グローマの話を練ろうの会(3)
- 2018/11/04(Sun)
僕は信じていたんだ。
カミヨリの民と移民の混血である彼女なら、何かを変えてくれるのだと。
グローマの住むシダオリタウンには、初心者トレーナーにポケモンをくれる博士がいた。本当の名前はフランというが、彼を知る者からは嫌われ博士と呼ばれている。その呼び名のせいで、コクリンのジム巡りのためには彼のもとを訪れなければならない義務があるというのに、それに踏み出せない少年少女もいるという。実際グローマもそのひとりで、只ジム巡りはしていなかったのでポケモンはある程度育っていた。ネッコアラ、メグロコ、ガルーラ、サニーゴ。いずれもコクリン地方ではよく見かける種族だ。
「いよいよ訪れなければいけないらしい」
「それで俺も一緒ってことか」
隣でデイジが言った。彼もジムに挑む機会があるかもしれないからとグローマが誘っていた。もちろんそれは口実で、本当は一人で博士に会うのが怖いからなのだが。
腹をくくって、研究所の庭に足を踏み入れた−−そのとき。
「彼」が研究所から出てきた。
一度も会ったことはなかったが、メディアを通してグローマは知っていた。いや、それ以前に、彼が纏う圧倒的なオーラでわかる。
「ミズチ様」
口を衝いて出た名に、隣りに立っていたデイジが動揺するのが伝わった。そうだ。夜明けの空のような髪に赤みのない褐色肌、そして傍らには色違いのサーナイト。彼こそが、コクリン地方のチャンピオン、ミズチその人である。
「知ってくれていたのか」
聞こえていたのか、ミズチはそう答えた。
「見たところ、二人とも初心者トレーナーではないようだけど。……そしてカミヨリの民でもなさそうだね」
「私はグローマといいます。私は祖先が移民ですが、コクリンの者です。そんな立場ながら、ミズチ様のお陰で孤独を感じずに生きられています」
「そう、それは良かった。移民の人にそう感じてもらえるのが一番重要なんだ。移民だってコクリン人だ。古い信仰なんて、コクリンの人やポケモンの共存に必要のないものだ」
「……本当にそうでしょうか」
低い声でデイジが言った。
チャンピオンの言葉にグローマは感激すら覚えたが、隣りにいたデイジにとっては違ったようだ。
「私はデイジ。サクハ地方の砂の民です。雰囲気でわかるかもしれませんが、グローマの祖先も同じく砂の民です。先程ミズチさんは古い信仰は必要が無いと仰いましたが、私の民はまさにその古い信仰を失い、自分たちが何者であるのか遡れない状態なのです。そして、信仰を取り戻すため、こうして世界各地に散った砂の民を探しています」
デイジの冷静な言葉選びは、グローマの心にもすとんと落ちてくるものだった。
古い信仰がなければ自分のルーツは辿れない。確かにそうだ。だって今までのデイジとの話は全てそれだったではないか。
そもそも僕は、なぜサクハに帰っても良いと思ったんだ?
アイデンティティの確立? 信仰をもつカミヨリの民への憧れ? 何かに帰属したい思い?
