動けるようになった。
「メルヒェンの危機、というのは?」
「そんなの僕だって知らねえ。ただ、近頃アウレの様子が落ち着かないのも確かだ」
 そこまで話したところで、路地裏から数人の労働者が歩いてきて、その緑髪の彼の存在に気がつく。
「あ、シュティーフェルの旦那! 来るとは聞いていました、今週分用意できてますよ」
「わかった。すぐに行こう」
 せっかくだしお前も来るか、と目配せを受け、デイジは迷いなく同行することにした。なんといっても、彼がカカオ畑の労働者の歌と同じ名で呼ばれたのだから。

 情報を得るなら仲間のバーで飲んでいくといい、とシュティーフェルに勧められ、二人は幌馬車に相乗りして北上した。荷台には、二人のほかに、簡単に加工されたカカオが大量に積まれている。聞けば、彼は「お菓子な街」レープクーヘンにチョコ専門店を持つショコラティエらしい。
「僕のチョコが不味いわけがない。彼らが丹精込めて育てたものだからな」
 一見傲慢にも聞こえる言葉だが、そう話すシュティーフェルの瞳はどこまでも真っ直ぐだった。瞳は同じ色をした荒野の地平線を映す。
「ハーメルンは僕が生まれた時から同じ。昔貴族がプランテーションを作りやがったせいで、カカオを育てて現金収入、他の食べ物も買って揃えて、少し余れば週末に憂さ晴らし。僕のチョコが高いとか抜かす奴は、一度適正価格ってもんを考えたほうがいい」
 きつい口調で話すが、しかしデイジには、彼も相当な苦労と葛藤を経験して、今の地位についているのだろうというのは察しがついた。他の事業者よりも高い価格で加工カカオを買う彼を、ハーメルンの労働者たちは尊敬し、信頼しているようだった。
 どの土地にも、独自に抱く苦がある。矛盾があり、それと戦う者がいる。そして、それと戦うために必要なものは。
「ハーメルンの男たちは、これがチョコレートになるってこと知ってんのか?」
「知らないだろうな。知るすべもないのだから」
 
ブリオニアの話を練ろうの会(6) - 2018/12/11(Tue)
 その日はゲシュテルンで一泊し、翌朝シュティーフェルと別れることになった。
「今日は店があるんでな。砂塵の町ヒッツェサンドを見るなら、道なりに進んだらいい」
「色々助かった。またレープクーヘンに行くことがあれば、その時はチョコを頂きたい」
「文句言わずに定価で買えよ。ショコラティエの腕と材料が良いんだからな。……それと。アウレ」
 言われて、ニャオニクスのアウレはドンファンのパレードのもとに歩み寄った。アウレが両手を差し出すと、それにおさまるようにパレードは鼻を持ち上げる。
「……“手助け”。サイコパワーを込めている。まあ、何かがあった時のお守りのようなものだ」
 お守り。と聞いて、それまでのデイジなら躊躇したことだろう。何せ異教のものは信じないようにしている。しかし今日ばかりはデイジも態度を軟化させる。
「ダンケ。バトルには自信がある。メルヒェンに何かあるようなら、俺も戦おう」
 相手の目を見て、シュティーフェルと握手する。この文化圏特有の、強い握り方だった。

 温暖な地だから飛びやすいだろう、と判断し、デイジはファイアローに乗ってヒッツェサンドに向かう。昨晩アロルに貰ったタウンマップを見ながらファイアローに指示をする。今も野生ポケモンであるとのアイデンティティを残しながらも、ファイアローはデイジの指示によく従った。
 デイジは今までに訪れた町を指で辿る。シフシュロス、ハーメルン、レープクーヘン、ゲシュテルン。東へ歩み、幌馬車で北上して、南下する道から分岐する町で飲み、今再び南下をしている。おおよそ菱形を描けそうな旅路だ。
 ヒッツェとシフシュロスを隔てる内海に、「歌姫」シレーヌの出身地、セイレーンがあった。そこを見ながら、デイジはあることに気がつく。
「何か生き物を模している?」
 雲や砂の隆起が何か別のものを描いているように見える現象。それをデイジはメルヒェンの地形に見出した。
 もう少し遠くから見ようと、腕を伸ばして地図を離すと、飛んでいるのもあってバランスを崩してしまう。慌ててデイジは姿勢を戻すが、メルヒェン全土が竜のような生き物に見えるのは、その一瞬でも察知できた。
(アフカスの民の伝説……)
 それは知る気もなかった敵性部族の伝説だが、大統一時代にプロパガンダとして流れまくった話であるから、デイジも知っていた。曰く「アフカスの伝説」は、サクハ地方の地形変化から生まれた伝説らしい。

