北の開拓者たち


 勝者に道を通したトランは、ひとり、はじめの道筋をなぞっていた。

 これはトランが生まれる少し前のことだが、忍者の里セキチクシティは、新しいポケモンたちを憧れ半分、嫌悪半分で迎え入れた。
 サファリゾーンの建設は、セキチク古来のポケモンに悪影響を与えるとして何度も議論と調査が行われた。結局は、サファリボールで捕まえない限りポケモンはエリアから出さないという合意のもと建設されることとなった。
 これは一部の人は眉に皺を寄せたが、サファリゾーンには、そんな人々を含め、誰もがみんなその美しさに振り向くポケモンがいた。
 それが、ハクリューだった。
 釣ることすら難しく、さらに捕まえるとなるとかなりの労力を費やし、そのポケモンを捕まえた人はたちまち町のアイドルになった。

 トランは、サファリゾーン前にある、珍しいポケモンが見られる広場が好きで、よくここへ個性的なポケモンたちを眺めていた。
 それから、ここにいるポケモンたちをもっと間近で見つめ、さらには捕まえることまでできるサファリゾーンに思いを馳せていた。
 トランは何度もサファリの受付へ行ったが、カントーではポケモンを持てるのは十歳からだから、と言われ門前払いをされた。
 だがある時、トランは若い受付の人に説得を試みた。
「見るだけでいいんだって、サファリボールはいらないから」
「そんなこと言われてもねぇ……危険だよ」
「ポケモンに危険もなにもないよ、みんなこんなに可愛いのに!」
「サファリにいるとて野生なんだよ、君はポケモンのことを知らなすぎる」
「じゃああなたはよく知ってるの?」
「ああ、もちろん。じゃないと受付なんてしない」
「……それなら、ついて来て、ね!」
「はい? えっ、ああ!」
 トランはそう言い捨て、サファリへと走った。受付の人が、ちょっと頼む、と事務室の女性に声をかけ、すぐに追いかけていった。
「全く! だめじゃないか、許可はしてないのに……ん?」
「野生のハクリュー! こうして見ると、ほんとにきれいですね」
 非常に珍しいポケモンのハクリューは、ただ湖に佇んでいた。トランは湖畔の角ばった石に乗り、ハクリューの顔を覗きこむ。
 その時、トランの中で、ハクリューを持つ者はアイドルになれるという話により説得力が持たれた。受付の人は、サファリに勤務していながらも見たことがなかったハクリューを目の当たりにし、言葉が出ないでいる。
「クリュー」
 ハクリューはトランに頬をすり寄せた。
「きゃあ! ……あごについた珠もきれいね」
 トランは小さな手でハクリューをなでる。
「どういうことだ……」
 息を乱した受付の男性は、そう言うことしかできなかった。
 トランが石から降り、湖に沿って歩くと、ハクリューもそれに続く。だがそんな和やかな空気は、別の場所から投げられた石によって消えてしまった。
「お嬢ちゃん、捕まえないようなら、ワタシにチャンスをくれないか」
 石を投げたのは、橙の髪にブラウス姿の青年であった。
「えっ、そんな」
「君は見るだけでいいと言ったじゃないか。この人はトレーナーとしてここに入った。我慢してくれないか」
「うー……」
 トランは納得できない様子だったが、湖を離れて一人と一匹を見た。
「グリュー!」
「怒るのも無理ないだろうな、ほら、エサだ」
「クリュッ」
「……と見せかけて!」
 青年は石を二連続で投げる。ハクリューは怒りで、顔に血をのぼらせる。
「ほれ」
 また石と思いきや、青年は横になにかを投げた。
「ボールだよ。ハクリューと似通ったオーラを持つお嬢ちゃん、しっかり狙って投げるんだ」
「えっ……いいの?」
「ほら、はやく」
「……ゆけっ、モンスタァーボール!」
 青年に促され、トランは思いっきり腕を振ってボールを投げた。ハクリューのもとには微妙に届かなかったが、いいタイミングでボールが開き、ハクリューはボールに吸い込まれた。
「わー、落ちる!」
 湖に落ちそうなボールを、青年が手を伸ばして受け止める。ボールはしばし彼の手の上で震えたが、やがてそれも収まった。
「はいっ、よくできましたー」
 青年はトランにボールを渡す。
「ちゃんと面倒を見られるのなら、ポケモンを家に置いておくことは法律に引っかからない。ですよね?」
「ああ、まぁ……」
「おうちにはパパのポケモンもいるよ! ママはポケモン持ってないけどね」
「へぇ、じゃあお世話のしかたはわかるね、しっかりね」
「はいっ!」
 トランはゲートに戻る。受付の男性が追いかけると、橙の髪をした青年も、同じくゲートに向かった。
「あなた、よかったんですか。貴重なポケモンを」
「よかったもよかったですよ。もっと貴重なものを見られたので」

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