「……そう。考えが合わないのは残念だね。それでも僕は、推し進めなければならない。今、混沌たるこの地方が求めているのは、圧倒的なカリスマなんだ」
ミズチが合図をすると、サーナイトは一歩前に出た。その姿は中性的で、しなやかでもあり、勇ましくもある。
「パレード」
デイジもドンファンのパレードを出した。昔からの、一番頼れる相棒だとデイジは話していた。
さすがに庭先でのバトルは良くないと判断したのか、お互い技を出しながら門の外へと移動する。二人とも冷静に、ただ心の内では燃えるように、自分の意志を貫いている。
お互いそこそこ体力が削れてきたところで、デイジに話しかけられた。
「お前はどちらにつくんだ」
「えっ」
「信仰を壊すのか。信仰を守るのか」
同じ赤茶色の目なのに、彼の視線は刺すようだった。こんな強い意志を宿った目は自分にはできないと、グローマは瞬時に悟った。
「僕は……」
その時に結果は出ず、二人ともに敵対する形でガルーラを出した。
結果は惨敗だった。最後に繰り出して体力もあったはずなのに、真っ先に倒され、ついでデイジのパレードが倒された。
「ふう……さすがチャンピオン。嘲る座ミズチはこうでないとね」
ミズチは嘲る座を自称した。嘲るとは言うが、この地方には圧倒的なカリスマが必要というミズチの言葉自体は間違っていない。
「戦っていて思い出した。君のこと、アドが話してたよ」
ミズチはサーナイトの毛並みを大切そうに整えながら言った。幼馴染の名前を出され、グローマの肩がすくむ。
「彼女はよく頑張ってくれている。出自が出自なのに、前向きにね」
いつの間にか研究所から出てきていたフラン博士に、あとはよろしく、と言って、彼はドンカラスに乗って飛び去って行った。
グローマの話を練ろうの会(5)
- 2018/11/05(Mon)
なんとなく自分に重なる。
本当は砂地に帰った時のことを考えて、そんな場所でも生活しやすいであろう炎タイプのメラチラを選ぶつもりだった。しかし、水タイプのシュプワンに決めたのは、博士がこの種をボトルシップポケモンと解説したからだ。
実兄のように慕ったカクタという男に会いにホウエン地方へ行ったとき、海の家で休暇を楽しむ船乗りたちが興じていたのがボトルシップ作りだった。きけば、ボトルシップは元来船の積み荷の残りで作られたものだという。
船の積み荷。
デイジはもともと、砂の民として力を蓄え、故郷たるサクハ地方クオン遺跡に自部族の伝統を復活させることを目的に旅に出た。長い時間をともに過ごした、友人のトリカと情報を共有しながら。
それが――ミタマ地方でサミナと出会い、フウ、クラウ、アリスらミタマ地方のジムリーダーと戦い、ここコクリン地方では砂の民グローマと砂の民以前の信仰で心を通わせ、ミズチやフラン博士の思想に触れ、今は隣にシュプワンがいる。
知らず知らずのうち、与えられたものも多かった。ボトルシップポケモンと聞いた時、自分の旅路もそういうものに例えられるのではないかと思ったのだ。
ふと、湖が見えた。黙って歩いていたシュプワンは目を輝かせ、行っても良いかと訊くようにデイジを振り返った。デイジは歩みを早めて肯定する。
大都会カネナリシティに程近い湖でありながら、空の色と森の色を映しだしたようなエメラルド色の湖だった。
そよ風がデイジの腰布を揺らす。シュプワンのボトルシップを模した尻尾がからから鳴る。不意に訪れた、何もかも忘れて自然に身を預けられる時間。
しかしデイジは思い出す。グローマに手持ちのポケモンについて訊いたとき、サニーゴとはカネナリシティの北東部に広がるサンゴ礁で出会ったのだと。
人工衛星からも捉えられるほどの広大なサンゴ礁地帯は、元来コクリンの住民が自然を大切にしてきたことの表れだろう、とデイジは考えていた。サクハ地方では、移民が流入し発展した代償として、光公害などの人災に悩まされた街もある。デイジは砂の民の居住地を奪い肥沃な土地を支配し続けたアフカスの民を嫌い、彼らの住処に移民が植民することを是と思っていたが、それにしても自然が失われることは悲しく思う。
グローマの話では、成人したカミヨリの民は要らないと判断したものを捨てる儀式があるという。その時はそうでも、その後の人生において持たざる生活をするのだから、過度に自然が破壊されることがなかったのではないか。
ミズチは改革を急ぐ人間であったが、彼らカミヨリの民の、自然と共生する精神は、どうか継承されてほしいものだと、デイジは静かに思った。
夕刻にたどり着いたカネナリシティは、輝きをたたえた都市だった。
移民中心の街というだけあって栄えている。カジノや劇場のネオンサインが煌々と輝いており、いつか人工衛星が撮影した世界地図でのコクリンは、東海岸のみ輪郭が光で浮かんでいたことを思い出す。
