ヤドキングにぴったりくっついているからなのか、その後ケツコは物音に驚いたりはしなくなった。
「プルリル、さみしかったのかな」
「え?」
「このへん、古いお墓のとこでしょ? だから、もう人はほとんど入ってこないし。ひょっとしたら、かまってほしいのかもよ」
「なるほど……そうか! ケツコ、訊きたいことが」
「なに?」
「ヤドキング、エスパータイプの技使える?」
「もちろん使えるよ」
「それじゃ、一つ協力してほしいことがあるんだ。あのさ……」
川沿いにナゾノクサを立たせ、ヒロトは陽気な声をあげた。
「レディース、エーン、ジェントルメーン! ナゾノクサショー、はっじまるよー!」
「イエーイ!」
ケツコとヤドキングが、それに拍手で答える。
「それじゃナゾノクサ、いくよ。そうれ!」
ナゾノクサは、“ようかいえき”を川にぶちまけ、その上をすべってくるくる踊った。
カゲミシティで見たライラックのラフレシアのパフォーマンスを真似ているのだ。
「“吸い取る”!」
ナゾノクサははりきって球体を出し、溶解液に向かわせる。球体は黒く染まり、ナゾノクサのもとに戻った。
「ナゾノクサは毒タイプだから、こんなのも平気! そして川をご覧あれ! もとのきれいな川に戻っちゃいましたー」
「ブラボー!」
ケツコが歓声をあげる中、ヒロトはその存在の気配を感じ取っていた。そして、出てこい、出てこいと思いつつ待つ。
やがて、視界に、水色と桃色の影がぼうっと映りこんだ。
「今よヤドキング、“念力”!」
ケツコがすかさず指示を出す。ヤドキングの技により、二匹のプルリルは姿を現したまま動きを封じられた。
「やりぃ! ナゾノクサ、“吸い取る”だ!」
「ナーゾッ」
ナゾノクサは二匹から体力を吸い取る。水タイプも入ったプルリルに効果は抜群だ。
「よし、今だ!」
ヒロトは空のモンスターボールを手にし、ひょいと投げる。
「私も!」
「えっ」
「いいでしょ」
ケツコも同じく、ボールを投げた。
そのまま、水色のプルリルはヒロトの、桃色のプルリルはケツコのボールに収まった。
「つ、つかまった」
「ゴーストだし、モンスターボールすり抜けちゃったり……しないよね?」
「それは考えてなかったよ……とりあえず出てきてもらおう、プルリル!」
ヒロトがボールを投げ、それを見てケツコも続く。
「プルー」
「プールッ」
プルリルたちは頷き、洞窟の奥地へと向かった。
「あ、あれどこ行くの、プルリルーッ」
しかし、プルリルたちに逃げる様子はなく、ヒロトたちにも見えるようにゆっくりと入っていく。それにヒロトとケツコが続いた。
鈍い振動が伝わった。
不気味に思ったヒロトとケツコは一瞬止まり、足下を見るが、常に浮遊しているプルリルたちにはわからない。むしろ彼らの表情はさんさんと輝いていた。
さらに進んでいくと、ぶるんとしたものに二人はぶつかった。見上げてみると、それはプルリルを数倍大きくしたような、桃色のポケモンだった!
