おんぼろ商人さん(3)
- 2019/01/04(Fri)
二つの集落にコミュニティが分断され、かつ今までIT化が全くなされていなかったのが砂の民の居住地なのだ、統一的に整備する際にあまり障害はないということはヒカミにも理解できる。
ツキが市で食料品を買うとき、決済はいつでも携帯端末だ。見たこともないアイコンのアプリを開き、料金を支払っていた。
「クオンズペイだよー。ソルガルって人が作ったの。ヒカミもアプリ入れたらどう? もう伝統とかそういう部分は観察したでしょ」
「……まあそれも参与観察か」
時代は変わる。少数民族と呼ばれる人々もテクノロジーを受け入れる現場だ。携帯端末からWi-Fi設定を開き、「Zolgal_Free」というSSIDを見る。行政は行政で、クオン遺跡の観光客向けに、一帯でフリーWi-Fiを提供しているのだが、砂の民たち、言い換えれば「クオンタウンの住民たち」は、開発者の顔が見えるソルガルフリーに、より安心感と親近感を覚えている。
「開発者は名前のままソルガルって人だよ。あとで会いに行こうか」
ソルガルフリーをタップすると、アカウントの作成画面が出たので、それも指示に従い、長らくモバイルネットワークすら消していたヒカミの端末は、久しぶりに外の世界へと繋がった。通知音が同時多発的に鳴ると、人気者だね、とツキが言った。ツキが案内してくれるというので、ヒカミは一旦通知を見るのをやめ、二人でソルガルの事務所へ向かった。
「話には聞いてたけど、本当に一緒に行動してるんだな?」
「そだよ。丁度あいてぃーの話になって、じゃあ会っておこうと」
「ヒカミです、よろしく」
「俺はソルガル。クオンタウンのITのことなら俺に訊いてくれ」
ソルガルはほんの少し緑がかった銀髪に、砂の民にしては赤みの少ない肌をしていた。聞けば、祖母が天の民なのだという。
「確かに紙面上では砂の民居留地のIT化状況を見たことはあるけど、フリーWi-Fiに電子マネーは驚いたわ」
「当たり前だろう! ATMも設置しないのならばこちらにも考えがある。砂の民が野蛮ーだなんて、俺の前で言ってみろ。現金を引き出す行為こそが前時代的だと言ってやるよ」
気分が高まり、少し下がった眼鏡の位置を戻す。ツキが彼を宥めているのを見ると、いつものことらしい。しかし、その過激さがあるからこそ、ソルガルはこの深刻な問題に真っ向から向き合えたのだろう。
政府にとってはクオン遺跡、砂の民にとってはクオンタウン。サクハ統一から十年と少し、この「ねじれ問題」は長期に渡り問題となっていた。敷地内にポケモンセンターや銀行のATMの設置を求める運動はあったのだが、行政がいっこうに頷かないのを見て、砂の民はキャッシュレスの方向に動いた。今では子供のクオンズペイに親のクレジットカードからチャージが出来るし、現金やATMが無くて困ることもない。
その基礎から管理までを行ったのが、目の前にいるソルガルだ。
「クレジットカードはあるんだろ? アプリを入れたらクオンズペイも使えるようになるぞ」
ソルガルに言われ端末を出すと、画面には大量の通知。そうだ、忘れていた、とヒカミは通知を一件一件確認し始めた。ほとんどは取り留めもないものだったが、新着メッセージの差出人を見て、数度瞬きする。
シエロ地方のオリーブ。コクウ大学で教鞭をとる歴史学者で、何度か交流のあった男だ。
読めば、シエロ地方の有名アパレルブランド「ジョルナリー」を展開する二人が、サクハ地方へ旅行をすることとなり、ヒカミにも彼らと会って話してほしいとのこと。そして、オリーブ本人としても、サクハ地方の伝統模様をもう少し収集したいという意志があるとのことが書かれていた。
「へえ」
「何かあったの?」
黙って読んでいたヒカミに、ツキが詳細を促す。ソルガルも静かにヒカミのほうを見ていた。
「面白いことになりそう!」
端末を握りしめて言うと、ツキはさも意外そうな目でヒカミを見た。それはそうだ、参与観察をはじめてこれまでヒカミは冷静さを保っていたのだから。
「面白いこと?」
「アフカスの民中心の歴史観を見直す運動。砂の民なら知ってるでしょ」
「ああ」
先に反応したのはソルガルのほうだった。
「砂の民、天の民、北サクハ系……少数民族が中心になってやってるあれか。俺はそっち方面は疎いからわからないが……」
「それそれ。では、その運動の遠因となった物語は、どの地方で生まれたものでしょうか」
ツキとソルガルは顔を見合わせた。ヒカミは人差し指を立てて言う。
「答えはシエロ地方です。シルクロードを介した繋がり、それにより残された、極めて似た箇所のある物語。新たな視点は、いつも別の場所からもたらされる。それはサクハの外から……かもしれない」
「興味あるな。俺はサーバーの管理があるから、ツキ、話聞いてこいよ」
「えーっボクが?」
ソルガルに指名され、ツキは焦りを見せる。彼は古い交易路をよく知り、今も一部を使っているが、どうやら学問的な裏付けがあるわけではないらしい、ということはヒカミも悟っていた。
「このムーブメントの参与者は多ければ多いほどいい。私が砂の民を観察しながら、ツキは歴史を観察すればいいよ。前にご先祖様の参与観察をするって言ってたでしょ。それに……」
一度言葉を切り、ツキに耳打ちする。
「商売で取り扱ってる伝統模様製品の価値が上がるかもしれないよ」
「……わかった、ボクも行こう!」
その単純さに、ソルガルはひとつため息をついた。しかし口角は上がっている。
メッセージによれば、ジョルナリーを展開するシエロ地方ジムリーダー、フクベとシュンカの到着は二日後だ。なるだけ早い段階で接触できると良いだろう。実家の資料を取りに行きたいが、実家に戻ってもいられない。
「じゃあどうするの」
「砂地だなんて書きやすい場所よねー、その分消えないようにしなきゃいけないけど」
表に出て、ヒカミは言った。ツキは顔をしかめるばかりだが、ヒカミにはすべて整合性がとれている。
「久しぶりねファイアロー、今回も頼むよー」
分厚い本を片手に、まず枝で砂地に大きな円を描き、その中に記号や古い表意文字を書いていく。風が吹く前にさっと仕上げると、結果として魔法陣と呼べるようになったそれは鈍く輝き、上空にがたいの良い鳥ポケモンが飛来した。
「えーと、あのポケモン、なんだっけ!」
「ファイアロー。サクハ地方だと北部にだけ生息する鳥ポケモンだな」
ファイアローはヒカミの姿を確認すると、布を落とす。うちほとんどはヒカミがキャッチするが、風に煽られてしまったぶんはツキとソルガルが取った。
「いつもありがとねー」
手を振ると、ファイアローは頷き、去って行った。
「今の何」
「人の書いた文字を理解できるポケモンがいた。視覚情報によるポケモンへの意思伝達のできる人間がいた。昔は人間もポケモンも同じだったから普通のことだった」
「いや絶対違うだろ」
「まあ半分冗談だけど。ポケモンバトルとして「わざ」が研究される前に、ある地域でちょーっとだけ行われてた意思疎通を、野生のファイアローにしてるだけ。あの子はよく動いてくれて助かるわあ」
本を閉じても、ツキとソルガルは少し距離を空けて黙っていたが、布を回収するそぶりを見せると、すぐに渡してくれた。
おんぼろ商人さん(4)
- 2019/01/07(Mon)
オリーブ経由で客人と連絡をとっておいたヒカミは、フクベとシュンカの二人ともダイロウシティの港で落ち合うことができた。
「私はフクベ、よろしく」
「シュンカよ、よろしくね」
「ツキだよ、よろしくねえ」
「私はヒカミ、こちらこそよろしく。お話はオリーブから聞いてるよ。独断で待ち合わせ場所をダイロウに決めてしまったけど、サクハの紋様のことならこの町が一番刺激になるでしょう。ゆっくり軽食でもとりながらお話しましょうよ」
ダイロウシティは、古代のその前、神話時代からアフカスの民の町であり、その名は彼らがアフカス信仰で結束する前の名前「ダイロびと」に由来する。移民による支配が進んでからも、民の大半はこの町に残り、古都としての様相を色濃く残している。
「ボクも来るのは久しぶりなんだよねー」
「ツキ。来たことあったの?」
「商人だもん。デイジやトリカは頑なに行きたがらなかったけどね」
「世界は旅してるのに?」
「そうそう」
ヒカミがツキと話をしていると、ツキはよくデイジという男性、トリカという女性の話をした。二人ともツキより歳下で、今は強くなるため、そして砂の民の失われた信仰を復活させるために、外国へ旅に出ているらしい。
レストランでは海苔の佃煮付のご飯とバーニャカウダを注文し、シェアをして自然とサクハ、シエロ折衷のテーブルとなった。シエロ料理は世界的に人気があるから、サクハの店でも多種を取り扱っている。フクベもシュンカも、蒸籠に入ったご飯が甘い餅米であるとは思わなかったのだろう、一口とると口を窄めたが、佃煮との組み合わせは気に入ったようだった。ツキの希望で注文したエビマヨも場の全員が好んだ。
研究やジムの近況を話し合ったところで、ヒカミが布を取り出し、本題に切り出した。
「私やツキが持ってる紋様付き製品は大体持ってきたけど。この中でピンとくるものある?」
ヒカミはテーブルに模様を並べる。暗めに抑えられた照明の下でも、ビビッドトーン中心のそれらは強い存在感があった。フクベとシュンカは順々に手を取り、最後に端に置かれた布に注目し、照明に当てた。
