北の開拓者たち


 爆風で視界が不明瞭になる中、ニアは故郷の煙突の煙を思い出した。
 故郷ナズワタリは、サクハ地方と境界線を持っているものの、ニアにとっては果てしなく遠い場所だった。

 サニーゴと一緒に井戸へ水を汲みに行き、その帰りに見た、もうもうとした煙は、ニアのよく知ったものではなかった。
「お家の煙突と違う……」
「工場だよ、ほらちゃっちゃと動く」
 口は悪いが面倒見の良い兄が、ニアからバケツを取る。
「いーいとこなんだぜー、都会ってのはー」
「ゴウ、変なことをニアに吹き込まないで」
 母がぴしゃりと言った。
「なーんでだよー! あの工場ってとこで仕事したら、小作やってるより全然儲かるんだろ?」
「食べるものに毎日ありつけるほどには儲からないよ。お母さんよく知ってるんだから」
「はっ! 偉そうに」
 ニアの兄、ゴウは、小作農としての生活にうんざりしており、いつも都会に憧れていた。
「でも、ニア知ってるよ。あの煙、くっさいんでしょー。風吹いてきた時、サニーゴやモウカザルたちがいやいやってしてるよ」
「そうそう、私たちにはここが似合ってるわ」
「母ちゃんっていつもそうだな」
「あら、ゴウの働きっぷりにはいつも感謝してるのよー」
 母がゴウのほうへ向くと、ゴウはほぼ毎日言っているようなことを口にした。
「なぁ、いいから都会で働かせてくれよ」
「長男がそれを言うのかい!」
 いつも以上にはっきり言われ、ゴウもつい頭に血が上る。
「やっぱりだ! 母ちゃんも父ちゃんも、俺に長男って価値しか認めてねーんじゃん」
 ゴウはふいと田んぼのほうを向き、手を休ませていたモウカザルとヒコザルに、さっさと終わらすぞと怒鳴りつけた。
「ごめんね、ニア」
「あんちゃんに謝りなよ」
「うん、そうだね。ゴウだって、田んぼが大事ってことはよくわかってるのにね……」

 その夜、なかなか寝付けなかったニアは、月の光が差し込むゴウの部屋へ行った。
 足音に気付き、ゴウが目覚めると、ごめんね、とニアは言った。
「どうしたんだよ……寝れないなら母ちゃんと父ちゃんの部屋に行けば」
「だって階段降りなきゃいけないんだもん」
「……掛け布団は持ってきてるな。そのへんに寝転べよ」
 ゴウは端に寄り、ニアに場所を空けた。ニアは寝転び、何箇所もほつれた掛け布団をかぶる。
「あんちゃんは、都会で働きたいの?」
「なにかと思ったらその話かよ……都会で働けば、現金が入る。これはでかいぞ? 自分たちの土地を買えるようになる」
「えっ、それほんと?」
 ニアは、大きな瞳を月よりも輝かせる。
「ああ、現金があればな」
「でも、母ちゃんがあんちゃんは変なこと言ってるって」
「まあ変なことにしか聞こえないだろうな、大人たちには」
「そうなの?」
「あーもう、うっとうしいな、まだ眠れないのか?」
「そういえば、もう眠たいかも……おやすみ、あんちゃん」
「ん、おやすみ」

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