Stage 2 : ユート団の影


 シヨウカ博士の提案で、ヒロトは、早く旅に出たい気持ちを抑えながらも、一度家に寄った。
「よく寄れたわね……すぐにルート1に行くもんだと思ってたけど」
「んー、そこはまあ。アチャモ見せたかったし」
「あら、とっても可愛いわね。これから旅立つあなたと同じ表情をしているわ……あと、これ持っていきなさい」
 母は、ヒロトに巻紙を渡した。サクハ地方の地図だ。
「タウンマップ。迷ったら、まずこれを見なさいね」
「ありがと母さん!」

 家を出て、西のルート1に早々飛び込もうとするヒロトを、先に待ち伏せしていたミズホが制した。
「待って! せっかくポケモン貰ったんだもん、まずは私とバトル!」
「あ、そっか! ミズホもキモリも超やる気じゃん、失礼のないようにしないとな、アチャモ!」
「チャモー!」
 乾季の太陽が優しく照りつける下で、アチャモとキモリの瞳がギラギラと輝く。ほとんどバトルをしてこなかった二匹にとっ て、幼馴染との真剣勝負はこれが初めてなのだ。
「いくわよキモリ! はたいちゃって!」
「おっと! じゃあこっちも! アチャモ、“ひっかく”!」
 草が揺れ、足音が響く。二匹ともダメージを受けた。
「よし、そのままいけっ!」
「キモリ、くるよ!」
「……と見せかけて“なきごえ”」
「は?」
 キモリはふいをつかれて、さらに“なきごえ”で攻撃力も下がってしまった。
「よし、また“ひっかく”!」
 キモリは思わず倒れた。新人ペア同士の初戦は、ヒロトとアチャモに軍配があがった。
「いよっしゃ!」
「強い……でも、よくやったわキモリ!」

 ルート1を抜けると、ヤエキタウンだ。
 ミズホは見当たらない。どうやらヒロトが先だったようで、それが嬉しくて思わずしたり顔になった。
「君! そう君! どうやら新人トレーナーみたいだね……」
 突然、道行くおじさんに声をかけられ、ヒロトは顔のニヤつきを抑えた。
「えっ、そうですけど。何でわかったんですか?」
 まださまになっていないからだろうか、とヒロトは服装をととのえる。
「そりゃぁ、服や靴がぴかぴかだからじゃないか! 君、ハツガタウンの方向から来たよね? そこの子なのかい?」
「はい。ハツガから来ました」
「そっかー。ハツガにはポケモンセンターやフレンドリィショップはないよね? おれが案内してあげるよ」
 おじさんは、ヒロトを連れて、ヤエキタウンにある様々な建物について教えた。
「今日も新人さんが捕まってるよ。あのおじさんも元気なもんだな」
 住民たちが笑いながら二人を見る。ヒロトは少し恥ずかしくなった。
「とまぁ、こんなもんだな! あ、ここはカラジって人の家なんだけど、今は留守だな。カラジはサクハのポケモン預かりシステムを管理してるのさ。トレーナーならポケモンセンターのパソコンは自由に使っていいんだぞ。それと、余りの傷薬やるよ。まだリュックは軽いだろ?」
「何から何まで……ありがとうございます!」
「いいってことよ!」

 この町でヒロトがすることといえば、ポケモンセンターでアチャモを回復させることくらいだった。
 ポケモンセンターで一泊し、翌朝チェックアウトしてセンターを出たヒロトに、ある少年の姿が目についた。
 アチャモがその人を凝視していたため、気になったのである。ただし、アチャモが凝視しているのは、その少年ではなく、傍らにいたミズゴロウだった。
「アチャ!」
 アチャモは思わず、ミズゴロウに突進した。ミズゴロウは、それを必要最低限の動きでかわした。
 少年はすぐにこのアチャモがトレーナーのポケモンとわかり、灰緑色の帽子から紫色の目を覗かせる。
「何だお前。自分のポケモンくらい、言うこと聞くようにしとけよ」
 勢い余って転んだアチャモはまた立ち上がり、少年に向かって何かを訴え続ける。少年もアチャモを見て、
「……ああ、そういうことか。そのアチャモ、シヨウカとかいう人の研究所にいた弱っちぃ奴か……」
「研究所からミズゴロウを盗んだのはお前か?」
「盗んだ?」
 ヒロトはそのまま、憎しみのこもった眼で少年を見続ける。
「何だ、やるのか? アチャモもお前も、じろじろ見てきやがって……その気ならさっさと片付けてやる」
 ヒロトはアチャモをこちら側に呼んだ。向かい合って、ヒロトにとって二度目のトレーナーとのバトルが始まった。

「呆れたな」
 ヒロトには、スバメのさえずりが、一時的に止んだように思えた。
「ここまで弱っちぃとはな」

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