Stage 9 : 陰謀渦巻く遺跡


 先手を取ったのはエレブーであった。拳にエネルギーをため、エアームドに突進する。
「“雷パンチ”よ!」
「飛んで避けるんだ」
 エアームドは指示通りに上昇したが、エレブーもその動きに合わせ拳を突き上げた。
「うちのエレブーはね、アッパーもできちゃうのよ!」
 カレットが得意気に微笑む。
「今だワカシャモ、“火の粉”!」
 そこへすかさず、ヒロトが指示を入れる。
 ワカシャモでは、炎・ゴーストタイプのランプラーへの攻撃はどうしても不利だ。そこで、エレブーとエアームドとの距離が離れた時に、エレブーに炎技をぶつけたい、と狙っていたのだ。
「シャーモッ」
 ワカシャモは、以前より威力が高まった技をエレブーにぶつける。飛んでいたエアームドには当たらなかった。
「エレブーの相手は僕のワカシャモだ!」
「いーやっ。そんなのこっちが不利じゃない。いくわよランプラー、“スモッグ”!」
「危ない、伏せろ!」
 スモッグを浴びたポケモンは、高確率で毒を浴びてしまう。ワカシャモは指示通り伏せようとするが、ランプラーが技を繰り出すほうがわずかに早かった。
 毒状態か、と思った時、ワカシャモの前にエアームドが立ちふさがった。
「はは、毒タイプの技は鋼タイプのエアームドに効果なし……だね」
 エアームドはその技をはじく。それを見たリンドが言った。

 スモッグの煙が薄れた頃、カレットが言った。
「サクハの研究者ったら、寛容さが足りないのよ。他の地方じゃ、生態系が変わることを嬉々と見守る研究者だっているのに」
「それは違う」
 リンドがすぐさま否定する。
「なにがよ」
「生態系が変わることだってある、でも、それはあくまでも自然にだ。サクハ地方の場合は、それに人の手が入ってるってところが違う」
「そうね、でもそれがなんでいけないの」
 リンドとカレットが言い争う中、ヒロトは、リンドの腰についた多くのボールを見た。
「ヒロト……?」
「みんな、感情が高ぶってた。ランプラーたちも、チョロネコも、ダンゴロも……怒ってた、悲しんでた」
「結局「感情」ねぇ……」
「それに、そんなポケモンたちが、もしサクハで増えはじめたら、逆に減ってしまうポケモンだっている! 僕はそれが悲しい」
 ヒロトは、そっとワカシャモに寄り添う。冷気漂う中、ワカシャモがヒロトの心をぼうっと燃やした。
「だから、僕はユート団のやり方には反対だし、止めたいと思う!」
「あーあ、とぉっても残念だわ。いいわランプラー、“シャドーボール”!」
「ワカシャモ、“火の粉”で防いでくれ!」
 ワカシャモは狙いを定めて火の粉を当て、シャドーボールの威力を打ち消す。本来ならば威力からして叶わないのだが、そこはキャリアの差だ。しばらくの間旅をして鍛えられたワカシャモと、将来強いポケモンになるという理由で即席でパーティに入れられたランプラーとでは、威力以外の差もある。
「オーケー、なかなかいいね」
「リンドさん……?」
「怒っているのは俺たちも同じだ。ヒロト君とワカシャモを見てたら、俺たちも気持ちをぶつけたくなった。……エアームド、“高速移動”。そしてそこからの、“エアカッター”!」
 エアームドは部屋を旋回し、その間にも器用に攻撃技を繰り出す。思わぬ軌道を描いて敵に向かう“エアカッター”に、エレブーもランプラーも避ける術を持たなかった。
 エアームドが攻撃の手をゆるめた時には、二匹とも戦闘不能になっていた。
「……すごい」
 唖然として、ヒロトが言う。ランプラーにならともかく、エレブーには効果がいまひとつの“エアカッター”で、あれだけの攻撃力が。
「はい、おわり。もう少し骨があると思ってたけど、まあこんなもんか」
 リンドは、自分のもとに戻ってきたエアームドの、自慢の翼をなでる。ヒロトは、彼にトレーナーとしてただものならぬものを感じた。

 「いいわ、教えてあげる」
 自身の敗北後も、声色も顔色も変えずカレットが言った。
「ケルドーンにイズラーグ、……ご存じよね」
「……サクハ神話では、アフカスの左腕によって身動きを封じられたポケモンだというが……」
「そう。そして、ユート団が狙う最高のポケモン」
「最高のポケモン……?」
「ええ。火山と氷山、その二匹が持つ力を使えば、サクハの環境だって変えられる。強いポケモンが住みやすい世界になるのよ!」
「なんてことだ……」
「まだまだユート団には策があるのよ、覚えておいて。ほら、あんた」
「え? ああ……」
 下っ端団員は、ヒロトに碑文を渡した。
「私は約束は守るから。さ、地上にのぼるわよ」

 ヒロトたちが地上についた時、フミヤが、首が長く、空が飛べそうな緑色のポケモン――トロピウスと一緒にいた。
 さらに彼の手には、あの碑文がしっかり持たれていた。
「え、フミヤ! それ……」
 ヒロトは、自分が持っていた碑文を見せて言う。
「まんまと騙されたな。それは、俺が描いた偽物だ」
「えっ……」
 途端、ヒロトの腕から力が抜けた。トロピウスは、その間にもぐんぐん上昇する。
「あんたたちに、フミヤと鉢合わされたら面倒だったもの。しっかり時間、稼いでやったわ」
「カレットお前……!」
「“テレポート”!」
 下っ端団員が持っていたケーシィが手をかざすと、団員とカレットとともに消えてしまった。

「盗ませてしまった……?」
 ヒロトは絶望しきった表情で、フミヤがのぼった空をぼんやり見た。
「フミヤ……あの少年、こんなにそっくりな偽物を……」
 地面に転げ落ちたままの碑文を拾って、リンドが言った。
「まだ……まだどこかで、絶対に阻止できるタイミングがあるはずだ。俺は引き続き、ヤツらを追う」
「本当に、そんなタイミングが」
「ああ、ある。現に俺たちはカレットに勝てた、そうだろ? それに、俺は何回もバトルしてきたけど、君には伸びしろがある! ワカシャモの火の粉を見た時、はっきりそう感じた」
 リンドがそう言ったとき、碑文を覗き込むポケモンがいた。
「お前……コモルー」
 ヒロトがそう呼ぶと、コモルーはヒロトのほうを向く。
「コモルー、どうしてこんなところに……ヒロト君、このコモルーを知っているのか?」
「うん。前はクロモジ道場の近くで見たんだけど……」
 コモルーは、そのまま前足でヒロトの手の甲にそっと触れる。コモルーの表情は読めないが、そこになにか暖かいものを感じ、ヒロトはふっと笑い、コモルー、と呼びかけた。
 するとコモルーはすぐさま前足を離し、前のようにどこかへ逃げてしまった。
 ヒロトは追いかけることもなく見送る。その目に少しだけ生気が戻っていた。
「もっと……もっと強くなればいい。ユート団とは違う方法で」
 ヒロトが言うと、わかってるじゃないか、とリンドが微笑む。
「ああ、そのためにも、バッジを集めて、ポケモンリーグに迎え」
「うん」
 ヒロトは小さく、だがはっきりと言い切った。
「強くなった君を見るのを、楽しみにしているよ。それじゃ」
 リンドはエアームドに乗って、南の空に消えた。

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