「この模様、見覚えが」
その模様は、ヒカミにとっても馴染み深い模様だった。アイボリー地にドットライン柄と赤い花を模した柄の、近頃はカーテンの柄として人気が高い。
「へえ? それは私の地元、北サクハ……伝統的にはサクハでない地域の模様だよ。どこで見覚えが?」
「実はこれなんだが」
フクベが取り出したのは、フウカツ大聖堂のパンフレットだった。総ての道はソウコウに通ず、と云われるほどに歴史、文化的役割を果たしてきたシエロ地方ソウコウシティにある聖堂では、宗教行事以外に収集品の展示をも行っていることは、ヒカミも知っていた。
「フウカツなら知ってるよ、あそこだけシエロから独立してるんだっけー? 砂の民もそうなる道ある?」
「そうなるなら、それこそ行政が進めてる観光で食べてくしかないんじゃない」
そんなぁー、と言うツキも、フクベが話を続けると耳を傾けた。
「展示で見た「ジェントルハート」という布の柄に似ている気がして……」
「なるほどね……んん?」
パンフレット掲載の写真を凝視して、ヒカミが言った。
「これ大発見じゃない?」
パンフレットと布を並べてヒカミが言うと、少しボリュームを上げてしまっていたのか、店内の客何人かが振り向いた。ヒカミは慌てて物を置き、トーンを落とす。
「……でも、この話進めていいの? シエロ人的に」
「シエロ人的に、というと?」
「九十年ぐらい前から持ち上がってるけど、立ち消えになった話。ラファファとララ、シエロの女神とサクハの文化英雄の同一人物説」
シエロ人として、聞き慣れた名前と聞き慣れない名前を同時に言われたフクベとシュンカは首を傾げた。
「お恥ずかしながら、ララというのが誰なのか……お前は知ってるか?」
「私も何も」
二人揃って困ったような視線を向けるフクベとシュンカを見て、ヒカミはタブレットの画面を見せた。
「一度オリーブとそのことについて話したことがあったの。ログ見ながら話してくね。ラファファはシエロの伝説に出てくる女神。これはお二人もご存知のことと思う」
フクベとシュンカは頷いた。
「そして、ララは古アフカス朝の書物に出てくる教師カリバの話で出てくる医者。基本的にはアフカスの民から信仰を集める人物だけど、ツキも知ってる?」
「全部は知らないけど、金運上昇と帝王切開手術成功を司ると信じられてるよね? アフカスの民の歴史人物としては、砂の民に一番良く知られてる人じゃないかな」
「そう。ララは薄い髪色に赤い目、小麦色の肌で描かれることが多いから、砂の民も親しみやすい見た目なんだよね。では、なぜ突然女神と医者の話を持ち出したか」
一度疑問形で投げかけ、ヒカミは聞き手三人を順に見た。興味を持って聞いてくれていることを確認すると、話を続ける。
「ラファファとララは、「癒す」という点で共通している。名前もなんとなく似ている。……ヒーリングブランキーって聞いたことない?」
「ヒーリングブランキー! まさに、サクハに行こうとした理由だ」
フクベはパンフレットの該当ページを開いた。
「そう。その掛け布団のこともサクハの伝説で少しだけ触れられている。今から九十年ほど前にラファファとララは同一人物ではないかと考えた女性がいた。カロス出身のメリル・ラエネックね。サクハを探検し、シエロとサクハの紋様に類似性を見出した彼女は、自説を当時の列強に広く紹介したんだけど、当時のシエロ知識人によってラファファとララの同一人物説は否定された」
説明しながら、タブレットで画像を開き示す。シエロで描かれた女神ラファファの絵と、サクハで描かれた医者ララの絵は、絵柄も人種も異なるが、緑がかった水色の髪と赤い瞳は共通していた。
「これがララね? 確かにパーツは似てるけど。背景に描かれている床の高い建物はお家かしら? 随分簡素だから、確かにラファファの描かれ方とは違うけど」
「それお家じゃなくて穀物庫なの」
「穀物庫?」
シュンカに指摘された箇所を、ヒカミはスワイプで拡大する。背景には確かに高床式の建物が描かれているということを、場の全員が確認した。
「確かにラエネックの説は説得力がある。ソウコウを中心に発展してきたシエロ史の栄華を裏付ける証拠ともなる。だけど、当時のシエロ知識人は同一人物説を否定しなければならない理由があった。それがこの穀物庫。さっきのツキの話を思い出して欲しいんだけど、この地方でララは何を司ると言われてる?」
「金運上昇と、帝王切開手術の成功」
「ご名答。つまりララはケチなのよ」
フクベとシュンカが訝しそうに沈黙する中、ツキだけはげらげら笑い出した。
「そうだよねー! 昔話なのに、儲けがどうの、商売がどうの言って!」
「教師カリバの話として出てくるララは、その……お金のことは細かい。このお陰でアフカスの民は貯蓄を肯定され、お金稼ぎや穀物の貯蔵を非難されることもなく、豊かになった。砂の民の商人たちにもララは人気だった。……だけど、シエロの人からしたら、まさか女神ラファファがケチなわけないじゃない?」
「確かに……な!」
ジェスチャーを交えて言うと、フクベとシュンカも笑い出した。
「ラエネックの説が提唱された当時のサクハはカロス地方の東部植民地であったから、カロスを介さず何かを発信する機会もなかった。それからの歴史はご存知の通り。ニホンのニシノモリ教授がモンスターボールの原型を作ったのち、世界情勢もあってポケモン研究は一度廃れた。それからは博士……オーキド・ユキナリの登場を待つこととなる。あとサクハ人として付け足すなら、重心が東洋に移ったことはサクハ独立の遠因ともなった、とも考えてる」
ただし、とヒカミは指を立てた。
「アフカス伝説はサクハの地形と結び付けられた信仰であるから、その信仰をベースにサクハを統一したことは、方法としては確かに良かった。でも、アフカスの民の信仰だけが権威付けされてしまうと、マイノリティが黙ってるわけなかったのね。教師カリバ、彼の英雄性も。ララと同じく、シエロの話にも似た名前がなかったかい?」
「……魔法の染物屋カリベル。Caliberでスペルが同じだな。服飾系の仕事をしてるなら、まず知らない人はいない」
フクベが言った。
「そう、カリベルね」
「『カリベルと魔法の染物』、シエロでは人気の物語だわ。子供のカリベルが主人公の絵本もあれば、もう少し年齢を上げた大人向けの読み物もある」
シュンカが言った。並べられた布を指し示しながら続ける。
「作品によって、作る染物も違うのよね。多くはシエロで親しみ深いポケモンのデザインを作ってる。ピジョンとか、ネイティオとかね。だけど、オチはどの版も同じ。疲れていた人やポケモンを、ヒーリングブランキーで癒しました」
「物語の微妙な差異はシュンカさんやフクベさんのほうが知ってそうだね。私もオリーブと情報交換しながら、ラエネックのラファファ=ララ説に加え、カリバ=カリベル説を立てた。教師と染物屋、共通点がないようだけど、一方で」
「バトルフロンティアのパレスエリート、バンジローの纏う紋様はカリバ作のものであるという伝承がある」
頭上から女性の声がして、四人は振り向いた。そこには、茶髪のすらりとした体型の女性と、ロングヘアの少女がいた。二人とも眼鏡をかけている。
「先程から、なに面白い話をされてるんですか。誘ってくださいよ」
「エデル!」
「いかにも、私はエデルです。春休みの時は大抵サクハにいるので、最近はクララさんとここに入り浸ることも多くって」
「シラミツ島のクララです。サクハ本土の伝説に興味があって」
この場では唯一の十代たるクララは、少し上ずった声で自己紹介した。
「シラミツ島の祭司の娘さんということもあって、色々詳しい方なの。……時に、そちらにいらっしゃるのは、ジョルナリーのフクベさんとシュンカさんではなくて?」
「まあ」
「知っていてくれたのかい? 光栄だよ」
「ジムリーダーもされているお二人ですから。特にアウターの形が好きでよく着ているんです。でもサクハに移ってからはTシャツやアームカバーも買うようになりましたわ」
エデルが右手を差し出すと、フクベ、続いてシュンカも握手に応えた。
四人と二人が話しているのを見て気を利かせたショップスタッフは、テーブルを繋げてくれた。改めて料理を運び、エデルとクララも輪に入る。
「バンジロー。私の部下でもあります。酋長の末裔である彼の纏う模様は、また宗教画のカリバがよく纏っている模様と類似しているのです。今なら画像検索で一発ですね。これまでは王族の教師だから同じ模様を纏っているのだと考えられてきましたが、それなら他の側近も纏っているはずである。……それに、先程皆様が話されていた内容が本当なのだとしたら、カリバは教師である前に染物屋であるということになり、この話に一貫性が生まれますね」
「ケチなラファファ、染物屋というごく普通の生業をもっていたカリバ……どうやら、各地方での伝えられ方も似ていたようだね?」
悟ったように、フクベが口角を上げる。権威付けによってそぎ落とされた庶民としての側面が別の地方で発見される。まさに「全ての道はソウコウに通ず」と言いたいところではあるが――
「それでも、不可解な面は多い。サクハ伝来とシエロで伝えられるヒーリングブランキーだけど、サクハでそれが発見された例はない。サクハの伝説では、カリバは五十になった時にシルクロードに出て、医者ラファファと再会し百二十まで生きたとあるけど……」
本当に、道はソウコウまで続いていたのか?