「ぎゃあー!」
ヒロトは驚きのあまり絶叫し、ケツコは卒倒した。そのポケモンはすぐ攻撃に移る。“ナイトヘッド”だ。人間にレベルはないが、攻撃は通用する。
うぐ、とヒロトは苦しむ。威力もそうだが、そのポケモンから怒りがふつふつと感じられるのだ。
そういえばプルリルたちはどこに行ったのか、なんとか目を開いて辺りを見ても、どこにもいなくなっていた。
その時だった。
「サーナイト、“サイコキネシス”」
「サーナッ」
どこからか人の声がして、“サイコキネシス”が巨大ポケモンの動きを封じた。しかし、そのポケモンは必死で抵抗する。
「ヤ、ヤドキン……グ、さっきのもっかいいくよー……」
ケツコが起き上がり、支持を出す。「さっきの」という言葉で、ヒロトは理解した。間髪入れずにナゾノクサに支持を出す。
「“吸い取る”!」
ヤドキングの“念力”も加わり、完全に動けなくなったそのポケモンに、さっきと同じ技を放つ。
ヒロトは技を見て気づく。さっきより吸引力が強い。これは?吸い取る?の威力を高めた技……“メガドレイン”だ、と。
「すげーぞ、ナゾノクサ!」
「ナゾッ」
しかし、巨大ポケモンも諦めない。何かが流れる音がする。そのポケモンの体内からだった。
「来るぞ!」
未だ姿が見えぬ人が叫び、サーナイトは“サイコキネシス”を解除する。その後、ヒロトたちに逃げる隙を一切与えず、そのポケモンは“潮吹き”をぶちまけた。
ヒロトとケツコ、そしてナゾノクサとヤドキングを守ったのは、あのサーナイトだった。全員を後手にかばい、目を閉じてじっとしている。“瞑想”でダメージを軽減したのだ。
「ブルンゲル。お前ならもっと強いだろう、しかし“潮吹き”の威力はちと低い。もう限界なんじゃないか」
そのポケモンの前に出てきた老人が言う。ヒロトははっとした。
「オモトーさん! そうか、お墓参りって」
本人からもミズホからも聞いていたのに、プルリルゲットに夢中ですっかり忘れていたのだ。
「そう。ついでにここのゴーストポケモンたちに稽古をつけてもらおうと思ってな、墓地から離れたこの奥地でちと手合せをしていた」
そう言ったオモトーは背筋が伸びていた。杖などもはやオプションのようだ。
ホウソノシティで会った少年たちは、オモトーはスケジュールどおりだと笑っていたが、こういうことかと理解すると、ヒロトは慄いた。
ひととおり話が終わると、プルリルたちがそろりと出てきた。ブルンゲルは彼らのほうを振り向いて抱き着く。
「ブルーン……」
ブルンゲルの落ち着いた声に、プルリルたちはぷる、ぷると返事する。
「そうだな、ゴーストタイプとなれば、普通は別れることもないかもしれんな」
「この子たち、このブルンゲルの子供なの」
ケツコが訊くと、オモトーは静かに頷いた。
ヒロトにもケツコにも、それこそオモトーにも、彼らがどこで生まれ、どこでその命が終わるのか知らない。むしろ命なんて永遠なのかもしれない。しかし、このプルリルたちは生きていた存在が静かに眠る場所で、ずっと一緒に暮らしていたのだ。
「あのさ……ブルンゲル」
ヒロトが言うと、ケツコも顔を上げる。ブルンゲルは二人を見るが、もう怒ってはいないようだった。
「僕たち、プルリルと冒険したいんだ。プルリルもボールに入ってくれた。プルリル追っかけるのも、ケツコと作戦練るのも、すごく楽しかった。……許してくれないかな?」
「……ブルーン」
ブルンゲルは、頷いたのち、プルリルたちを抱きしめる手を一瞬強めてから彼らを手放した。
洞穴から出て、では明日の朝にな、と言ってオモトーとは別れた。ケツコともここでお別れだ。
「それじゃまた。ヒロトたちはジム戦頑張ってね! ……あれ」
「ん?」
ケツコはナゾノクサを見る。ナゾノクサは夕日を浴びて、橙色に光っていた。
まさか!
二人が思うやいなや、ナゾノクサの身体はみるみる大きくなっていった。クサイハナに進化したのだ。
「やったー! 進化だー!」
ヒロトはすぐクサイハナに抱き着く。クサイハナは照れるが、ヒロトは思わず顔を離してしまった。
「くさっ!」
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