「もうすぐっ! オウルのステージ始まるよ!」
「行かなきゃ!」
目の前を着飾った少女たちが駆けていく。鞄にはラッキーやオオタチのストラップや缶バッジの他に、オウルと書かれたロゴマークの添えられた青年の写真入りグッズがつけられている。その様子からデイジもなんとなく察する。アイドルという文化はサクハ地方にはないが、ホウエン地方にいた頃はよく見かけていた。
「はーい! 今夜もフリーライブに来てくれてありがとー! 最後までめいっぱい楽しんでいってねー!」
銀髪に赤い目の、なんとなく砂の民の特徴に似ているものの白い肌に整った顔立ちの青年――彼こそがオウルだろう――が煽ると、女性ファンの黄色い歓声はもちろんのこと、男性や年配者からも声が上がる。中には強いポケモンを連れた層もあり、何かあるのかとデイジは見物することにした。
進むノーマライゼーション
それでも貫けマイミッション
キミと僕とで恋愛しよう
気持ち伝わればナイトショー
マイミッション! ナイトショー! とファンはコールする。どうやら変革するコクリンで普通に生きる男女のラブソングであるらしい。
オウルのダンスもステージを存分に使ってのものだったが、一緒に踊るオオタチとラッキーも軽快なリズムに乗っていた。ファンも熱を上げ、それで更にオウルが煽り、周囲は一体化していく。気づけばデイジも、知らない曲ながら片手を挙げてリズムを取るぐらいのことはしていた。
「ありがとーうっ! というわけで、ここから本番……ってみんなもいるだろうね?」
オウルがマイクを向けると、うおおおと野太い声が多く拾われた。これから何があるのかと、デイジは注目を続ける。
「オウルのジムバトルタイム!」
言うと照明が切り替わり、スタッフらしき人物がオオタチとラッキーに水筒を渡した。
「なっ……」
ジムリーダーだったのか、とデイジは思わず口にしてしまった。隣で見ていたファンらしき女性がデイジに解説する。
「あら、あなたは初めて? オウルはコクリン地方のアイドルで、ジムリーダーでもあるの。コクリンはリーグが発足したばかりでまだまだ挑戦者が少ないから、売れてからもこうしてフリーライブと公開ジムバトルを定期的にやって、宣伝してるのよ」
お陰でジム挑戦トレーナー率が最も高いのがこの街の誇り、と彼女は結んだ。
「今日の挑戦者はー、そうだなー、うーん、もっと高く手ぇ挙げてー」
トレーナーたちが手を挙げる中、す、とデイジも挙手した。
「あ、じゃあ君にしようかな! そこの君、なんか俺に似てない?」
指名され、デイジは驚いた。似てるなんてー、という野次も聞こえたが、スタッフに促されデイジがステージに立つと、それは色素のことだと観衆は納得の声をあげた。
ステージはバトルにも耐えるつくりのもので、マッピング技術によりラインが定められていた。
「それじゃ、出身地と名前を」
「サクハ地方、クオン遺跡の砂の民、デイジ」
自分が誇りにしているからと、デイジは一切省略せず名乗った。
「えーっサクハ地方? 俺友達いるよ、イゲタニシティのラナン! それにそのチャーム、ミタマ地方のジムのだよね? しかもフウ……これも友達のとこじゃん! うわー偶然」
「挑戦者ー!」
「挑戦者頑張れー」
オウルがトークを進めると、デイジにも応援のコールがつく。
「ちょっとちょっと俺のファンはー?」
「オウルー!」
「オウルくーん!」
「そうそう」
そこでデイジは納得した。青年アイドルでありながら様々な層の観衆がいるのは、バトルファンが混じっているからだ。中には「挑戦者」と書かれた旗を振っている者もいるから、いつも挑戦者を応援するグループもあるのだろう。
「使用ポケモンは二体。ルール違反はペナルティ有り。まあデイジ……君なら大丈夫そうだね。それじゃ、楽しんでいこうか」
グローマの話を練ろうの会(4)
- 2018/11/05(Mon)
まあ確かに好かれはしないだろう、というのがグローマとデイジの率直な印象だった。フラン博士は必要最低限のことしか話さないし、愛想というものがない。
コクリン地方で旅の意志を示した人間に渡されるダンレオ、メラチラ、シュプワン。デイジはなんとなく自分に重なるという理由で迷わずシュプワンを選んだが、グローマはしばし迷ってしまった。
「なんでよりによって三択なんだ?」
「決断力ないのかよお前は」
デイジの言葉に心外だと思うが、確かに今のグローマの心には迷いがあった。
ミズチの考えは絶対的だと思っていた。そのお陰で自分もコクリンで過ごせているのだと。それが、デイジの言葉を聞いて、自分のルーツを辿れなくなってしまう、ということに恐怖を感じている。
僕って一体何者なんだ?