そして、今また繋ぐことはできるのか。
ソノオ式ポケモン図鑑(5)
- 2019/01/09(Wed)
ハクタイシティは、昔を今につなぐ町という要約のとおり、古い町並みが魅力的な場所だった。近代的なマンションも建っているものの、戸建の家はみな、雪下ろしのしやすい伝統的な三角屋根だ。
「かずさのすけの雰囲気にも合ってるんじゃない?」
「チュパ」
パチリスのかずさのすけはつまらなそうに言った。
古風なニックネームをつけてからメスだと判明したこのパチリスは、旅に出てからも気まぐればかりだ。それでも、何度も名づけ直すよりは、と思い、ゼウラは今もかずさのすけと呼んでいた。
ゼウラは両手で録画画面を模し、そのフレームをかずさのすけと屋根に向ける。
「うん。三角がそっくりで……あれ?」
そのフレームの端に人が見えて、ゼウラは腕を下ろした。
「困ってるみたい。どうしたんですかー?」
「あっ……、この、ジテンシャという機械が動かなくなってしまって」
茶髪をポニーテールにまとめた女性が言った。ゼウラは彼女の自転車を見やる。
「チェーンが外れてる……」
変速ギア付きの自転車で、ゼウラにわかったことはそれだけだった。
そういえば、ソノオにいた頃はクオンに自転車の乗り方を教えてもらって、一緒に出掛けたっけ。クオンはメンテナンスなんかもある程度一人でしていたから、こんな時にクオンちゃんがいたらな、とゼウラはふと思った。
「やっぱりお店に行かなきゃだめかな」
「お店、近くなの? ならそこで直してもらおうよ」
「それが……」
茶髪の女性はある場所を指した。その先にはなんの変哲もない自転車店がある。その店構えをよく見ても、彼女が何に悩んでいるのかわからず、ゼウラは問うた。
「あの、何か悩みが?」
「扉の開け方がわからないの」
その言葉が理解できず固まってしまったゼウラの代わりに、パチリスのかずさのすけが駈け出した。
「パーチッ!」
大ジャンプ、右足伸ばしてはいタッチ。
ボタン式の半自動ドアは、それだけで当たり前のように開いた。古い店なのか、ドアの音が大きい。
「……!?」
「寒い季節だとどこもこうだよ。前を通っただけで開いちゃわないように、ボタン式にしてるの」
「ドアがひとりでに動いた……」
「待って、そこ?」
田舎生まれのゼウラでも都会に驚くことはあったが、ソノオタウンのポケモンセンターだって自動ドア式だ。というか、今時自動ドアすら見たことのない人がいるのか、これも世界が広いということなのか、とゼウラは彼女に失礼ながら思った。
「前は売り出しの日で、外の売り場も中の売り場も自由に見れたから……」
「開放されてたんだね」
「そういうことかな。とにかく、これで入れるよ、ありがとう」
シンオウ神話に出てくるポケモンの像を見上げ、ゼウラは深く呼吸した。
博物館のポストカードになることはあっても、子供向けのグッズに描かれることはない。そんなポケモンの荘厳さは、例え年季の入った像でも感じられた。
「よかった。すっかり直った」
「あっ……さっきのお姉さん」
その声にゼウラが振り返ると、チェーンの直った自転車を押している茶髪の女性がいた。
「リフよ。さっきは有難う。可愛いポケモンちゃんもね」
「チュパッ」
可愛いポケモンちゃん、と言われ、メスのパチリス、かずさのすけは喜んだ。
「何かお礼をしたいんだけど、何がいいかしら」
「あれだけで? 悪いよー」
「私がしたいの」
「うーん。じゃあ……このページのポケモン、どれか見たことある?」
ゼウラはスケッチブックを出し、グッズに描かれたポケモンを模写したページを出した。
「うーんどうでしょう。……あ、この三角ヅノの丸っこいポケモンなら見たよ。確かこの前……高架下の洞穴で」
リフは南を見た。町の高台から、サイクリングロードははっきり見える。
「少し入り組んだところだから、案内するわ。後ろに乗って……」
「あの……私が前でもいいかな?」
リフの慣れない手つきを見て、ゼウラは思わず挙手していた。
人生初の二人乗りは歳上の女性とだった。
高架下の道へ出るには、サイクリングロードを走り切る必要があったため、ゼウラは重心を考えて漕ぐ。旅路で足腰も鍛えられていたのだろう、道が良いのもあって、さして苦労はしなかった。
上が人の道であるとすると下は獣道といったところで、整備されていない道に雑草が伸び放題であった。
「こんなところに……あ、いい木だ。ミツを塗っとこう。これで迷っても匂いを辿ればいい」
「大丈夫、私といたら迷わないよ」
そう言って、リフは獣道をずんずん進んだ。どうやら彼女は、こういう未整備な道のほうが得意らしい。先程よりも生き生きしている。
「ここは上が道路でも、空気がとってもきれいなのよね」
「自転車道だしね」
「せっかくだし、呼ぼうかな。おいで、リーフィア」
リフのボールからはリーフィアと呼ばれたポケモンが出てきた。葉を思わせる色使いの耳や尾を持った、童話からそのまま出てきたようなポケモンだった。
「森の妖精さんだ……! ところで、ボールは使えるんだね?」
「さっきみたいに、乗り物に乗るときに要るなって思ったの」
リーフィアはゼウラを見るなり耳を立てて警戒したが、にこにこ手を振ると、気持ちを落ち着かせる。
(なんか、道具を使えないような、厳しいお仕事をしてる方とか……?)