 サクハの上空に伝説のポケモン・アフカスが現れた時、デイジもその姿をしっかりと見つめていた。左腕を失ったその姿は、まさにサクハの地形変化から生まれた信仰に結びついていた。他民族や移民との争いはあれど、古代から今まで、アフカスの民の居住地として保たれている地が、ダイロウシティ、エントやま、古代の左腕を中心とする、山や谷の多い険しい地だ。しかし、この地に文明が伝わった時期は、この土地はサクハ西部の、現在「クダイチューブ」と呼ばれる抜け道が通った場所のように、切り立った崖と平地のみの土地であったという。
 アカガネ山を中心に、西に一本、東に一本、切り立った崖が通る地形。これが古のサクハの地形だ。アフカスの民の原型となった人々は、それぞれの崖を多神教の神々で飾った。その様子は西のクダイチューブ周辺で今も確認ができる。
 しかし、東側の崖は長い気候の不安定状態と集中豪雨により流出してしまい、これを人々は自分たちの争いのせいであると解釈をした。しかし、その後稲作が伝わったときに、山の多いこの地形では灌漑を引くこともでき、食糧生産に適しているということがわかったのだ。−−中世の争いで砂の民がアフカスの民に負けたのは、アフカスの民のほうが食糧生産の技術が勝っていたからだろう、と、ここに来る前にヒカミが持論を語っていた。
 ここに、人々が「長く不安定な気候をもたらす存在」と、その地理的な変化から「自らの左腕を犠牲に、土地に恵みを与えた存在」を見出し、片腕ポケモンのアフカス、火山ポケモンのケルドーン、氷山ポケモンのイズラーグの信仰が広く受け入れられた。そのポケモンたちへの豊作を祈る祭祀を整備した人たちが、のち王族となり、古アフカス朝としてはじめて王朝の形をとったのだという。

 そこまで思い出したところで、ファイアローは既にかなり高度を下げていた。眼下には砂漠が広がっている。
 デイジはファイアローから降りて、砂漠を踏みしめる。懐かしい感覚だ。なんとなく嬉しくもある。
 そのまま歩み出す。旅に出ていてもデイジの靴は常に砂地に強いものを買っていたし、ボールから出たドンファンのパレードとギガイアスは、ここがホームとばかりに闊歩する。周りにいたサボネアたちが、デイジたちの歩みをただただ眺めている。とくに敵意は感じていないらしい。
 少し歩けば、オアシスの町があった。看板を見ると「Hitze」……ここが砂塵の町、ヒッツェサンドで間違いないようだ。
 オアシス都市というだけあって、規模は小さかった。住民の肌の色が濃い者もいたが、多くはキャロムと同じぐらいの色素の薄さで、砂の民の影響はあまり見られない。砂よけの布の巻き方も、どちらかというと中東の影響が濃いように思えた。
「湖面が気になるの?」
 ただ透き通った湖面を眺めていただけなのだが、そばに居た少年に話しかけられた。彼も色素は薄くメルヒェン風だ。
「この下には、この辺りをこんなにしちゃった火山……グルートブルカーンがが眠ってるんだって。もう悪さはしないように、ここの砂に懲らしめられたって聞いたけど、ほんとかな。灰の影響があるから、グリュートヴューステには出ちゃいけないって言われてるんだけど、なんかおかしくないかなって」
 グルートブルカーン。エイ語風に発音すればグレイトボルケーノであろうか。グリュートヴューステも、そのまま砂漠のデザートであろう。この旅路で、デイジは独語にもかなり慣れつつあった。
 理解できるようになると疑問も増える。「悪さはしないように懲らしめられた」というのは、周りの砂を吹き上げて埋もれ、休火山となったことに対する、砂と火山を神格化した信仰のようにも思えた。先程のタウンマップを思い出す。地形変化のあった土地にはそういった信仰はつきものだ。
 しかし、今のメルヒェンには、古い信仰はほとんど見られない。今の少年の言葉選びを考えると、その「尻尾」は残っているように思えるのだが−−
「グリュートヴューステの砂祭りに行ったことは?」
「ないんだな、それが。もっとこのヤジロンと強くなって、自分で身を守れるようになったら見に行きたいなって思ってる。今は、写真集で見るのが毎年の楽しみ!」
「写真集……あるのか」
「うん。ブランシュの大きな図書館なら、毎年のぶんがあるんじゃないかな?」
 
