北の開拓者たち


 豪雨の中、バトルは終盤に向かっていった。
「ルンパ、“波乗り”!」
「パッパー!」
「ゴガァーッ!」
 ドンカラスが、ドンカラスらしかぬ声で叫ぶ。急所に当たったのだ。
「ドンカラス、戦闘不能! ルンパッパの勝ち!」
「いよっしゃー!」

 ルンパをボールに戻すと、そこまで部屋に降り続いていた雨は、ぱっと止んだ。
 あまごいからの波乗り。ルンパの典型的な勝ちパターンだ。
「勝たなくちゃ……」
 ルンパをメインに据えてバトルをすると、決まってものすごく汗をかく。それも屋内となるとなおさらだ。ステラはボールをスタッフに預け、リストバンドで汗を拭く。
「次は!」
「あ、はい、今度は……えーっと、まだ隣の部屋での試合が終わっていないようですねぇ……まあ、まずはポケモンたちの回復をいたしますから」
「お願いします。……次も絶対勝ってやる」

 今までにステラと戦ったトレーナーたちは、集まって話し合っていた。
 彼からは、単にブレーンになりたいというだけでなく、なにか使命感のような、とにかく気迫を感じる、と。
 また、ステラはかなりの強運の持ち主であった。
 さっきルンパの技が急所に当たったのだってそうだし、敵のとどめ技が外れて助かったこともあった。

 バトルタワーのブレーン候補だ、王道の強さを求めるトレーナーが多い。
 強くなることだけを求めて、今まで生きてきたようなトレーナーもいる。
 その中で、アルバイトをやりながらバトルの特訓なんてほとんどできなかったステラがここまで勝ち抜いている理由、それは研ぎ澄まされた五感にある。
 相手の技から戦法をいち早く理解したり、相手ポケモンをじっくり見ることで、このポケモン特有の弱点はなにかを読み取ったり、そういう類の能力が並外れているのである。
 母を失った後の、鋼鉄島での三日間。
 薄暗く、目がほとんど役に立たない中での、ポケモンとの生活は、生まれた時以来の、「ゼロ」に戻った自分を見つめなおす機会であった。

「回復しましたよ」
「ありがとう。あーよかった! みんな元気そうだ」
「……ボールから出してなくてもわかるんですか?」
「あー、なんとなく」
 この不思議な感覚も、鋼鉄島以来のものだ。だが、この感覚をなんと呼ぶのか、ステラはそこまでは知らなかった。 「随分激しい戦いをしますが……なにか目標が?」
「あー、そーだな、それなら、ロータに別荘を建てたい」
「はぁ、ロータ、ですか」
 スタッフの女性はサクハから出たことがないが、美しいオルロラン城の城下町であるロータのことはよく知っていた。サクハ地方でも、女性が新婚旅行に行きたい場所として人気があるのだ。
「まあ、そんぐらい金持ちになりたいってこと」
 嘘ではないが、本当でもないな、とスタッフは思った。この気迫は、ただの金目当てではないだろう。
「そんで、朝にサックス吹いて金持ちどもを起こす! まあそんなんでも、誰かを幸せにできるなら、それでいいかな」
「誰か?」
「……まあ、幸せにしたい人はいるかな」
 ためらいがちに、ステラが言った。
 話してみれば気さくだが、芯の通ったなにかを、話して数分で感じられる。スタッフにはそう映った。そしてトランシーバーが鳴る。
『あー、そっちもう終わってるよね? 次、いかないの?』
「えっ、次……って、そうか! もうそんなに」
『そーいうこと。頼むわよほんとに』
 そこでトランシーバーは切れた。

「お待たせしました。ステラさん、右の部屋へ」
「はいっ! うしっいっくぞー!」
 そう言ってステラはまた駆け出す。大切な人と夢のために彼には勝ってほしい、と、彼の後姿を見たスタッフはふと思った。

 その次の部屋は、今までよりも薄暗さを感じる部屋であった。
 相手はすでにコーナーについている。よく見るとまだ幼い少女で、まるでジャングルに入るような服装を年相応に着こなしている。
「えーと……次のお相手さん?」
「そっ、ニアニア」
 ニア、というのが彼女の名前なのだろうか。ステラはこわごわ話しかける。
「今までで一番幼いぞ……」
「ステラさん、最終戦はタワーエリートのニアさんとの試合です」
「っ……はぁ?」
 さっきの気迫はどこへやら、ステラは素っ頓狂な声をあげた。
「そゆことー。ニアはロダンオーナーに直々に鍛えられた超エリート! つまりあんたは、このニアを倒さないとブレーンにはなれないんだよ?」
 葉のような深緑色の瞳で、ニアはステラに挑発的な視線を送る。
「わかった……ニアだな! このステラが倒してやらぁ」
 ステラも、ぎらぎらと輝かせたスモークグリーンの瞳を向けて答えた。

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