リフの様子とリーフィアの態度から、ゼウラはそのように類推した。
高架下で影の濃い場所に、その洞穴はあった。
「すごい! よく見つけたねー。それに道を覚えてるなんて」
「こういうところは落ち着くから、つい色々見て回っちゃうの」
やはりただ者ではない、とゼウラは思う。
洞穴は暗く、ゼウラが明かりを頼むとかずさのすけはしぶしぶ応えた。ぼんやり照らすと、かすかな足音が響く。
「うん、なるほど、かずさのすけちゃん、一度照らすのをやめてくれる?」
「チュパ」
「何がなるほどなの……?」
また暗くなったのに恐怖を感じ、ゼウラはリフにしがみついた。森の匂いに、母をぼんやり思い出して安心する。
「そのままくっついてたらいいよ。一歩、また一歩……よし、このへんかな。かずさのすけちゃん、今度は一気に全力で照らしてみて」
リフに言われたとおり、かずさのすけは辺りを一瞬で照らした。油断していたポケモンたちの影と足音を、今度はゼウラもはっきりと認識する。
「あーっあの子だ! して、名前は……」
「そういえば、わからないわ」
「……そんな。じゃあ……捕まえるしかないっ! 追うよかずさのすけ!」
「チュパー!」
未知なる洞穴で自分が先頭を切れているのが楽しいようで、かずさのすけも積極的にそのポケモンを追った。青緑の身体に赤い大顎、ひらくと鋭い歯。頭のとんがりは、山というより海の生き物を思わせる。
「照らして。スパーク!」
「チューッ! ……チュパ?」
かずさのすけは全力で相手に突進するが、突進による衝撃以外――つまり電気技そのもので相手がダメージを受けた感触がなかった。相手はその丸い身体でかずさのすけに体当りした。
「強い……あたり負けちゃう。どうすれば……」
見つかって逃げるポケモンなのだ、そんなにレベルが高いとも思えない。タイプ相性で不利ならば、逆にこちらは何で有利なのか考えればいい。
その思考に至ったところで、洞穴に入った時のリフの指示を思い出す。
「そっか! かずさのすけ、光を弱めて」
「チュッ」
リフとリーフィアに目配せし、かずさのすけに指示した。そして耳を澄ます。リフのように強い勘はなくとも、似たことならばできるはずだ。
「そこ! 照らしてー!」
「チュパー!」
目の前で突然照らされ、相手ポケモンは目を白黒させる。
「電光石火!」
かずさのすけはその素早さで相手に向かう。次はあたり負けすることもなかった。
「よしっ、もう少し照らしててね。……モンスターボール!」
ゼウラの投げたボールが、洞穴をさらに輝かせる。果たして、そのポケモンはボールに収まった。
ハクタイへ戻るゲートで、そのポケモンはフカマルというのだと、守衛さんが話してくれた。
「シンオウの強いトレーナーといえば、みんな連れてるからな。憧れてここに捕まえに来るトレーナーも多い。お嬢さんは迷わなかったか?」
「リフお姉さんと一緒だったので! ……やったねかずさのすけ、強いトレーナーだって。えへへ……じゃあかずさのすけは強いポケモンだね」
強いトレーナー、と話した時点でゼウラの脚をげしげし蹴っていたかずさのすけだったが、強いポケモンと言われ、目を逸らして頭を掻いた。
リフのリーフィアと、新しいお友達のフカマル。
昔懐かしい町のはずれで、昔からの方法で「図鑑」を埋めていく。こうして、また一日が穏やかに過ぎていった。
ソノオ式ポケモン図鑑(6)
- 2019/01/10(Thu)
人とポケモンたちで賑わうふれあい広場で、パチリスのかずさのすけは一匹での行動が目立った。
「待ってよおー!」
いつも追うのはゼウラのほう。もう少し仲良くなれないものかと、ヨスガシティに寄るついでに来てはみたのだが。
「チュッ」
「はい、コレクションに追加ね。きれいな色のハネだねー!」
ふれあい広場には様々なものが落ちている。ポケモンを飾るもの、旅で役立つ木の実などがそこここで見つかる。
またかずさのすけが駈け出すと、何かを拾って振り返り、首を傾げた。それが何か、よくわかっていない様子だ。
「見せて。……カード?」
それは占いで使われるタロットカードだった。全身を布で覆った老年の人物が、カンテラの光をぼんやり眺めている。
「これ落とした人ぉ!」
ゼウラが言いながら広場中を回ると、赤い髪の女性がぱたぱたと駆けてきた。
「ごめんなさーい!」
紫の帽子からヴェールが下がっている、いかにも占いが得意そうな女性であった。彼女の後ろを、白いリボン風のものをたくさんつけた人型のポケモンが歩いてくる。
「まさかカードを落としちゃうなんて……助かった」
「いえいえ。ところで一緒にいるのはポケモン……? 見たことない子」
「この子はムー、ゴチルゼルだよ。シンオウ地方にはいないかもね」
「よろしく、ムーさん。私はゼウラっていうの」
ゴチルゼルのムーさんは、笑顔で頷いた。
「私はソフィア。よかったら……占っても?」
「いいの? 占い大好き!」
すぐに決まり、広場内にある小屋に移動した。薄暗いその空間で、ソフィアがさきほどのカードを出す。
「拾ってもらったカードは『隠者』。ゼウラは、思い立ったらすぐ行動するタイプじゃないかな?」
「うっ……そのとおり!」
「今は考え直すべき時、ってこのカードが言ってるよ。旅をしてたら、立ち止まることも忘れてしまうけれど……」
ゼウラは視線を下に移した。かずさのすけは、珍しくゼウラと視線を合わせてくる。
「私……なんか色々、上手くいってなくて。かずさのすけのこともだし、ゴンベは見つからないし、それに……」
「うんうん」
「……クオン、ちゃんのことだって」
言ったそばから、頬が染まるのがわかった。
「クオンちゃんね。女の子の友達かな」
「ちがっ……!」
反射的に顔を上げると、にやにや笑うソフィアと視線がかち合う。
「女の子の友達ではなくて、ちゃん付けで呼ぶということは……幼馴染のことが気になってきたパターン、という線……」
「もう、やめてよ」
そういう話に慣れていないゼウラは恥ずかしがりっぱなしだ。
「まあ、こればかりは旅先で考えても答えは出ない、か……んーでも、旅してたら隣にあの人がいたら、ということは考えるよねー」
「ソフィアも?」
「そう! だから恋愛関係は占えても私からの助言は何も出来ない。イッシュにいた時だって、全然気持ちが通じてる感じなかったし……でも、あの人の姿勢を見て、私ももっと広い世界を見ようって決めた。それで素敵な人になって、また会いに行ってやる」
そう言って笑うソフィアは、薄暗い小屋の中でも輝いて見えた。
「きっとその思い、通じるよ。あと、相談があるんだけど……」
「うん? どうぞ」
ソフィアにポケモンの性別が本当に合っているか確認してもらい、今度は太陽の下で、ゼウラは名づけを行った。
「フカマルはふさこ、ユキカブリはゆきぞう。よろしくね」
「パウ!」
「フキフキー」
フカマルはメス、ユキカブリはオスであるとわかったので、ゼウラはそのように名付けた。二匹とも気に入ったようで、ゼウラに笑いかける。
「へえ。随分トラディショナルな名前をつけるのね。かずさのすけくんもだけど……」
「あ、かずさのすけは女の子だよ」
「そうなの? どおりで」
「私が間違えちゃったんだけど……」
パチリスのかずさのすけは不満そうに唸った。
「日系の名前だと、カズサ、で止めたら女の子っぽくなるよね。カズサちゃんでどう?」
ソフィアが話しかけても、かずさのすけは反応を返さない。
「かずさのすけちゃんにとって大切なのはニックネームじゃないんじゃない」
「え? それってどういう……」
「ゆっくりわかり合っていけば大丈夫」
ムーがかずさのすけを抱き上げて、かずさのすけはソフィアに撫でられた。そして、ソフィアはゼウラにハグする。
「未来は穏やか。Godspeed、なにもかも上手くいくよ」