「おれには考えをひとつにする気は無い」
フラン博士がぽつりと呟き、グローマは顔を上げた。
彼は研究者であり、シダオリタウンの開拓者でもある。無愛想で嫌われ博士と呼ばれていても、それなりに過酷な日々を送ってきたことはグローマにも想像できた。
「とくに初心者トレーナーに何かを押し付ける気も無い。自分で思考することだな。……ただし」
「ただし?」
「外でやってくれないか」
あの嫌われ博士が! と、グローマは伝聞で知ったあだ名を庭先で放ち、デイジにたしなめられた。
「しかし面白いな。瞑想の時はグローマのほうが落ち着いてるのに、今は立場が逆転……」
「うっさい」
デイジに返事しながらも、ああそうか、とグローマは思い直した。その場であぐらをかく。グローマのしたいことを察したのか、デイジは場を離れた。
「メグロコ。一番最近捕まえたのが君だったね。君の後輩ができる。付き合ってくれないか」
ボールから出てきたメグロコは、喜んで応じ、場に伏せた。
ともに目を閉じて、そのまま数分。一度めちゃくちゃになった思考を整理して、自分を外から眺めるように。
ふと、アドのことを思い出した。
やり残したこととは、幼馴染のアドにジムリーダーと挑戦者としての戦いを挑み、勝つことであるとデイジにも話した。
それは、カミヨリの民と移民との子という立場を捨てて、よりによって一番保守的なカミヨリシティのジムリーダーに就いた彼女に、いわば復讐するため。バトルをもって、自分の考えが正しいのだと示すため。
しかし、今はそれができない。たった数日の出来事で、これほどまでに自分の世界が転じてしまっていたのかとグローマは驚いた。呼吸を整えて、自身の深淵に触れ続ける。
ミズチは圧倒的な強さを見せたあと、アドはよく頑張っていると話していた。伝統をなくす立場のミズチがそのような評価を下すぐらいだから、アドは本当によくやっているのだろう。
その過程で、カミヨリの民と移民の混血であることに悩んだこともあるだろう。逆に武器としたこともあるかもしれない。
「……僕は何も知らなかったんだ」
グローマが呟くと、メグロコはグローマを見上げようとして、すぐにやめた。心拍数が上がっている状態で、瞑想をやめるわけにはいかないと、メグロコには教えてある。
旅の理由はもはや復讐ではない。ただ、トレーナーとして、長らく連絡をとっていない幼馴染に会いに行こう。上手く話せなくたって、ポケモンたちがいるのだから、ルールにのっとって試合をすればいい。それで、たとえ二人の間に時と立場による溝があったとしても、フィールドの上ではトレーナー同士であることができる。
ならば、そのフィールドにともに立つのは。
グローマは瞼を開いた。その両眼にまず焼き付いたのは−−あるポケモンの手招きの動作だった。
「……招き猫ポケモン、ダンレオ」
その名を呼ぶと、ダンレオはにゃあ、と鳴いた。
左脚を挙げる場合は「人」を招いているのだと、確かそういう話があったような。ああ、また不確実な言い伝えとやらに左右されなければならないのか。
しかし、そのダンレオの笑顔を前に、そんな思いは吹き飛んでしまった。
「僕と行ってくれるかい」
情けなくも声は震えていたが、ダンレオは力強く応えてくれた。
メグロコが砂の中から身を起こし、よたよた前脚を挙げる。どうやらダンレオの真似をしているらしい。先輩とはいえまだまだ幼いが、今のグローマにとっては、これから吸収できるものが多いほうがいい。
「よし、決まりだ。博士に挨拶しよう」
博士への挨拶をすませ、正式にダンレオはグローマの、シュプワンはデイジの手持ちになった。
これからデイジは北のカネナリシティに、グローマは南のカミヨリタウンに進むこととなる。
「ところでデイジ、お願いがあるんだ。僕とダンレオとバトルしてくれ」
なんだその新人トレーナーみたいなの、とデイジは返したが、シュプワンとともにバトルの準備をしてくれた。
