まんまる真珠はあの子のこころ


 カロスの中心、ミアレシティからクノエシティへと伸びる林道は、湿り気も多く、どこか禍々しい雰囲気を醸し出していた。
 ミアレジムのシトロンには負けてしまったが、道中の森の中の小さな町で、バッジをひとつ手に入れたショータは、この道をペロリームとともに歩んでいた。夏の肝試しを思い出す道だが、能天気なペロリームがいれば気分も明るくなる。
「ぺぇり」
「どうしたペロリーム」
 ペロリームはぺたぺたと歩み出し、茂みの前で足を止めた。
「何かあるんですか? ……ぎえっ!」
 茂みの奥から飛んできたのは、強い電気の力を帯びた技であった。
「わわっ、大丈夫ですか!」
 ショータはすぐにペロリームを抱えてかわす。その声が聞こえたのか、茂みから人が顔を出した。
 背筋の伸びた老人だ。
「おやおや。フレフワン、やはり電磁砲はなかなかコントロールが難しいの」
「あの、あなたは……」
 突然出てきた人に腰を抜かし、湿地にぺったりと尻もちをついてしまったショータは、老人から視線を離さずに言った。
「大丈夫だったかい? 少年。それにペロリーム」
「ぺぇり!」
「は、はい……」
 元気に返事をするペロリームにつられて、ショータは答える。
「えがったえがった。ペロリームは鼻が良いから、きっとフレフワンの香りにつられたのだな」
 同じく茂みから顔を出したフレフワンを見て、ペロリームはショータのもとを離れてジャンプした。フレフワンはハイタッチに応える。
「そうだ。フレフワン、電磁砲を使えるんですね。メモメモ……技の効果は……」
 その体勢のままメモとペンを取り出すショータを見て、老人は笑った。
「電磁砲は威力が高いゆえにコントロールが難しいが、当たれば必ず相手を麻痺状態にできる技だ。しかし、少年よ。フレフワンは本来電磁砲を覚えん」
「えっ! じゃあなんで使えるんですか!?」
「それはワシがひとえに……」
 老人は、軽い動作で茂みを跳んだ。
「電気技教えおじさんだからだ!」
「電気技教えおじさん!?」
 年齢からすると「おじいさん」のような気もするが、ショータは素直に返しておく。ともに茂みの前へ降りたフレフワンは、ペロリームと握手をした。
「いかにも。して、フレフワンはペロリームが気に入ったようだな」
「フワンッ」
 フレフワンは高い声で答えた。どうやら性別はメスらしい。
「そうだな。先ほどのメモをとる姿勢……ワシも君たちが気に入ったよ。どうだ、電気技を修行していかないか?」
「電気技? ペロリームにですか」
「ああ。ペロリームは十万ボルトのような技も覚えるが、一定の威力の技である代わりに、電気ポケモン以外がマスターするのは難しい。そこで、威力は不定だがペロリームのようなポケモンにぴったりのエレキボールを提案する。ペロリームはレベルアップでエナジーボールを覚えられるから、その時に、今エレキボールを覚えておくと撃つ感覚が似ていてマスターしやすい」
「なるほど……なるほど……」
 ショータはペンを走らせる。全部メモする必要はないぞ、と老人が言うのも気づかずに。
「やってみますか、ペロリーム」
「ぺぇり」
 お願いします、とショータが言って、特訓が始まった。
「まずはあの木に向かって」
「ぺぇり」
「次は幹を軸にUターン!」
「ぺり……?」
 メモ帳とペロリーム、それから小さな小さなエレキボールの動きを素早く見比べて、ショータは特訓のしかたを盗む。
「慣れてきたら、半径を調節してやる。慣れるときつめのヘアピンカーブでも撃てるようになるし、これは将来エナジーボールにも応用できることだ」
「あ、ありがとうございます!」
 早速ショータは、湿地に枝を刺し入れて、木の周りにいくつかの弧を描いた。
「まずはこの線の上空を。それから少しずつ、カーブをきつめていきましょう。よくイメージすれば大丈夫なはずです」
 盗んでからは、独自のやり方でコントロール力をあげていく。
 それは、老人も思わずほうと唸るほどであった。

 やっぱりまだヘアピンはきついですね、と言って見たペロリームの顔は泥だらけだった。上下の角度も色々変えてみたゆえの結果だ。
「でも、上手くコントロールできるようになれば、相手を追いつめるのに使えるはず!」
 そしてまたメモに書き込むと、老人が後ろから覗き込む。メモのページにはっきりとした影ができて、その時、ショータは随分と身長の高い人だなと思った。
「勉強熱心だの。きっと大成するだろう」
「あ、あまり見ないでください! まだまだ経験値が足りなくて……」
「みんな初めはそんなものだ。そういえば、その昔……軍をやめた時、ジムリーダーになることを勧めた後輩は元気にしているかの」
「えっ、おじさん、ジムリーダーの後輩が? ……ひょっとしてシトロンさんじゃありませんよね?」
 ショータが老人のほうを振り返って言う。シトロンには先日負けたばかりだ。
「同じ電気タイプだが違うなぁ」
「……おじさん、どこから来られたんですか?」
 ショータは、その高い身長の男を間近に見上げて訊いた。
「知ってるかな、イッシュというところから。観光にだよ」
「じゃあそこに後輩さんのジムが?」
「さぁの」
 二人が会話をしている傍ら、フレフワンがペロリームに見せるように、特訓に使っていた木に電磁砲を撃った。木はまっぷたつにわれ、煙がのぼる。いつもどこか掴みどころのないペロリームも、これには驚いた。
「おおフレフワン、今のは良かったぞ! しかし、この木はもう特訓には使えんな。今日はここまでか」
「フワーン」
「僕たちもここまでにしましょう、ペロリーム。晩の前に泥を落とさなきゃ」
「ぺぇり!」
 ペロリームとフレフワンは、その時もう一度握手を交わした。

 旅の道中で出会った不思議な老人と別れ、ショータは北への道をさらに進む。先導を切るペロリームは、自信に満ちた足取りであった。



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