文化が違うとはこういうことか、と、ゼウラはモーテルで昼間のことを思い出していた。
ソノオタウンで、幼い頃からクオンと遊んだ。学校では友達もできた。旅に出て、かずさのすけと色々なところを回った。フカマルのふさこ、ユキカブリのゆきぞうという新たな仲間も増えた。
「でも……」
ゼウラの旅の範囲は、一地方の域を出ない。スケッチブックの、今日埋めたページを開くと、今日描かせてもらったゴチルゼルのムーがいた。占い師ソフィアの出身地方はイッシュであるらしい。ポケモンの道においても他の道においても多くの成功者を輩出している国家の一地方であり、世間知らずのゼウラでもいくつかの街の名を言える地方だ。
そこに行けば、もっと何かがわかるのかな。
それとも、今と同じようなことを考えるのかな。
「かずさのすけは、さ」
ボールから出していたかずさのすけに話しかける。
「ソフィアが言うには、その名前がだめなんじゃないんだよね。じゃあ……私のこういうところが嫌だったのかな?」
「チ?」
女の子なのだから、名前を変えなくてはならないという考え方。後ろめたさを持ちながら呼び続けるという、矛盾した思い。
「かずさのすけはね、可愛いの。とってもチャーミングで。でもね、初めて見たときは、電気を纏って突進するキミが、とてもかっこよく思えた。旅先でも、なんだかんだ前で戦ってくれて……あと、私より頭が回ったこともあるよね」
かずさのすけは黙って聞いてくれている。
「だから、今日ふさことゆきぞうにしたように、キミにも改めて名付けさせて。かずさっていう、男の子でも女の子でもいける響きに、頭が良いって意味と、かっこいいって雰囲気を足して、かずさのすけ」
ゼウラは右手を差し出した。
こんな後付けの意味で名付けだなんて、自分でひどいことをしていると思った。でも、旅先で人とポケモンの営み、そして神話や伝統を知る度、やっぱりこのメスのパチリスの名はかずさのすけで良いのではないかと思う気持ちもあった。
「……ダメかな?」
自信なさげな態度を示すと、かずさのすけはふん、と鼻を鳴らした。それにびくりと驚いてしまったが、右手には、温かく、ふわふわした感覚があった。
「……チュ」
かずさのすけが、手を取ってくれたのだ。
「かっ……かずさのすけぇ……」
そのゼウラの泣きっ面を見て、かずさのすけはすぐさま離れようとしたが、ゼウラが手を握るのが早かった。逃げられなくして、そのままかずさのすけを抱き締める。
「ありがとっ……こんな私でも、一緒にいてくれて」
「……チュパ」
かずさのすけは、それ以上抵抗はしなかった。
ソノオ式ポケモン図鑑(7)※完結
- 2019/01/11(Fri)
「……あれ?」
そこで見つけた甘い香りの木には、先客によるミツが塗られていた。いつもならすぐポケモンたちが舐めてしまうはずだから、こんなことは初めてだ。
「まあいっか。塗っちゃえ」
構わず、ゼウラは自分のぶんを塗る。かずさのすけが随分と念入りに匂いをかぎだし、気になってゼウラも顔を近づけた。ふんわりと、どこか懐かしい香りがする。
しばらくの間、茂みから顔だけを出し、木にポケモンが来ないか窺う。
ミツハニーやチェリンボは今までに何度も見た。いつもなら、そんなに木のことを気にすることもないのだが、ゼウラはあの香りのことが離れなかったのだ。
――クオンちゃんは、木からより甘い香りが出たらゴンベも来るって言ってたよね。
ソノオはここから近い。ゴンべに会えたら、クオンに会いに帰ってもいいだろうか、と、旅立つ日に貰った花を取り出して思う。いつからだろう、年上の幼馴染、ただの遊び相手だった彼が、頼もしいと感じたのは。いつからだろう、もし今も隣にいてくれたら、と夢想するようになったのは。
「……でも、出来るようになったこともあるよ」
かずさのすけや、新たな仲間であるふさことゆきぞうと向き合うこと。
フタバやリフ、ヒスイたちと協力すること。自分よりも経験の深いレノンやクリア、イチト、ソフィアに、ポケモンについて教えてもらうこと。
もしクオンがいたら、甘えていたかもしれない。そう回想すると、すっかりぼろぼろになってしまったスケッチブックも、とても愛しいものだと思えてくるのだ。
――クオンちゃんは一緒に見てくれるかな。
「ありがと、クオンちゃん。ありがと、みんな」
その時、どたどたと大きい足音がした。木に向かって、その音は大きくなってくる。
がさぁ、と茂みから飛び出したのは、見た目と名前だけはよく知っているポケモンだった。
「いた! ゴンベー!」
服が傷つくのも構わず茂みから飛び出し、ゼウラもゴンベめがけて駆ける。両腕で覆ってもすり抜けられ、中腰で走ってもう一度覆う。ゴンベはそれでももがくが、一度目ほどの抵抗はない。
「捕まえたよ!」
「つっかまーえたー……って、ええ!?」
ゼウラが顔を上げると、そこには黒髪の幼馴染、クオンがいた。彼は太陽の色の瞳をしばたかせる。
ゴンベを捉えた手がクオンにも触れていることに気付き、とたんに恥ずかしくなって手を引っ込めようとすると、後ろ向きに転んでしまった。それにつられてか、クオンも体制を崩す。
顔が近い。
「……ゼウラ、ちゃ」
「お、おもい」
「ゴーン!」
何かを考える前に、重みがダイレクトに伝わってきた。ゴンベは見た目よりも随分重い。
「ほらゴンベ、君の目当てはこれだろう?」
そう言って、クオンはミツの入った瓶を取り出した。ラベルには、「ソノオの花畑 養蜂場」とある。
「あっ……知ってる匂いだと思ったら、先に塗ってたのってクオンちゃんだったの!?」
「へへ……実はそうなんだ」
クオンが蓋を開けると、ゴンベは顔を突っ込んでがっつく。ゆっくりね、とクオンが背中を撫でた。
「……でも、二人が塗って香りが混じったところで、ゴンベが来るなんて……なんか……」
「運命ってことだよね」
「!」
言葉の詰まったクオンの代わりにゼウラが言うと、クオンは目を逸らした。
「ふふ。クオンちゃん、かずさのすけみたーい」
「ばっ……!」
そこですぐにクオンが向き直ると、反対にゼウラが俯く。貰った花はより生気を増し、甘い香りを放つ。
「クオンちゃんは、お兄ちゃんだから、クオンちゃんなんだけど」
「……うん」
「クオンちゃんから見たら、私なんて子供でしょ?」
「ま、まあ。……でも」
花を握る手に手を乗せられる。ああ、また。
「さっきの、ゴンベを捕まえた時の笑顔とか。たまに……すっごく可愛いなって思う時があって」
「……クオンちゃん」
「ゴーン!」
重なり合った二人の手に、ゴンベがぶら下がる。
「これは確かに重っ……!」
「もう食べちゃったのー!?」
「ゴン!」
ゴンベは空っぽの瓶を片手に、ミツまみれの顔でにへっと笑った。その様子に場の空気が和む。
「……クオンちゃん」
可愛いと言われて嬉しくないわけがない。だからクオンにも、笑顔満開で話しかける。
「一緒に帰ろ。ソノオに」
「……うん!」
おいで、と言うと、ゴンベものこのこついて来る。道端に増えてきた花が、いつまでも変わらない、あたたかな故郷へ続く道なのだと語っていた。
ライメグを史実にする会(1)
- 2019/01/11(Fri)
チェンスがチャンスを作り出す
カロスが生んだストライカー
チェンスはチャンスを逃さない
ゴールネット揺らしてくれ
突然、英語のチャントで背中を押された。
ああ、ライモンジーブラーズ。少し前まで在籍していた、イッシュはライモンシティのサッカーチームだ。
今はカロスの代表戦だからなのか、ご丁寧に「ジーブラーズのストライカー」の部分が「カロスが生んだストライカー」に変えられている。
相手――ラムジ代表はまた一段と力をつけてきている。親善試合とはいえ、本気で挑めば得られるものは多いだろう。
まだいけるさ!
