Stage 8 : チャービル、その姿


 勝ちたい。
 これが、今のヒロトとアチャモの、共通した思いであった。
 トレーナーの感情はポケモンに影響を及ぼすし、その逆も少なくない。
 ついさっきだって、元気そうなアチャモを見て、ヒロトも元気になったというものだ。
 だが、相手はどうか。
 余裕のない表情をしたチャービルと、余裕のあるコノハナ。
 互いに影響を及ぼすことが極めて少なく、それが逆にヒロトに恐怖を植えつけていた。

「もう“つつく”によるフェイントは効かないよ……コノハナは頭がいいからね」
「わかってますよ……アチャモ、どうする……?」
「そっちが来ないなら、こっちからいくよ。コノハナ、“めざめるパワー”」
「コーココッ!」
 両手を強くたたき、それからアチャモに手のひらを向け、無数の小さな光線を放つ。
 そのいくつかがぶつかると、光線は水となり、はじけた。
「水……!?」
「そうさ。どうもこのジムには、炎タイプで挑戦するトレーナーが多くてね」
 アチャモは弱々しく倒れる。その姿を見て、ヒロトは顔面蒼白になった。
「ああ……アチャモ……」
「チャ、モ」
 審判はアチャモを見るが、まだ戦闘不能とは判断されなかった。
「まだ、できるだろ……アチャモ……!」
「アッ……チャモー!!」
 アチャモが強くうなると、アチャモの身体が白く光り始めた。
「これは、……進化!!」
 それにはチャービルもさすがに驚く。
「アチャモ……じゃないな、」
 アチャモは大きさが二倍以上になり、また目つきも鋭くなった。
 新しい姿に、ポケモン図鑑が反応する。
 ――ワカシャモ、わかどりポケモン。得意技は“二度蹴り”――
「ワカシャモ!」
「シャアモ」
 やや低くなった声で、ワカシャモは返事した。

 挑戦者とジムリーダー、そしてポケモンたちが再び対峙する。
 ワカシャモの鋭い眼光が、コノハナに、そしてチャービルに突き刺さる。
 ――次の一発で決める。
 お互いにそう思っていた。

 確かワカシャモの得意技は“二度蹴り”であると、図鑑が言っていた。
 格闘タイプの技で、コノハナにも効果的なダメージを与えることができる。
 それなら、それを使うしかないだろう。
「いくぞワカシャモ、一発で決めろ! “二度蹴り”!」
 ワカシャモは走った。さっきより素早さも上昇している。
 また、アチャモの頃よりも、走る時にある癖が出ていた。
 思ったとおりだ、とヒロトは思った。
「跳べ!」
「シャモッ!」
「なるほど、上空からの蹴りだな、だけど言ったじゃないか、コノハナにフェイントは効かな……」
 コノハナは上を向き、守りの体制を取る。その時だった。
 ワカシャモの右足は、コノハナをとらえることはなかった。
「えっ」
 それには、さすがにコノハナも戸惑う。
「左足……」
 その後は、まさに一瞬であった。
 右足をさっと動かし、その直後に左足で蹴る。
 コノハナは下に強く叩きつけられた。
「コノハナ、戦闘不能。ワカシャモの勝ち! よって勝者、ハツガタウンのヒロト!」
 その声を聞いて安心したのか、ワカシャモもその場にくずおれた。
「いやったー!! ワカシャモよくやったな! 勝ったぞー!」
 なんとか呼吸を整えようとするワカシャモに、ヒロトが駆けつける。ほらナゾノクサも、とヒロトが呼ぶと、ナゾノクサもワカシャモに近づいた。
「どうして……」
 チャービルが言う。
「セパタクローからヒントをもらったんです。上から思いっきりボールを蹴って敵陣に入れるっていうのを見て、バトルにも応用できないかと……。で、さっき“つつく”を指示したとき全力で走ったアチャモを見て、地面を蹴る強さが左足のほうが上だな、と思って。どうせコノハナならどちらかは止められるんだろうし、それなら脚力の強いほうで蹴るべきだと」
「どうして……」
「えっ、だから」
 チャービルはヒロトに言ったのではなかったのか。コノハナを抱き、ひたすら下を向いて呟くチャービルを見て、ヒロトも戸惑う。
「数分すれば落ち着くだろう……一度、外に出てくれないか」
「えっ、……わかりました」
 審判に言われ、ヒロトはヒウメジムを後にした。

 ポケモンを回復させ、ポケモンセンターで一泊した朝。
 ヒウメシティ北部、またしても都心から離れた郊外へ出た。
 住宅地の先には砂地が広がる。地図には、“クオン遺跡”とだけ書かれていた。
 ここを越えなければ、次の町カゲミには行けない。ヒロトがぐっと唾を呑みこむと、背後からさっき戦ったジムリーダーの声がした。
「おーい! バッジを受け取ってくれー!」
 チャービルはバッジを投げ、よろける。ヒロトはなんとかバッジを受け取った。
「あ、あの! こういうこと言うのもなんなんですけど、僕が受け取れてなかったら、砂地に落ちてましたよ!」
「ああ、ごめん。まあいいじゃないか、受け取れたのなら結果オーライ!」
 そのままチャービルはヒロトに近づいた。
「で、さっきのは……」
「……苦手なんだよ、「視線」が」
「はい……?」
 えっ、この人アナウンサーですよね、バラエティ番組に出たりしてるんですよね、とヒロトは思う。
「どんな私も好きだ――と言い聞かせてはいるんだけど、バトルに負けた時の私は嫌いだ。普段はほんのちょっぴり脱力していても、バトルだけは完璧を目指してしまう……だから、普段はジムトレーナーにもバトルを見せない。負けた時の自分を見られたくはないからね」
「……そういうことでしたか。でも、チャービルさんとのバトル、本当に楽しかったですよ! ナゾノクサもちょっとだけはしゃいでたみたいだし」
「そうか」
「ああ、でも、嬉しいなー! やってもいいよね」
 そう言って、ヒロトは回復したワカシャモを出す。
「シンゼスバッジゲット、またしてもサクセース!!」
「シャーモー!!」

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