北の開拓者たち


 ニアもダイジュもバンジローも試合についた今、研修生として挑戦者を待ち構えているのは、水色の髪を青く透き通った宝珠でまとめ、女の子らしいパステルカラーの服で全身を統一している少女トランただ一人であった。

 部屋は沈黙に支配されていたが、やがて扉の開く音が鈍く響く。
 トランには、他の三人にはない緊張感があった。レンタルポケモンの三匹でのバトルすること、それは例えそのポケモンのことをよく知っていても、戦略などは三匹のバランスを見てから咄嗟に決めなければならない。
 ――大丈夫、ずっと特訓してきたんだから。
 トランはそう言い聞かせる。
 扉の向こうから相手が見えた。相手の青年は、無表情で挑戦者サイドへ向かっていく。
「ここでいいんだな」
「はい」
 審判が答えた。ファクトリーであればもう少し華やかになるであろう、仮設のコンベアが動いた。
「ポケモンの交換を」
 次はトランが言う。
「じゃあ、このボールとこのボールを」
「ボ、ボール、って……あなた、中身は」
「わからないほうが楽しいだろ?」
 青年はボールを一つ置き、そのすぐ隣にあった別のボールを取った。
 そして、おもむろに三つのボールを高く投げ上げ、先に落ちてきたものから順に、落とすことなく取った。
 なんという余裕だろうか、その様子を見たトランは唾を飲む。せっかく落ち着いてきたのに、緊張感は増すばかりであった。
「私はっ……ファクトリーエリートのトラン! ロダンオーナーにスカウトされ、二人でポケモンを育ててきました。あなたが手にしているボールに入っているのも、私かオーナーのどちらかが育てたポケモンです。ですが、三匹を見て戦略を考えねばならないという点では、私も挑戦者も同じです!」
「その通りだ、変に手加減されても困る」
「……はい、私も全力で戦いますから」
 トランは一匹目を手に取る。挑戦者たちの試合中、ランダムで選ばれたポケモンだ。
「挑戦者カグロ対ファクトリーエリートのトラン、試合開始!」
「まず一匹目……」
「私はこのポケモンで!」
 直後、フィールドに降り立ったのは、トゲキッスとハピナスであった。
 一見なんとも縁起がよさそうだが、一見厳しい戦いになるともとれる。
 ハピナスといえば、昔“破壊光線”を覚えさせて相手を驚かせたことがあったが、このハピナスがそういう育て方をされているかと問われればその可能性は薄いだろう、とカグロは思った。
 一方、カグロのトゲキッスは――
「“波動弾”」
 タイプ相性では効果抜群であるはずのその技を放つ。だが、相性とトゲキッスの特攻の高さをもってしても、ハピナスはほとんど動じなかった。
「交代してくると思ったのですが」
 ハピナスは両手でこねるように “どくどく”の素をつくり、トゲキッスへと向かわせた。
「変だな」
 カグロは独りごちた。トゲキッスの育て方を見ても、育てた主からギャンブルに走れと言われているような気しかしないのだ。
 確かに強いトレーナーには多少運の要素はある。このような育て方をしたのがトランではなくオーナーであれば、育てた主の意図も見え隠れする。
 このまま交代をしなければ、“波動弾”を撃っても“タマゴ産み”で回復されてしまう――という考えが、相手も同じであれば。
「……仕方ない」
 トゲキッスはその場にとどまる。その間にも、身体には毒が回る。
「あら? 交代でないとは……ハピナス、“タマゴ産み”」
 ハピナスは自身の栄養が詰まったタマゴをかじる。すぐにまた体力を取り戻したハピナスの眼前には、歯を食いしばったトゲキッスが迫っていた。
「当ててくれ、……“気合いパンチ”」
 命中率は、それこそ「気合い」だが、トゲキッスは冷静なカグロのもと高ぶる心を押さえ、ハピナスに大きなダメージを与えた。
「そんな、ハピナス! ……ひょっとして、“はりきり”!?」
「……ああ」
 体力を回復していたとしても、威力150の物理技、それも格闘タイプとなると、ハピナスでも耐えられない。
「どっちにしろ交代を読まれると思ったから、まず“波動弾”で様子を見た。ほぼ効かないところを見て、物理防御力は強化されていないとわかった。……“はりきり”は攻撃力は上がるが技は外れやすい、ただの運だ」
 トゲキッスは、おぼつかない様子で下がった。
「こうしている間にも、トゲキッスには毒が回る。次のポケモンを」
「……もちろんです」

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