○
さすがに察してくれたのだろう、チェンスは出待ちをしていたメグのもとに会いに来てくれた。
「お疲れ様。ナイスアシスト」
いつものようにメグが切り出す。あの後、チェンス自信がゴールネットを揺らすことはなかったが、良いクロスを上げ、先輩選手が決めてくれたのだ。結局それが勝敗を決した。
「メグちゃん。よくこんなところまで……ジーブラーズでの最終戦でも幕をくれたのに」
チェンスの契約終了が決まっての最終戦、メグは、コールリーダーとしてクラブを応援し、最後に他のサポーターと作った「Thanks, Chence」という幕を掲げたのだ。
「だって、サッカーにはまったきっかけの選手なんだよ? あとは……ラムジ代表を見れる機会ってあんまないじゃん」
「おいおいカロス代表はいいのかよ?」
「ストリーミングでいつでもやってるじゃん」
「まあ……な。そんな時代にここまで来てくれたのか」
「大変だったよ、もー」
この試合を観る前に、ミアレの街中でサーナイトに襲われ、病院搬送と、メグには散々な事件があった。マスコミに囲まれる中、ある女性の計らいでメグは病院を出ることが叶い、ギリギリで試合に間に合ったのだ。
「それに、言い忘れてたことがあるの。チェンス、次はフウラ・エアロブラストに行くんでしょ。じゃライモンジーブラーズとは同じリーグだよね」
「ああ」
「私はジーブラーズのコールリーダーだから、チェンスがいなくなってもクラブを応援する。でも、チェンスは容赦しなくていいからね。ジーブラーズに全力見せてやって!」
「……言われなくとも!」
ジーブラーズで力をつけ、故郷カロスの代表選手にも選ばれたフォワード、チェンス。
彼からサッカーの魅力にはまり、やがてはライモンジーブラーズのコールリードをするようになり、今では多くのサポーターたちを引っ張っているメグ。
選手とサポーターという立場の違う二人だが、交わした握手は、とても固かった。
数日間続いたミアレシティの事件は解決し、あの日メグを襲ったサーナイトも正気を取り戻したと知った。めでたしめでたし。では私もイッシュに帰ろうか……とした時、メグの端末にめでたくない通知が届いた。
「えっ、コウライ!? 負けたの!?」
それはライモンの男友達、コウライが「チャリザードU-20二部」のグループリーグで負けたことを知らせる通知だった。
「えっ……ここで勝ち上がれたらイッシュに戻っても一部で登録できるって……」
チャリザードカップ。もとは合衆国の東海岸でのみ行われていたポケモンバトルのリーグなのだが、近頃メガシンカでリザードンの権威が高まったカロスなど、欧州の数地方にも広がった大会だ。コウライがカロスに行くとメグに告げた時、時期が合えばあちらのチャリザードにも出ると話していた。
「コウライ・カンザキ……苗字も同じ、間違いない……どれどれ。あっまだ未消化試合あるじゃん! これに勝てたら」
勝点を見ると、最後の一人にグループリーグで勝てたら決勝トーナメントに出られる計算だった。
「……でもなぁ。あいつ結構前の試合の結果引きずるタイプなんだよなあ、ああ見えて」
たまに負けるから応援しがいがある、と本人に言うと、軽くど突かれたことがあった。しかし、今はその気持ちに近い。
「……それにさ、」
コウライはどうなのかさっぱりわからないが、メグにその気がないわけではないのだ。
ポケモンバトルよりサッカーが好きで、コールリーダーとして常に応援しているクラブもある。交流した他チームサポーターのゴール裏に遊びに行き、一緒に応援することもある。それに加えて、ポケモンバトルで他の個人を応援するなんて、本来は飽和状態なのだ。
「それでも応援してるなんて……ねえ」
コウライは気づいているのだろうか。
会えば、何かが変わるだろうか。
振り返って、フウジョタウンのサッカースタジアムを見上げる。異国カロスで、英語でチャントを歌うことはそれなりの勇気を伴った。
それでも、チェンスはアシストで応えてくれて、良い送り出しもできた。
全てはコールリーダーとしての経験の賜物だ。
「……もう一度、やるしかない!」
そう言ってメグは振り返り、バスを待ちながら、携帯端末で今日の宿を探した。
ライメグを史実にする会(2)
- 2019/01/12(Sat)
メグが襲われた。
名前は報道されなかったし、もう二年は会っていないが、画面に一瞬だけ写った金髪の女性は、間違いなく幼馴染のメグだった。
その事実が、確かにコウライのペースを乱していく。
「そない心配やったらメッセージの一つでも送ったら?」
「ヒナさん……いつの間に」
「ヤマトがえらい困った顔で助け求めて来てなぁ〜。ポケモンに気い使わしてどないすんねん」
「んー……」
手を伸ばすと、ウォーグルのヤマトが甘えてくる。トレーナーがこの調子でも、怒ってはこない。こんな状況でコウライは安心して良いのかはかりかねていた。
「ニュースではもう、ミアレの件は解決したゆーてたやん。うちもあの子信じてるし。それか何なん、メグちゃん信じてへんの?」
「ちげーよ! オレはなぁ……! ただ……」
「可愛い妹分が心配?」
「妹……ってか……」
三歳下のうるさい幼馴染。コウライにとっての認識は、ここで止まっているはずだった。そこで止めておけばよかったのに、二年前の別れが、ずっと尾を引いていた。
見送る笑顔。笑顔はメグのトレードマークでもある。しかしその直前、カロスへ行くと告げた時の、その表情を見逃すわけがない。
「まあ……ずっと幼馴染ですしぃ?」
「今時ネットがあるやろ」
「向こうは旅行じゃん?ほら受信に追加料金でもかかったら迷惑…」
「はいはいやらへん言い訳〜。メグちゃんもカフェ探すやろ。それとも何、うちからメッセージ送っ」
「それはダメだ」
随分と凄んでいたのか、ヒナタよりもむしろヤマトが引いていた。ヒナタはヤマトにバイバイし、踵を返す。
「ほんっまおもろいわぁ、自分ら。決勝トーナメント絶対上がって来いやーめっちゃ楽しみやわ」
「ヒナさん酷くね……!?通過確定だからって余裕かよ……」
ヒナタがさり、ヤマトがコウライの顔色を伺う。
「ま、オレも心配しすぎだよな! ヒナさんと喋ってすっきりしたぜ」
コウライはそう言って笑うが、長年の相棒、ヤマトはわかっていた。彼の真意は、ここにはない。
離れることを決めたそばから、好意を自覚するなんてみっともない。何より非効率的だ。
ただの幼馴染を女の子として可愛いと思えたのは、はじめてチガヤに勝った時だ。サッカーの時みたいに、ただクラブではなくコウライ個人を応援してくれて、勝った時も一緒に喜んでくれた。ただあの時は、ライバルに勝った喜びで高揚していたし、何もかもがいつもより輝いて見えただけなのだ――
「あでで!」
「クルクルッ!」
過去に思いを馳せていると、ウォーグルのヤマトが嘴をぐりぐり当ててきて現実に戻してくる。ウォーグルが示す先を見ると、時計は試合開始十分前を指していた。もう入場しないと失格扱いになってしまう。
「やっべー! 巻くぞ!」
○
他意はない。
ただ、せっかくカロス地方まで足を運んだならば、幼馴染の試合の様子も見ておいたほうが、お土産話は増えるというもの。
「……だってのにさぁ」
コウライは押されている。シュバルゴのナイトは攻めも守りもできるオールラウンダーだが、守りを連続で指示して失敗だなんて、かなり初歩的なミスだとバトルに詳しくないメグでもわかる。
私がいなくても勝てたみたいね、と優雅に場を去る――という選択肢がまず無くなった。
ではこのまま眺めるか、応援するか。応援といっても英語でしかできないから、この場では浮くだろう。
「……エルさん、タムさん、バンドのみんな。……そのハチャメチャっぷり、数十年越しに借りてくから」
そう呟いて、応援旗を持ち上げる。まず観客席がざわめき、コウライは振り返りこそしないものの、その仕草で観客席に変化があったことは察しているのだとメグにはわかった。
「ごっさん、いっくよー!」
Hey Korai Can you hear me?