結局、二人とも憧れていたのだ。
「容赦なくいくぞ」
「僕だって!」
開拓によって蘇った町、シダオリタウンに、二人の中堅トレーナーと二匹の子供ポケモンの声が響く。
夜ながら、熱気に包まれていた。
グローマの話を練ろうの会(6)
- 2018/11/09(Fri)
オウルの一番手はオオタチだった。先程おいしい水を飲み干し、ダンス後だというのに涼しい表情をしている。
迎え撃つはデイジのシュプワン。仲間になったばかりでまだフットワークに懸念が残るが、やはりコクリンを代表するポケモンであるからか、見物客からわっと歓声があがった。
「道中で経験値はそこそこ積めた。びびんじゃねえぞ」
「バウッ!」
シュプワンは勇ましく吠えた。
「早速いこうか。とぐろを巻く」
「アクアリング」
互いに準備を整える。オオタチはわだかまり、攻撃力と防御力と命中率を上げる。となると、シュプワンは特殊攻撃である水の波動を中心に落とす戦法をとることとなる……が。とデイジは考え直した。
「アクアジェットで間合いを詰めろ。そして……」
広いとはいえない舞台の上を水の噴射でかっとばす。何度も練習した戦法だ。
「怖い顔」
威力を保ったまま表情を凄め、ぶつかる。防御力を上げていたオオタチにはたいしたダメージにはならないが、その後の動きが鈍くなったことはデイジにもはっきり見て取れた。しかしオウルは余裕の表情だ。
「そちらから間合いを詰めてくれるなんて。こっちもやらなきゃね、叩き付ける」
オオタチは前足でシュプワンの尻尾をつかみ、そのままシュプワンの小さな身体を舞台に叩き付けた。いいぞー、と声があがる。
「シュプワン!」
突然のことに受け身もとれなかったシュプワンは呼吸を荒げるが、アクアリングの癒しの効果もあってどうにか持ちこたえた。
「水の波動」
至近距離でその技を放つ。その技の効果を知る観客たちは、敢えて視線をそらした。こんなネオンの輝く夜、迂闊に視界に入れでもすれば目が白黒するのは避けられない。
オオタチは一旦距離をとる。これで乱戦状態は終わりだ。次で決まる、観客も、オウルも、デイジも、皆そう思った。
「アクアジェット」
その技に、オオタチもすぐに反応した。素早さの落ちているオオタチになら余裕で決まる、とデイジはたかをくくっていた。しかし、指示のあと、場に倒れているのはシュプワンのほうであった。
「シュプワン……」
「はあ……不意打ち。この技があってよかった」
「そうか……」
迂闊だった。攻撃技を指示していれば必ず先制できる技、不意打ち。デイジも一本とられた思いだった。
「シュプワン、練習した戦法は決まった。よくやったよ。あとはあいつに任せとけ」
デイジはシュプワンをボールに戻し、すぐに一番取りやすい位置のボールを取った。
「いくぞ……パレード!」
長年の相棒、ドンファンのパレードが舞台に降り立つと、地響きが上がる。強度としては大丈夫そうだ、とデイジは確信した。
「転がる」
パレードはすぐ体勢を変え、オオタチに身一つでぶつかった。まだ勢いは弱かったがオオタチは吹っ飛び、その身を追うようにもう一発。オオタチは舞台の上で伸びてしまった。
「オオタチ、お疲れ様。そのドンファン……エースとみた。熱くなってきたねえ皆ァ!」
おおー、と歓声がかえってくる。こんな時でもファンやバトル愛好者とのコールアンドレスポンスを忘れない。キャリアの割に肝の据わった人物であると、デイジにもわかった。
「踊ろう、ラッキー!」
それに、ノーマルタイプでも特に厄介なラッキーときた。本気で挑まねば勝てない。
「パレード、勢いのままいけ!」
「そうはさせない、小さくなる!」
三発目がラッキーにぶつかるかと思いきや、ラッキーは少しだけ身を縮めてその攻撃を避けた。
「げっ」
「ラッキーの戦法、知ってるでしょ。こちらも容赦しないさ」
