ヒウメの森。乾季ともなるとそれほど活気は感じないが、居心地の良い空間であった。
フミヤは、昨日手に入れたばかりのラッシュバッジ――クダイシティジムリーダーに勝利した証――を眺める。今はボールで休んでいるミズゴロウが、一匹で相手の手持ち二匹を倒したのだ。
自分の目は正しかった。盗んだボール三つをハツガの滝へ持っていき、そこでどのポケモンに一番将来性があるか。あまりじっくり考える暇もなかったが、一目見る限りではミズゴロウが一番だったのだ。日々のポケモン観察の賜物だろう。
しかし、ミズゴロウの成長はフミヤの予想をわずかに越えていた。特に最近は、フミヤに忠実で、特訓時にも気合いが感じられる。
(あの時……)
過去に一度、ミズゴロウがひどく落ち込んだことがあった。フミヤを見ても曖昧な態度しか取らず、彼にはどうしようもなかった。
だから彼は率直に、彼が落ち込んだ原因と思われるものを言った。
「アチャモと……キモリか」
その言葉に、ミズゴロウは頭のひれを奮わせた。図星か、とフミヤは続ける。
「あいつら、好きか」
ミズゴロウは返事をしない。かわりに見せたのは、崩れた表情であった。
「嫌いなのか」
ミズゴロウは申し訳なさそうにうつむく。間違いない、ミズゴロウと他二匹とは、研究所で育った仲間以上の関係があった。それも、負の関係だ。ミズゴロウからしたら悟られないようにしているのかもしれないが、もともと観察眼の鋭いフミヤの前では無意味だ。
「いいか。俺はお前の昔話なんて、知ったこっちゃない。だからこうして、お前を元いた場所から引き離し、俺に従わせることができる」
フミヤは抑揚なく続ける。
「ユート団、そして俺のためにバトルをしなければならない。俺がボールを持つ限りはな。だが、心まで従うことを、俺は強要しない」
ミズゴロウはフミヤを見上げた。瞳に涙を溜めている。
「ゴ」
いつものおかしな声でなき、座っているフミヤに抱きついた。
「ゴローッ!」
……あの時。
ミズゴロウがしたことに、フミヤとて喜びを感じなかったわけではなかった。
お前が俺に居場所を求めるなら、俺はお前に応えたい。
だが、ミズゴロウに笑顔を返す時、必ずある団員の言葉を思い出すのだ。
――ニセモノの、セルロイド野郎。
○
ヒロトはドアノブを掴んで、まず優しく引いてみた。それが開いているとわかると、勢いをつけて引っ張った。
「たのもー!」
「……来たね。何、その挨拶」
「言ってみたかっただけです」
「そう。普段は私の弟子トレーナーたちも道場に行ってるから、私と戦う前に弟子を倒す必要はなし……」
シャクナは、ゆっくりと腰を上げた。
「改めまして、私はクダイシティジムリーダーのシャクナ! 物心ついた頃からトーチャンのもと修行して、格闘タイプのポケモンの扱いには右に出る者はいないでしょう……と言いたいとこだけど、トーチャンには敵わないかな」
へへっ、とシャクナは笑った。それから、ジムの入り口に立つ男に目配せした。
「オレが審判をさせていただく。まあ、シャクナのことは彼女が言った通りだ! 未来のチャンピオンにオレが一言助言するとしたら、彼女は基本的に押しが強いが、たまに女性らしく控えめになることもある。だがそれも彼女にとっては作戦の一つ。絶対に気を抜くなよ。使用ポケモンは二体だ」
「そういうこと、それじゃ、挑戦者サイドへ」
シャクナは挑戦者の少年を挑戦者サイドへ促した。サクハ地方のリーグ公認ジムなら、挑戦者サイドは必ず入り口から向かって左になる。それも覚えておくといい、と審判は付け足した。
「では、はじめっ!」
「バトルスタートだ、アチャモ!」
「マクノシタ! つかみをしっかりね」
シャクナが出したポケモンは、道場でも多くのトレーナーが使っていたポケモン、マクノシタだ。
「道場のやつより強いだろーなぁ……」
「それはバトルしたらわかるわ!」
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