「……は?」
呆れた顔で、コウライは振り返る。
それもそのはず。この曲は、お遊びカバー曲が中心のあのバンドで、唯一のオリジナル曲なのだ。当然観客席に知るものはいない。
「コーライ! オーライ!」
「コーライ! オーライ!」
どちらも「all right」と歌われるフレーズを、コーライと替えれば、理解した観客もコールに加わる。
「カロスまで来てグループリーグに敗退するトレーナーじゃないだろー!?」
コールリーダーになり、培った声量と、すっかり板についた男言葉で、コウライを激励する。隣ではごっさんがトランペットを吹いていた。
「……ノー! その通りだぜ」
コウライはそれだけ言い放ち、シュバルゴに指示する。
「ナイト、剣の舞!」
「今更能力を上げてどうなるっての! また炎の渦で……」
「起死回生!」
炎技で削られ、威力を増したその技が相手を襲う。これが決定打となった。
「シュバルゴの勝ち。よって勝者、ライモンシティのコウライ! また決勝トーナメントへの進出も確定」
「やっっっ……」
たー! と叫びたいところなのだが、メグは一旦その場から退くことにした。自分のしたことを思い出したのだ。
「チャリザードってU-20は衛星放送でもやってんだっけ……エルさんタムさんどう思うかなぁ。胃が痛い……」
○
一方その頃イッシュ地方。
<なーなーエルサン聞いたか? めっちゃおんもしれーんだけど!>
<もーアタシも久し振りに爆笑したわよ! ところで、なんでタムじゃなくてティム坊が電話かけてくるわけ?>
<決まってんじゃねーか、タムがダイニングで項垂れてっからだよ>
<あー、あそこ作詞したの、タムだっけ……>
「そこ、電話してんじゃねーよ……!」
「ギャー、ダディ! いつ誰にかけようと自由だろ!」
ライメグを史実にする会(3)
- 2019/01/13(Sun)
別のブロックの試合が始まり、場外は沈黙していた。
今応援しなければ後悔する。その思いだけでここまで来たから、気分はすっきりしている。
「おーいー!」
では帰ろうか、と思ったところに、その声が自分めがけてかけられていることに気づく。
「メグー!」
「えっ」
両手を広げて駆けてくる彼、コウライを無視し、メグはシュバルゴのナイトと抱き合う。
「やったねナイトー! カッコ良かったよ」
「シュシュ!」
「っおおおおい!」
コウライの突っ込みを受け、メグはコウライのほうに向き直る。
「……で?」
我ながら冷たい態度だと思ったが、合わなかった時間というものがあるのだ、メグとて付き合ってもいない、もっと言ってしまえばはっきりしない異性とそこまで触れ合いたいとも思わない。
「襲われたってほんとか!?」
「え」
不意をつかれた。自分の話が大好きなコウライから、まずメグを心配する言葉がかけられるとは思っていなかったのだ。
「気をつけろよ!」
「そっちこそ予選敗退しかけて大丈夫?」
「何も言えねえ……」
久しぶりでも、少し意地悪をしても、異国の地で昔のように話せている。その事実がメグには嬉しく、顔も綻んでしまう。
「大丈夫! この通りぴんぴんかなーここまで応援しに来る余裕があるくらいだし?」
「あのチャントさ……」
「うん? 自信作だよ」
「間違いなく母さんが爆笑してる」
「ふふ……あのさ、心配してくれてありがとうね」
珍しく気遣って貰ったのだから、このぐらいは伝えねばならない。目を見て言うのはなんだか気恥ずかしくて、コウライの鼻を見て言ったのは内緒だ。
「メグ。……決勝トーナメントも応援してけよ」
「えーっ何それ」
「応援してくださいっ!」
「他にエルさんたちのオリジナル曲ないの?」
「ないな……」
「だよね」
ならばどう応援したものか、とメグは考えたが、別にサッカー基準でなくても、声をかけていけばいいのか、という結論に至る。
「わかった。優勝したら賞金で滞在費出してね」
「へーへー……」
○
メグと別れたあと、あちゃぱー、と後方から声をかけられ、コウライは振り返った。そんな言葉をかける人間はこの場に一人しかいない。
「ヒナさん」
「メグちゃん、付き合ってもない男子とハグしたないって」
ヒナタは仁王立ちで言い放つ。
「何だよそれ本人が言ったのか!?」
「いや自分わかりやすすぎやねん、なになし崩し的に付き合いたい思てんねん、男見せんかい」
「えーオレもうハタチだぜ!? 何回かハグしてデートしたら自動的に付き合ってることになるのが大人の恋愛ってもんで」
「あんたが大人の恋愛語るとか片腹痛いわ」
「ヒナさん、やたら厳しくねえか……?」
コウライが言ったところで、二人の携帯端末に通知が来た。チャリザードカップの公式アプリからだ。
決勝トーナメントでは、コウライとヒナタの名は、決勝戦であたる可能性のある位置にあった。
「ほほーう……」
「チガヤとアオイちゃんはもう一部なんだ……今回一部に上がれるのは上位二人、絶対負けられねえ」
「言うとくけど、うちが昇格決まってるからって決勝で当たっても……かっこ良く勝たせたったりはせえへんで」
「なっ……トレーナー同士だ、当たり前だろ!」
シュバルゴのナイトがコウライの頬を突っついてくるのを見て、ヒナタはふっと笑った。完全に見抜かれていた。
しかし、メガシンカやフェアリータイプなどの研究で、一般トレーナーの世界順位が急上昇したカロスのトレーナーの実力は伊達ではないと、この大会でもコウライは感じていた。これからは決勝トーナメントだ、一敗すればそこで終わり。
「ナイト、気合入れ直すぞ! まずは皆で特訓だー!」
まずは走り込みから。全員を出せば、足音も大きい。どたどたと、それぞれの速さでダッシュを始めた。
○
「こりゃうちらも負けられへんなぁ。……なあ、ソーニャ?」
そのまま走っていってしまったコウライたちを見送り、ヒナタも相棒のムシャーナに話しかける。
「まずは場所確保といこか。テレポート!」
そう言って、彼女もその場から消え去った。
ライメグを史実にする会(4)
- 2019/01/13(Sun)
ドラマのヒロインは、なぜ意中の男子と話すタイミングで可愛くなれるのだろう。メグは見た目のおしゃれはドラマのヒロインたちに並ぶレベルだと自負していたが、中身は彼女たちに遠く及ばなかった。
腕を広げるコウライを無視してナイトにハグしたのは、もちろんなあなあなまま男女としての関係になりたくなかったからだ。だからといって、相手に全てを任せすぎではないのか。
メグは十七歳。高校も卒業する歳だ。このままでは卒業式のダンスパーティに、コウライをパートナーとして招くこともできない――ということを思い出し、少し焦りつつもあった。わかってよ、という気持ちが半分、私もやらなきゃ、という気持ちも半分。
「いっくぜー! ヤマト!」
観客席から彼を見る。あれからすっかり調子づいてしまったようで、連戦連勝である。メグの激励で、むしろ恋路は遠ざかってしまったのではないだろうかと思うぐらいに。
「勝者、ライモンシティのコウライ!」
「やったー!」
「よしっ」
それでも、勝てば真っ先に声を届けたら、コウライはいつも観客席のメグを見つけてくれる。まだ役割はあるのだと思うと、それは素直に嬉しかった。
そして決勝の日が訪れた。
「ヒナさん! ぜってー勝ってすっきり決めてやるぜ」
「うーわ予想してたけどこの立ち位置めっちゃやりにくいな?」
その会話に、メグの心臓が跳ねる。
彼らのやりとりを、カロス人の観客たちは、昇格が決まった他地方出身者同士の試合だからこその心理だと捉えたようだが、どうもメグには別の意味を持って聞こえた。
「二人とも頑張ってよー!」
「メグ!」
「メグちゃん。久しぶり」
手を振ると、コウライもヒナタも振り返った。プロサッカースタジアムよりは狭い、ポケモンバトルアマチュア二部の試合が行われるこのフィールドでは、意中のトレーナーとのやりとりもあっさり叶ってしまう。
「見てよ、観戦してるだけなのにカロス人の友達が増えちゃった! 消化試合のこのバトル、それでも面白いものにしてくれるだろうって、みんな期待してるんだよ!」
「ライー、ヒナター、手え抜いたら許さんぞー」
「子供送って、足運んだだけの価値はあるって思わせてよね!」
「メグ……みんな」
カロスの言葉で放たれた応援を、コウライ、ヒナタ、そしてポケモンたちが受け止める。
「ではトレーナーは所定の位置へ」
「はいっ」
「チャリザードU-20ヒヨク大会、決勝は――コウライ対ヒナタ。はじめ!」
最後に場に残ったのは、ウォーグルのヤマトと、ジャローダのリジーであった。メグにも、隣で見ているゴチルゼルのごっさんにも、馴染み深い仲間たちだ。
「やばいめちゃくちゃ燃える」
「ごちゅ」
メグはコウライの、ごっさんはヒナタの応援旗を握りしめる。アウェーの地でこんな対戦カードが見られるとは。
「相性ではヤマトが有利だけど、ヒナタとリジーはそんなに簡単に勝たせてはくれないよね」
かけ声はなしにして、メグはカロス人の仲間たちと、オリジナルのチャントで応援した。
コウライ ヒナタ その名前
カロス地方に轟かせ
どっちが勝てるか決勝戦
我らが見守る決勝戦
「リジー、とぐろを巻く」
ヒナタの指示で、ジャローダは優雅な動きで集中力を高め、弱点であるはずのブレイブバードに耐えた。
「そのままリーフストーム!」
