北の開拓者たち


 ノクタスは腕を組んで笑う。バンジローも汗を垂らしながらも、にいと笑った。
 そこから自信、信頼、そして長く一緒にいたことを読み取り、エデルは身震いした。
 キマワリにはもう体力がない。エデルはキマワリをバトルさせる時、キマワリの体力がわずかであれば、たとえ相手を倒せなくても使う技があった。?がむしゃら?だ。
 キマワリは、エデルと長年バトルしていく中で、体力がなければこの技だと、感覚的に覚えていた。
「キマキマキマー!」
 キマワリは汗を散らしながら進む。ノクタスは腕を交差させ防御体制に入るが、?がむしゃら?は体力が少ないほど大きなダメージを与える技だ、受けきれずに防御体勢が崩れた。
 だが、これでポケモンが倒れるわけではない。
 ノクタスは腕を振り上げ、思いっきりキマワリを殴った。
(あの技は……)
 ?リベンジ?だ。後攻であれば最大威力を発揮する。
 キマワリは派手に飛ばされ、あおむけに倒れた。
「キ、キマァ……」
「キマワリ、戦闘不能」
 審判が言い放った声はいくらかのこだまを残した。
 大きな傷を負った中、キマワリはエデルを見上げて笑う。勝ってくれ、そう言っているかのように。
「あなたはこんな時でも、わたくしやポケモンたちを励ましてくれるのですね……ゆっくり休んで」
 エデルはキマワリを戻し、別のボールを取って立ち上がる。
 キマワリの頑張りに応えなければ。闘志はボールを通じて、中のポケモンにも伝わる。
「教えてやるよ」
 バンジローは冷たく言い放つ。
「推測は正しい、シンボラーが見ていたのは、ダイロウシティにある?古代の左腕?だ。そこで僕はなにも知らぬまま?王子?とされて、今ここにいるってわけさ。王子つっても、なんにもねぇ、なんにも持たねぇ。今の境遇に笑っちまうよ」
 バンジローは目をぱっちりと開き、不気味に笑う。
「ルー、……」
 今更、勝ちにいきましょう、といった掛け声はいらない。ボールから出たグランブルのルーは、ノクタスを睨みつけた。
 グランブルの頼もしい後姿を見てエデルは安心するが、あの?リベンジ?という技が気がかりだ。格闘タイプのあの技をグランブルが一度でも受ければ、大ダメージは免れない。
 まずは動きを封じに、と、グランブルは的確に?電磁波?を放つ。
 だが、ノクタスも動きを封じにきていた。?宿り木のタネ?がグランブルへ向かい、そこで芽吹く。
 こちらはまひ、あちらは宿り木。互いに戦いにくい状況だ。
 相手がまひ状態になったことで、グランブルは確実に先攻をとれる状況になった。?おんがえし?しようと、ノクタスに向かう。だが、攻撃はノクタスのほうが先であった。
(?不意打ち?……!)
 相手が攻撃のことで精一杯で、防御がゆるくなっている時に威力を発揮するその技をくらい、グランブルはうめいた。
 エデルは、ルー、と叫びたくなる衝動を抑える。全く、誰がこんなルールでバトルしようと言い出したのだろうか。
 グランブルは、一旦攻撃の体勢を解く。そして、ゆっくりと、後ずさりした。
 そして、?ビルドアップ?する。
 その後も攻撃の意志は見られず、これにはノクタスが困惑した。この間にも宿り木で体力は奪われているのに、とエデルははらはらしながらグランブルを見守る。
 ?ビルドアップ?を繰り返すグランブルに、ノクタスは?リベンジ?した。
 だが、威力は小さなものだった。
(なるほど!)
 ノクタスが出す?リベンジ?と?不意打ち?、それはいずれも、攻撃を受けなければ威力を上げられない技だったのだ。
 宿り木に体力を奪われ、歯の隙間から息が響く。
 ……次で決める。
 ……いっておいで。
 実際に互いの声が聞こえるわけではないが、そこで意思が、意志が一致する。
 出会ったのはカモネギやキマワリより遅いし、気持ちのすれ違いも多々あった。それでも、エデルにとっては、はじめての、家で与えられた以外のポケモンなのだ。
 グランブルは宿り木を噛み千切りながらノクタスに向かい、最大威力で?恩返し?を繰り出した。
 身体のしびれに加え大ダメージを受けたノクタスは、その場に倒れてしまった。
 バンジローは困惑する。ノクタスは一度立ち上がろうとしたものの、腕の力がふっと抜けた。
「ノクタス、戦闘不能。よってこの試合、挑戦者エデルの勝ち」
「ルー……」
 エデルはほっとしたのか、目尻に涙が溜まった。
「ありがとう」
 宿り木の苦しみから解放されたグランブルを見て、エデルは優しく宿り木をほどいた。それを見てバンジローは呆然としている。
「……され、これでようやく感情をあらわにできますわ」
 エデルはグランブルをボールへ戻し、バンジローのもとへつかつかと向かった。
「甘えないでください!」
 バンジローにとっては、それこそが不意打ちだ。
「はぁ……?」
「王子として生まれて、不条理だって感じたでしょう。それでも、受け入れなければならない運命だってあるんです」
 エデルは短く切った茶髪を梳く。
「全てに立ち向かおうと思えば、最後に残るのは孤独ですわ。わたくしだって、ルーだって、孤独を感じたことがあります。だけど、周りにはわたくしたちを支えてくれる仲間がいました」
 半分は自分に言っているようなものだ、とエデルは思う。
 髪の色のことは吹っ切れたし、今の進路に迷いも間違いもない。だが、それでもドレイデン家の娘でいられるのか、と考え出すときりがない。
「受け入れなければならない、って」
「誇ればいいのですよ。そっちの方が楽しいですわ」
 エデルが自信満々でそう言った時、まだその場にいたノクタスが立ち上がる。
「ノクタス、まだ体力が……」
「時間をかければ立ち上がるぐらいならできる。一度戦闘不能になれば、それは覆されない。……ありがとう、ノクタス。戻ってくれ」
 バンジローのその言葉は、エデルの発言についてどう思っているのかはわからないが、バトルについては敗北を受け入れたということを表していた。
「僕が王子なら、こいつは姫。まあ族長の末裔ってだけだけどな」
「ノクタス、素敵でしたよ。やっぱりオーラが違うというか」
「……わかるのか?」
「すぐにわかります」
 エデルも穏やかな表情になる。
「さて、これでわたくしがブレーンになれる、ということですね。そしてあなたは研修生……」
 バンジローは悪寒がした。
「仲間ですわね」
 エデルは笑い、中腰になって右手を差し出す。ちょうどバンジローが手をとりやすい位置だ。
 バンジローも右手を差し出し、固い握手を交わした。

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