おんぼろ商人さん(2) - 2018/12/12(Wed)
 カキツバタウンの砂の民居留地は、クオンタウン(ヒカミはクオン遺跡として認識しているが、参与観察中は彼らの呼び方に倣うことにしている)に比べとても整然としていた。
 いかにも行政が建てましたと言わんばかりの白い簡素な低層マンションのベランダを見ると、現代風の衣類が風に揺れている。海の近くであるから部屋干しの家も多く、揺れる様子はまばらだ。
「まあそうなるよねー」
 ツキはぼんやり呟いた。サクハの「統一」がなされ、カキツバタウンへの移住政策が始まって十年。こちら側に移ってきた住民の殆どは、数年でもとの生活習慣や民族衣装を手放してしまった。ツキ曰く、移住に同意した者は、元来サービス業などでヒウメやカゲミに通勤していた人が多いため、致し方がないという。
「あんまりややこしいことにならないといいけどねえ。ボク、争いごときらーい」
「とか言って、いざとなったら色々動くんでしょ」
「砂の民同士は嫌だよ」
 この町でツキといると、手を振ってもらえたり、会釈されたりする。カキツバに移住した第一世代は、今も文化を保ちクオンで育った作物を売りに来るツキを尊敬しているように思える。
 しかしこれからはどうなるだろうか。世代交代をしても、ここに移住した砂の民の末裔たちは、クオンタウンの同胞たちをよしとするだろうか?
「まあまあ、考えこまないで。参与観察なんでしょ、なりきらないとね。カキツバの楽しみはこれだけじゃないんだしい」
「カキツバの楽しみ?」

 その日の仕事を終え、食卓に並べた料理を見て、ツキは目を輝かせる。
「シェル! 大好きなシェル!」
 それはカキツバタウンの浜でとれたシェルだった。そして魚介類を好むツキにとって、砂の民の一部がカキツバタウンに移住した際の一番のメリットである。
「まあ、三分の一くらいはハンちゃんが飲んだ潮水の中にあったんだけどね」
 ハンちゃんとは、ツキが海に放し飼いにしているホエルオーだ。時たまボールに入ることもあるらしく、名実ともにツキのポケモンだ。そのハンちゃんが飲み込んでいた貝……ということはそういうことなのだが、今この場にそれを気にする者はいない。
「あとは仲間から買ったやつ。リタイア後に漁業始めた人も多いからね。なんだろうなー血がそうさせるのかなー」
 今晩はヒカミの作った海藻サラダも一緒だった。カキツバから仕入れたということで、クオンの砂の民何人かとともに食卓を囲む。
 血がそうさせる。ツキが言った。確かに、今こそ砂の民は内陸部の砂地クオンタウン暮らしだが、アフカスの民との争いに負けるまでは、今のリンドウやヒウメといった浜側を拠点としており、当時の地層からは貝製の食器や釣り針が多く出土している。
 きれいに平らげたところで、ツキは貝殻の内側を見て言った。
「みんなー、せっかくだし、これで飾り作ってみない?」
 一同は驚いた。ヒカミも例外ではない。歴史上、砂の民がクオンに追いやられた時点で、貝での工芸品製作は途絶えてしまっている。
「ヒカミがボクたちの参与観察をするならば、ボクはご先祖様の参与観察をします。面白そうだよねー、リエ……」
「やるやる!」
「私もまぜてー!」
 ツキがいつものようにパッチールのリエちゃんに同意を求めようとすると、彼のゆったりした口調に元気な子供たちの声が重なった。二人ともシンプルな服装であるが、配色には砂の民の特色を残している。
「よし、決まったね。ご先祖様と一緒に作るよ」
「やったー!」
 食器をざっと洗い、貝殻もきれいにしたところで、ツキと子供たちは作業台に移った。
「ところで……作り方はどうやって調べるの?」
 ヒカミの問いに、ツキはぴかぴかした端末を出して言った。
「インターネットだよお」
 こういうものは、むしろこういう集団のほうが普及率が高かったりする。
 

[前の10件表示]  [掃溜]   [次の10件表示]


- Tor News v1.43 -