タイプ相性があるとはいえ、草タイプの中でも屈指の高威力技だ。ウォーグルの様子を見る限り、ダメージは確実に入っている。
「とぐろを巻く、攻撃と防御と命中率を上げる技。それでブレイブバードに耐えたとなると、ヤマトの技選択はかなり狭まってくる」
「ブレイブバードの反動もあるし、馬鹿力を出せばさらに攻撃力は下がって決定力に欠ける……と」
観客も分析を交えながら見守る。まだまだ応援するよ、とメグが声をかけると、また応援のチャントが歌われだした。メグは内心コウライに勝ってほしいと思っていたし、厳しい戦況に目を逸らしたくなることもあったが、チャントを歌っているとはやる気持ちを抑えられる。応援は自分のためでもあるのだ。
「っし、仕方ねえ。ヤマト、フリーフォール! 角度に気をつけろ」
ウォーグルは、ジャローダの身体に逆に締め付けられないような角度を見計らい、両足でジャローダを掴み、飛んだ。
「もっと高くだ! 高度で威力を補うぞ」
「そんなことしてええの? リジー、ソーラービーム!」
「げ」
身動きが取れなくとも、光を吸収することならできる。
かなり高くまで飛んだところで、コウライが降下を指示する。ほぼ同じタイミングで、ジャローダは光を吸収し終え、天――即ちウォーグルに向けてビームを放つ。
視認が追いつかぬ間に、地上で爆発音がした。コウライにとっても、ヒナタにとっても博打であった。
「どっち……どっちだ!?」
観客たちが見守る中、砂埃が去った後、立っていたのは――ウォーグルのヤマトだった。
「ジャローダ、戦闘不能。ウォーグルの勝ち、よって、チャリザードU-20ヒヨク大会、優勝者は――ライモンシティのコウライ!」
「いよっしゃー!」
「やったやったー!」
晴天の下に歓声が響く。メグも思わず、ごっさんと、応援仲間とハイタッチした。
「本当に良い試合でした。この後表彰式に移ります。今後コウライ選手とヒナタ選手は一部昇格となります」
実況がその事実を告げ、二人とも昇格が決まっていたことを観客たちは思い出す。それぐらい、二者のトレーナーとポケモンたちは勝ちに拘り、最後まで燃えた試合だったのだ。
観客たちはコウライとヒナタ、そして健闘したポケモンたちを称える。
「敢えての二部ファンだったんだけど、これは一部の試合も観に行かなきゃだめかも。イッシュ行こうかなー」
「またカロスでバトルしてくれよな!」
「ヤマトもリジーも大好きになっちゃった!」
○
「ぐぬう」
「懲りないね!」
表彰式を終え、スタジアムから出てきたコウライは、メグに顔を近づけた。メグは手を立てて防ぐ。
「……あのさあ」
「……なに」
メグが返すと、コウライはこぶしを握りしめる。
「好きです付き合ってくださいってこの歳で言わなきゃダメ〜!?」
試合時の凜々しい表情とは一転、冷や汗を浮かべたコウライが言った。
「それ私に訊くの!? 今!?」
二人のやりとりをごっさんが笑う。結局こういう二人でしかないのだが、互いにイッシュ人なのだ、言外の意味を察するのは不得手。ならば言ってやるしかない。
「そうねー、私は−、なあなあで流すよりかははっきりしてる人がタイプかなあー?」
「……」
そう言って手をおろすと、コウライに抱きすくめられた。
「だ、だから、そういうとこ……!」
「愛してるぜ、マーガレット」
耳元で告げられ、思考が真っ白になった。相手の表情は見えない。こんなの反則だ、レッドカードで一発退場だ。しかし、抵抗できる強さだとわかっていて、ふりほどかないメグも確信犯だ。
「……これで満足かよ」
やや不安そうにハグをほどいたコウライがそう言うものだから、メグにも火がついた。ゴールを決められっぱなしで終わるわけにはいかない。
「コウライ」
こういう時に可愛い声が出ないものだ。自分でも驚くぐらい低い声で、コウライの顔に自分の顔を寄せた。それからあっさりめに口づける。
顔を離すと、コウライは唇を押さえて目を逸らした。やってやったのだ、とわかると、メグも自然と口角が上がる。
「卒業式までには帰ってきてよね」
新・曇りなき者(2)
- 2019/01/14(Mon)
サザランドの報告は、以下のように進んだ。
まず、彼はブラックボードに、セボハノ地域の略地図を書いた。五角形のようなシンプルな地図の一部を丸で囲み、斜線で塗りつぶして「Desert」と書いた。セボハノ地域はほとんどが砂漠なのだ。
「砂漠といえど、生き物や自然には恵まれている。私は地域住民の力を借りて、オアシスを通るルートを探検した。結果、今から描くような生き物たちが見られた」
サザランドは描画を進めた。その生き物は、スタートゥスの知る単語で表現するならば、象、である。サザランドは二体の象に似た生き物を描いたが、形相は随分と違った。
「こちらの生き物は、体色は概ねライトブルー。反対にこちらは、ダークブラウン系統の体色であった。しかし、不思議なことにこの二者は対立することなく、同じ群れで行動する様子も見られた。ここまで意見は」
「はい」
スタートゥスの隣に座っている女学生が挙手した。
「どうぞ」
彼女は起立した。
「メリル・ラエネックと申します。私が見るに、左の生き物は体型や顔立ちが幼いように思います。右の生き物の子供という可能性はないのですか」
「もちろんその可能性もある。しかし、哺乳類のおとなと子供でここまでの差異が出る生き物が見つかっていないことも確かだ。引き続き観察を進める必要があるね」
「有難うございます」
彼女、メリルは着席した。目は輝いている。前列に座り、真っ先に挙手するこの意欲、彼女の探検をしたいという思いは本物なのだろう。
「はい」
半ばメリルに感化されるように、スタートゥスも挙手した。
「では隣の君」
「スタートゥス・ドレイデンと申します。今後これら二種の生き物がキングダム地方の図鑑に登録されるとして、種族名の候補として考えているものはありますか。サザランド先生なら、セボハノ地域での呼び名を取り入れることも考えられると思いまして」
「君……そこを訊くかね」
答えにくい質問だったのか、サザランドは頭を掻いた。
「いや、目の付けどころはとても良いんだ。しかし……どうやらセボハノの人々には、生き物を種名で呼ぶ習慣がないようで、みな固有名詞で呼んていたのだ。同じ生き物でも、こっちはジョン、こっちはマックス、といった具合にね」
辺りがざわついた。スタートゥスは隣のリリガントを見る。こいつは定義されたその時からリリガント。何か別の名で呼ぶ発想すらなかったのだ。
「もちろん、人によっては種名以外のニックネームで呼んでいる場合もあるだろう。しかし、ポケモンとして定義されると、その地方では種名が共有される。それがだ、セボハノの人々は、同じ種族という認識すらない。ポケモンや他の生き物たちでなく、木の一本一本まで固有名詞が存在するのだ」
サザランドは、「Thinking」と言って話を止めた。一度立ち止まってじっくり考えてほしい、というサインだ。
難しい話だった。ピカチュウという概念が存在せず、木にもすべて名前がついた世界。キングダム地方が植民地化したからといって、文化が似通っているわけではない。
そんな異文化の場所に彼は飛び込み、それでも尊敬を集めているのだ。改めて偉業であるとスタートゥスは思う。
「はい」
もう一度挙手した。メリルが驚いたようにこちらを見てくる。
「ドレイデン君」
「私は医学部生です。ポケモン医学も最近では注目されていますが、彼らがポケモンを固有名詞で呼ぶということは、図鑑を作る列強で同じ種とされていても、治療法などで違いが出てくるということですか」
「鋭いね」
サザランドが一言。隣でメリルが静かに拍手した。
「確かに、私が見た限りでは、同じ種族の同じような症状でも、セボハノ人は違う木の実で治療をしていた。我々が普段口にする木の実のうち、ポケモンの体力やその他様々な症状を回復促進させるものがあるというのは周知の事実だが」
サザランドは黒板に三種の木の実を描いた。彼はまず、イチョウ型の実を指す。
「例えばフィラの実。はるか昔、原産地のトルバやショウエネからセボハノに伝わったものと考えられる。食べてみると非常に辛い」
そして次に、雫のような形をした実の絵を指す。
「これはマゴの実。我がキングダムを中継とする植民地貿易でセボハノにもたらされたものだ。こちらは打って変わって甘い。そしてこちらが」
最後に、サザランドは釣鐘型の実に関して解説した。
「バンジの実。これは苦い実だ。セボハノ人は、ポケモンの体力を回復させる際、よく知られたオレンの実よりこれらをよく用いていた。種族にとらわれない、個々の味の好みを理解して、だ」
「なるほど!」
感嘆の声が講堂のそこここからあがる。そのうちの一人が挙手をした。
「では、多くの植民地をもつ我がキングダム地方は、それらや他の木の実を植民地貿易で得て調査をし、ポケモンの味の好みからくる、種の先の個々の違いを深く研究できる、と」
「その通り。では時間だ。各自で振り返る時間としよう。最後に、キングダム地方でのポケモン研究が持続可能な方法で進められることを望む、と強調しておこう」
<地方名をお借りしました>
・トルバ地方(エジプト。咲さん作)
・ショウエネ地方(トルコ。合同)
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