グローマの話を練ろうの会(3)
2018/11/04(Sun)
僕は信じていたんだ。
カミヨリの民と移民の混血である彼女なら、何かを変えてくれるのだと。
グローマの住むシダオリタウンには、初心者トレーナーにポケモンをくれる博士がいた。本当の名前はフランというが、彼を知る者からは嫌われ博士と呼ばれている。その呼び名のせいで、コクリンのジム巡りのためには彼のもとを訪れなければならない義務があるというのに、それに踏み出せない少年少女もいるという。実際グローマもそのひとりで、只ジム巡りはしていなかったのでポケモンはある程度育っていた。ネッコアラ、メグロコ、ガルーラ、サニーゴ。いずれもコクリン地方ではよく見かける種族だ。
「いよいよ訪れなければいけないらしい」
「それで俺も一緒ってことか」
隣でデイジが言った。彼もジムに挑む機会があるかもしれないからとグローマが誘っていた。もちろんそれは口実で、本当は一人で博士に会うのが怖いからなのだが。
腹をくくって、研究所の庭に足を踏み入れた−−そのとき。
「彼」が研究所から出てきた。
一度も会ったことはなかったが、メディアを通してグローマは知っていた。いや、それ以前に、彼が纏う圧倒的なオーラでわかる。
「ミズチ様」
口を衝いて出た名に、隣りに立っていたデイジが動揺するのが伝わった。そうだ。夜明けの空のような髪に赤みのない褐色肌、そして傍らには色違いのサーナイト。彼こそが、コクリン地方のチャンピオン、ミズチその人である。
「知ってくれていたのか」
聞こえていたのか、ミズチはそう答えた。
「見たところ、二人とも初心者トレーナーではないようだけど。……そしてカミヨリの民でもなさそうだね」
「私はグローマといいます。私は祖先が移民ですが、コクリンの者です。そんな立場ながら、ミズチ様のお陰で孤独を感じずに生きられています」
「そう、それは良かった。移民の人にそう感じてもらえるのが一番重要なんだ。移民だってコクリン人だ。古い信仰なんて、コクリンの人やポケモンの共存に必要のないものだ」
「……本当にそうでしょうか」
低い声でデイジが言った。
チャンピオンの言葉にグローマは感激すら覚えたが、隣りにいたデイジにとっては違ったようだ。
「私はデイジ。サクハ地方の砂の民です。雰囲気でわかるかもしれませんが、グローマの祖先も同じく砂の民です。先程ミズチさんは古い信仰は必要が無いと仰いましたが、私の民はまさにその古い信仰を失い、自分たちが何者であるのか遡れない状態なのです。そして、信仰を取り戻すため、こうして世界各地に散った砂の民を探しています」
デイジの冷静な言葉選びは、グローマの心にもすとんと落ちてくるものだった。
古い信仰がなければ自分のルーツは辿れない。確かにそうだ。だって今までのデイジとの話は全てそれだったではないか。
そもそも僕は、なぜサクハに帰っても良いと思ったんだ?
アイデンティティの確立? 信仰をもつカミヨリの民への憧れ? 何かに帰属したい思い?
「……そう。考えが合わないのは残念だね。それでも僕は、推し進めなければならない。今、混沌たるこの地方が求めているのは、圧倒的なカリスマなんだ」
ミズチが合図をすると、サーナイトは一歩前に出た。その姿は中性的で、しなやかでもあり、勇ましくもある。
「パレード」
デイジもドンファンのパレードを出した。昔からの、一番頼れる相棒だとデイジは話していた。
さすがに庭先でのバトルは良くないと判断したのか、お互い技を出しながら門の外へと移動する。二人とも冷静に、ただ心の内では燃えるように、自分の意志を貫いている。
お互いそこそこ体力が削れてきたところで、デイジに話しかけられた。
「お前はどちらにつくんだ」
「えっ」
「信仰を壊すのか。信仰を守るのか」
同じ赤茶色の目なのに、彼の視線は刺すようだった。こんな強い意志を宿った目は自分にはできないと、グローマは瞬時に悟った。
「僕は……」
その時に結果は出ず、二人ともに敵対する形でガルーラを出した。
結果は惨敗だった。最後に繰り出して体力もあったはずなのに、真っ先に倒され、ついでデイジのパレードが倒された。
「ふう……さすがチャンピオン。嘲る座ミズチはこうでないとね」
ミズチは嘲る座を自称した。嘲るとは言うが、この地方には圧倒的なカリスマが必要というミズチの言葉自体は間違っていない。
「戦っていて思い出した。君のこと、アドが話してたよ」
ミズチはサーナイトの毛並みを大切そうに整えながら言った。幼馴染の名前を出され、グローマの肩がすくむ。
「彼女はよく頑張ってくれている。出自が出自なのに、前向きにね」
いつの間にか研究所から出てきていたフラン博士に、あとはよろしく、と言って、彼はドンカラスに乗って飛び去って行った。