それから、おおよそ十五分が経過した。ラッキーが相手ということでデイジも覚悟してきたが、あと少しのところで転がるを避けられ、タマゴうみで回復され。しかしラッキーもドンファンを落とすには攻撃力が足りず。
「集中力は切れてきたかい?」
「……見せられるバトルじゃねえだろ、こんなん」
しかし観客は慣れっこなようで、ほとんどが場を去ることなく戦況を見守っている。常にラッキーの戦い方を見ているからこうなるのだろう。
「決めるぞ」
デイジはパレードに耳打ちした。
「地ならし」
パレードは舞台をゆっさゆっさと揺らす。小さくなったラッキーはぱたぱたと足を動かして威力を減らそうとするが、それでも足下がもたついてしまう。
「やっぱり俺たちにはこれしかねえ!」
パレードは再び、転がる体制に入る。
「それは効かないって……え?」
一発目は見事ラッキーをとらえた。先程より明らかにコントロールが良くなっている。
「こちとら旋回が効きにくい砂地で戦ってきたんだ! こんな場所で負けるか」
気迫もたっぷりにデイジが宣言した。観衆も期待のまなざしを向ける。
「ここで当てなきゃ砂の民のポケモンじゃねえー!」
果たして、パレードはデイジの声に応えた。勢いを増し、その素早さで確実にラッキーをとらえる。
ラッキーはもとの大きさに戻り、目を回した。戦闘不能だ。
「ラッキー! なんで……」
「……地ならし。あれで少しだけ、場を傾けておいた。あとはラッキーを低い場所に誘導していけばいいだけ」
「気づかなかった。ともかく、俺の負けだ。受け取ってくれ」
オウルの手から、デイジに勝利の証、ノーブルバッジが手渡される。それで、今まで見守っていてくれた観衆も、デイジに声をかける。
「いいバトルだったぞー」
「私、バトルなんて全然わからないんだけど、なんか今日のは熱かった! またカネナリ来てねー」
デイジはパレードとともに呆然とした。これまでは、使命のため、民のためのバトルだった。勝つことに何より拘り、日々研鑽を積んでいた。
それが今、誰かを楽しませられているのか、こんなに暖かい言葉をかけてもらえるのか、と。
思いを言葉にできなかったデイジは、貰ったノーブルバッジを掲げて声に応えた。カネナリの、ある夜の話であった。
グローマの話を練ろうの会(7)
- 2018/11/11(Sun)
コクリンのディープ・サウス、カミヨリタウンを目指して、グローマは海岸沿いの道を進んでいた。
少しずつ木々も増え、ダンレオは興味本位に立ち止まったり、走り出したりする。グローマは一定のリズムで歩くほうが好きなのだが、そんな二者の間をメグロコが上手くとりもっていた。
とことことダンレオがグローマの足下に寄ってきて、にゃあと鳴く。グローマはダンレオが示す草地を見た。グローマもよくポケモン治療に用いる、背の高い薬草だ。
「それじゃダンレオ、できるだけ際際を狙って。はっぱカッター」
「にゃお!」
ダンレオのはっぱカッターは、旅立った直後よりわずかに威力を増していた。コントロールも良くなっており、薬草はまとまって倒れた。
「これでまた薬が作れるな……ん?」
次はメグロコがグローマに近づいていた。メグロコの示す先にはロメの実がなっている。
「全く、よく見つけるなぁー。メグロコ、かみつく!」
メグロコはそのアゴでロメの実の根本を食いちぎる。一度で噛みきれなかったが、メグロコは連続で噛み付いた。
「……ん? 噛み砕くを覚えたのかな」
メグロコは落下したロメの実を硬い背中でキャッチし、ダンレオに向かってしたり顔をした。どうもダンレオとは張り合いたくなるらしい。
「まあ……メグロコとも付き合い長いしね」
グローマは遠い昔に思いを馳せる。まだ、アドとよく遊んでいた頃から、メグロコはグローマのそばにいた。砂遊びや泥遊びを一緒にして、日が沈んで、また日が昇って。
あの日々は永遠ではなかった。しかし、メグロコは成長を続けている。
ロメの実をきれいに割って、ポケモンたちとみんなで休憩。これから別れた幼馴染に会うにしては、幾分か平和な光景だった。
