北の開拓者たち


 シンボラーはキマワリの方は見ず、一定の方角を向いていた。それでも、バトルは始まる。
シンボラーは、さっとキマワリのほうを向き、“エアスラッシュ”をかました。それから、またもとの方角に向き直る。さりげない攻撃だが、草タイプのキマワリには効果抜群だ。このままダメージが蓄積すると危ないだろう。
 キマワリがはじめに出す技といえば、“日本晴れ”に決まっている。エデルのキマワリは、まず気持ちを盛り上げるところから始める。特性“サンパワー”により体力は削られるが、特攻がこれでぐっと上がるのだ。
 シンボラーが強い日差しが注ぐほうを向く。次の技は“サイコショック”だった。この技は特殊技であるにもかかわらず、相手の防御力によってダメージが決まる。さきの攻撃で、キマワリは特防より防御が低いとわかって放ったのだろうか、だとするとこのシンボラーは頭が切れる。またシンボラーが向き直る時、エデルは若干の恐怖を覚えた。
 キマワリは不服そうな表情を浮かべた。シンボラーに向かって、キマァとなく。だが、シンボラーはそれになんの反応も示さない。
 キマワリは、さらに叫び続ける。だが、シンボラーは相変わらずの反応だ。
 それを見たエデルは、シンボラーは一体何を見ているのかと考え始める。
 ふと、シンボラーが見ているであろう方を振り向く。エデルにはただの壁だが、シンボラーにはこの向こうが見えているのだろうか。
 キマワリの“日本晴れ”による日差しは、南から注いでいる。そこから少しずれたこの視線は、まさに南南東へ向かっているのだ。
 その場所は、確か。
 エデルは来た道、そしてここに来る前に手に入れた、サクハ地方のタウンマップを思い出す。
 あ、と声を漏らしそうになるのをこらえ、またフィールドを見ると、キマワリがこちらを振り向いていた。
 わたくしが見ていますよ、とエデルは微笑む。
「キマーッ!」
 日本晴れに特性も相まって、キマワリの“ソーラービーム”はより大きな光を乗せ、シンボラーに向かって一直線に伸びた。
「……」
 シンボラーは、全てを浴びつくす前に“サイコショック”で跳ね返す。
 見るだけで目眩を誘う色をした光ががキマワリのもとではじける。これには、試合を見ているエデルもたまらない。さらにコートの向こうで、バンジローも目を押さえていた。
 これはダメージより辛いものがある、と思いつつ、エデルは目を開いたが、キマワリは少しよろめいただけであった。
 そうか、とエデルは納得させられる。キマワリはいつでも笑っているポケモンで、目はいつも曲線だ。そのおかげで、視界にダメージはなかったらしい。
「キマ、キーマー!」
 相変わらずこちらを向かないシンボラーに、キマワリはどうしても納得がいかないようだ。笑顔を保ちながら、態度は怒っている。
 その時、シンボラーのその向こうにいたバンジローが目をこすり、少しずつ目を開けていく。
「キマッ!」
(なにか……ひらめいた?)
 キマワリはよろよろした足取りのままで歩く。エデルははっとした。
「キーッ、マーッ!」
 キマワリは、自らシンボラーと目を合わせにいき、もう一度“ソーラービーム”を放った。
 じっと遠くを見ていたはずが、かなり近い距離で光線を見せ付けられるという非常事態に、シンボラーは両翼で防ごうとするも、それは無駄であった。
「シンボラー、戦闘不能」
 じっと見ていた審判が言い放つ。高揚感などまるでない、ただポケモンの感情をむだに掻き立てぬとした、抑揚のない声で言った。
「戻れ、シンボラー。……まさか視線が弱点になるなんて」
 緊張感と“日本晴れ”の陽光で、エデルも、キマワリも、バンジローも汗だくであった。
「あの、次のポケモンを出される前に……。シンボラーが見ていたのは、ダイロウシティの遺跡ですよね?」
「……」
「ここへ来るとき、バスで見たのです」
「……最後のポケモンだ、いけ、ノクタス」
「えっ」
 バンジローはエデルの問いには少しも答えず、最後にして最強のポケモン――ノクタスを繰り出した。

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