カミヨリタウンでは、稀有なものを見るような目を感じずにはいられなかった。
それもそのはず、コクリン地方中で最もカミヨリの民が多い町なのだ。肌の色は目立たないが、グローマの薄い灰色の髪はどうしても視線を集めてしまう。
それでも、ダンレオが堂々と歩いているから、グローマもそれに従った。ダンレオはコクリンの固有種、伝統の支配する町でも我が物顔だ。
木々の茂る小道を進んでいくと、カミヨリタウンのジムがあった。それまでの伝統建築とは異なり、アカデミックな雰囲気をもつ白壁の新築である。
「……アド」
無意識のうちに、グローマは呟いていた。このドアの向こうにアドがいる。止まった――否、グローマが止めることを選んだ時間を、今また自らの手によって、動かそうとしている。
果たして目新しい扉は開き、視線の先には幼馴染がいた。数年会っていないが、夕焼けのような髪とそこに浮かぶ陽のような瞳が変わっていない。
三つ歳下であるから、いつまでも子供だと思っていたが、そこに立っているアドは、いくらか大人びており、伸びた髪をおさげにしていた。ここに立つのは幼馴染の少女であり、ジムリーダーのアドでもある。
「シダオリタウンのグローマ。フラン博士からポケモンを譲られたトレーナーとして、ジムリーダー、アドに挑みます」
そう宣言した時の、アドのかすかな動揺を、グローマは見逃さなかった。アドのジムリーダー就任が決まり、後味の悪い別れ方をしてから、いつか来るのかもしれないと確信していたのがこの日だ。
逃げてはならない。目を逸らしてはならない。
「よく来たね。私はアド。カミヨリタウンジムリーダー、水タイプのエキスパートとして、トレーナー、グローマの挑戦を受けます」
その言葉に、グローマはいっときの安堵を覚えた。アドが気づいていないわけはないが、今は、思い出を、あの別れをしまっておいて、トレーナー同士として実力を試そうとしてくれている。
「それでは挑戦者グローマ、右側のサイドへ」
「はい」
はじめてのジム。緊張もあるが楽しみもある。ここまで来たのだから、目の前の試合に集中するしかない。
サンクスギビング×いい夫婦の日(タムキャリ)
- 2018/11/22(Thu)
イッシュ地方のお祭りだというのに、誘えばホウエン在住のキャリーの家族は遥々ライモンまで来てくれた。
いつもはパーツが転がっているリビングも、今日のために片付けて、まあそれなりにもてなせただろう。
積み上がった食器の山を見て、洗おうか、とタムが言うと、あら珍しい、とキャリーは笑った。
「お義父さんたち、もう少しゆっくりしてくれても良かったのに」
「ホウエンじゃ平日だから。いいじゃない、今度こっちから遊びに行けば」
「だな」
洗った食器を水切りかごに立てていけば、キャリーはそれをひょいと取って、鼻唄を歌いながら拭いていく。二人だと早い。もう少し普段から家事を手伝えたらとは思うのだが、明日から売れ残りセールが始まるし、クリスマスまではプレゼント需要もあって一年で一番忙しい時期だ。
時に、とキャリーは改まった口調で言った。
「11月22日。今年はたまたまサンクスギビングと被ったけど、ニホンだとまた別の記念日でもあるの」
「でも休日じゃないんだろ」
「まあね。なんの日かわかる?」
「さっぱり。冬のはじめの日とか?」
泡を落としながら、あまりよく考えずに返すと、キャリーはふふん、と得意げに笑った。
「いい夫婦の日。ニホン語の言葉遊びよ」
そう言うものだから、キャリーのほうを振り返らずにはいられなかった。
「今日は楽しいことが多いわねえ」
「まあたまにはいい夫じゃねーと? いい妻なんだし」
「有難いわー。食器まだまだあるからね」
そう言って、シンクに入りきらなかった子どもたちの食器をキャリーが運んでくる。明日から忙しくなるが、おしゃべりの時間はまだ取れそうだ。